第15話

文字数 2,045文字

ークラエスー

「どうするクラエス? そろそろ行くか?」
「まあ待てダルコ、慌てるな。そのうち二班も追いついてくるだろう。そしたらロンと合流して少しずつ部隊から離れていくんだ」
「なんであいつだけ二班になってんだよ、くそ!」
「とにかく、魔物もいるだろうし二人よりは三人のほうが安全だ」



 オークを倒してからさらに奥へと進むと道が左右に分かれている。左を選んで進んでいくと大きく開けた場所に出た。
 天井までは高すぎてどれくらいの距離かもわからない。左側の壁は近いが右のほうは結構遠い。夜行石のおかげでぼんやりとは見えるが。

「ここにたいまつ並べるのは時間がかかりそうだな」

 と言って火を点けようとしたらまた姉ちゃんに止められた。視線のその先には魔物がいるようだが、俺には全く見えない。徐々に近づいてくる気配に息を殺しているとフゴフゴと匂いを嗅ぐ獣のような音がする。

 ほとんど足音もなく近づいてくるその気配を俺にもようやく認識できた。大型のオオカミの姿をしているその魔物は半開きの口からだらりと長い舌が伸びている。
しきりにあちこちの匂いを嗅いでいるのは視力が弱いからだろうか。

「ヘルハウンド四体か…… ちょっと数が多いわね」
「どうする姉ちゃん?」
「私が飛び出して引き付けるから、あんたたちはこの横穴から出ないでじっとしてなさい。こいつらは音に敏感だから動いちゃだめよ」

 そう言うと姉ちゃんは飛び出して派手に足音を鳴らしながら走っていく。ヘルハウンドたちはすぐに反応して姉ちゃんに付いて行った。一体だけを残して。そいつは一瞬だけ行きかけたがすぐに立ち止まり、アゴを少し上げて鼻を鳴らしている。

 まずい。俺とちひろはいつもの二倍の時間をかけてゆっくり呼吸をする。
 ヘルハウンドはクンクンと空中を嗅いで嗅いで嗅ぎながらゆっくりとこちらに顔を向けた。
 完全に目が合った。瞬間こちらに近づいてくる。

「ちひろ、後ろに下がってろ」

 俺は剣を構えて覚悟を決めた。ヘルハウンドはこちらがひよっ子だと分かっているのか全く歩みを止める様子が無い。
 さて、俺の剣の間合いまであと三歩というところか。姉ちゃんについて行ったやつらを見る限り、ヘルハウンドは大きいくせにかなり素早い。おそらくゴブリンよりも。

 近くで見ると本当に威圧される。頭だけでも俺の体くらいの大きさだ。魔法を使うか、いや、当てられなかったらそれこそまずい。

 どうするか考えているとヘルハウンドのほうから動いてきた。俺も思わず奴に向かって剣を振る。

 が、素早く身を躱され、俺の右側をすり抜けてちひろのほうへ向かう。

 くそ、まずい!

 ちひろが槍で突くが、ヘルハウンドはそれもひらりと余裕で躱して爪を振るうとちひろの左腕から血が飛び散る。

「ちひろーー!」

 全力で走る。倒れたちひろに今まさに攻撃をしようとしているヘルハウンドの後ろから剣で突く。しかしこれもすんでのところで躱された。

「大丈夫か?」
「うん、大丈夫……」

 そう言いながらもちひろは腕を押さえて辛そうにしている。
 この一回で決めるしかない。もう躱すことも躱されることもできない。


 集中力が高まっていくのが分かる。
 額と胸の中心がだんだん熱くなっていく。
 何かが俺の中に集まってきて、凝縮し、形作る。

 俺は理解した。これが何かを。

 俺は剣を右手で持ち、左手に魔法力を集中する。ぼんやりとした光が集まり徐々に膨らんでいく。
 ヘルハウンドは少し左右に体を揺らした後、一気に飛びかかってきた。

 俺は左手を突出し叫ぶ。

 『氷撃嵐(アイスストーム)

 左腕から轟音をまき散らしながら氷の粒が凄まじい風と共に広がり、狭い洞窟の壁面を白く塗り替えながら進んでいくと、飛びかかってきたヘルハウンドの動きを止め、押し戻し、その巨体を後方へと吹き飛ばす。

 まだヘルハウンドが立ち上がってくるかもしれない。剣を構えて警戒していると洞窟の脇から姉ちゃんが顔だけをひょっこり出した。

「何? 今の」


 吹き飛んだヘルハウンドは完全に凍り付いて動かなくなっているが、念のためにその氷像を破壊しておいた。

「ちーちゃん、大丈夫?」

 姉ちゃんはちひろのカバンから回復薬を一つ取り出してちひろに飲ませる。ちひろは少し痛みが引いたようだ。

「うん、何とか歩いていけそうだよ」

 姉ちゃんは転がっているヘルハウンドの残骸を見て、

「あんた新しい魔法が発現したんだね」
「うん、かなりヤバい状況だったけどね」
「だから攻撃魔法が発現したんじゃない?」

 そうかもしれない。


 たいまつを設置しながら、この広間の奥のほうへ進んでいくと、どうやらここはこの部屋で行き止まりのようだ。先へ続く横穴が見当たらない。

 と、思ってよく見たら、壁だと思っていたものが巨大なスライムだった。



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