第10話

文字数 2,181文字

 ご飯を食べ終わりそろそろ宿舎へ戻ろうかと歩いていると、道を挟んだ向かいの店でクラエスたちがいるのを見つけた。この町の女の子らしき三人と一緒にご飯を食べているようだ。
 店の外に設置されたテーブルで賑やかに話している声がこちらまで聞こえてくる。

「俺たち本当に第一兵団なんだってば」
「えー? でも第一兵団って新人がいきなり配属されるところじゃないよね?」
「それはまぁ、俺たちが優秀だからだろうねえ」

 ダルコがさも当然だろと言わんばかりに答えている。

「ほんとにー? そうだ、マイヤ様の認証って見たことないんだよね。ちょっと見せてよー」
「それはほら、この後ベッドでいくらでも見せてあげるよ」

 クラエスが女の子の一人に顔を近づけながら、こっちにまで鼻息が聞こえてきそうなだらしのない顔でささやく。


「あんなのと同じ部隊とはね」

 オリガさんが害虫でも見るような目でクラエスたちを一瞥し、ため息を吐く。

「まあいいんじゃない? オーガスタス隊長は厳しいからすぐに思い知るわよ」

 姉ちゃんはそう言い捨てると、欠伸をしながら歩き出した。オリガさんも「そうね」と軽く頷いて姉ちゃんと一緒に歩き始め、俺たちは雑踏を後にした。
 えー? うそー? と騒いでいる声がだんだんと遠ざかっていき喧噪に紛れていく。


「じゃあさあ、第一兵団の通行証を見せてよ」



 ー翌朝ー
 商業都市の朝は早い。俺が七時に起床した時にはすでに夕べのような活気が町に溢れていた。窓を開けると強い日差しが差し込む。今日も天気が良さそうだ。
 ちひろは俺より先に起きたようで、着替えを終えて鏡の前で髪を整えている。俺も着替えようかなと思っていると、コンコンとドアをノックされた。ちひろが返事をして鍵を開けると、姉ちゃんが立っていた。

「ユウベハ オタノシミ デシタネ」
「……で、朝っぱらから何だよ」
「今日は町で着替えとか買いに行くから、あんたたちも出かける用意してね」
「着替え?」
「そう、生活用品を買い足しに行くのよ。魔窟調査って一日で終わるとは限らないからね」
 そうか、なるほど。

 準備を済ませてちひろと一緒に部屋を出る。階段を降りてロビーに行くと姉ちゃんが待っていた。

「オリガさんは隊の用事があるんだって。だから今日は三人でお出かけよ」

 そう言って宿舎を出ると、町の活気が熱波のように吹いてくる。この町はここにいるだけでエネルギーを与えられるようだ。

 忙しなく動き続ける人々の中にクラエス一味のロンを見つけた。誰かを探しているのか、不安そうな顔をしてあちこちをキョロキョロと見回してはため息を吐いている。

「何だか様子がおかしいな」
「みんなとはぐれちゃったのかな」
「いや、子供じゃあるまいし、そんなことくらいであんなに挙動不審になるかな」

 俺とちひろが奴を見ながら話していると、姉ちゃんが不敵な笑みを浮かべて

「これは面白そうな匂いがするわよん」

 と言ってロンに向かって歩いていった。チッ、面倒くさそうだから放っておきたかったのに。


「ロン、誰かお探し?」

 姉ちゃんが声を掛けると、ロンはビクッとしてすばやい動きでこちらを見た後、

「いや、別に……何もないけど」
「はい、うっそー。なんかあったの丸出しなんですけどー」

 姉ちゃんに詰められたロンは下を向いて黙ってしまった。

「どうしたんだよ。何かあったんだろ? 言えよ」

 俺が言うと意を決したような面持ちでロンはやっと口を開いた。

「実は隊の通行証を失くしちゃったんだよ」
「えっ? 何でそんなことになったんだよ?」
「夕べ女の子たちと飲んでる時に、本当に第一兵団なら隊の通行証を見せてくれって言われたんだよ。そしたら信用するって。だから宿舎に戻ってこっそり持ち出したんだよ」
「で、失くしたと?」
「うん、みんなかなり飲んでたから記憶が曖昧で、その後どうしたのかもよく覚えてないんだ」
「あらら、ばかねー。あの通行証がないと先発隊全員この町から出ることすらできなくなるわよ。私たちは遊撃隊だから関係ないけど」

 ロンの顔がみるみる青ざめていき、

「どうしよう。俺は止めたんだよ。でもクラエスがすぐに戻せばバレないから大丈夫って言うから仕方なく……」
「今更そんなこと言ってもしょうがないでしょ。宿舎のあんたたちの部屋は探してみたの?」
「それが……俺たち昨日は宿舎には戻ってないんだよ。起きたら町のホテルで三人一緒で……女の子たちもいなくて」
「通行証は持ち出すわ、無断外泊はするわ、これはバレたらタダじゃ済まないわよ」
「頼むよ。一緒に探してくれないか? 本当に殺されるよこのままじゃ」

 姉ちゃんはこれ見よがしに大きな欠伸を一つして、

「い・や・よ。何で私たちがあんたたちを助けてあげないといけないのよ。とりあえずバレるまでは黙っといてあげるから感謝しなさい」

 そう言われて涙目になっているロンを哀れだと思ったのか、

「マリ姉、助けてあげようよ。一緒に探してみることぐらいしかできないけどいい?」

 ちひろが聞くとロンは泣きながらちひろにお礼を言った。

 ほーら、面倒くさいことになったぞ。でもまあ、ちひろらしくていいけど。
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