第12話

文字数 2,078文字

「お前ら通行証持ち逃げしただろ? おら、返せよ」

 クラエスが威圧する。

「今は……持ってない」
「嘘吐くなよ。持ち物調べさせろ」
「あんたがくれるって言ったんでしょ!」
「うるせえ! ダルコ、ロン、こいつら押さえろ」

 クラエスの声と同時にダルコが女の子の一人に抱きつきカバンを奪い取って、その中身を路上にぶちまける。ロンは黙ったまま動かなかった。

「あんたたち何やってんの!」

 姉ちゃんとちひろがカバンを奪われ突き飛ばされた女の子に駆け寄る。

「よし、あったぜ!」

 クラエスが別の女の子のカバンをぶちまけ、転がった茶色の筒を手にして叫んだ。

「お前ら、いくらなんでもやりすぎじゃねえのかよ」
「ああ? 俺は盗まれた物を取り返しただけだぜ。よし、ダルコ、ロン行くぞ」

 クラエスとダルコが歩き出す。ロンも下を向いたまま奴らについて行く。

「あんたたち、礼くらい言ったらどう?」

 姉ちゃんがクラエスの背中に言葉を投げつけると

「はぁ? お前も今見てただろ? 俺たちは自力で取り返したんだぜ」

 そう言ってクラエスがヘラヘラ笑うとダルコも

「そうそう、そこら辺のこと勘違いするなよ」

 と言って同じ顔をして笑う。

「ロン、あんたもそれでいいの? ちーちゃんに何か言う事はないの?」

 こちらを見ずにずっと下を向いていたロンに姉ちゃんが問いかける。


 クラエスとダルコは細い路地の向こうに見える、人がひしめく商業都市の日常に向かって歩いていく。

 姉ちゃんの声に立ち止ったロンは、

 うつむいたまま何も言わず、

 そのまま一度も振り返ることなく、

 再びゆっくりと歩き出し、

 二人の背中にトボトボとついて行った。


 ちひろは決して不満とも言えない沈黙でその背中を見送ると、ばらまかれた女の子たちのカバンの中身を拾い集めだした。俺と姉ちゃんも手分けして拾い、女の子たちは帰っていった。



 俺たちは日が落ちる前に当初の目的だった日用品の買い足しに行き、宿舎に戻ってくると第一兵団が明日の調査開始のための準備をしていた。
 通行証はこっそりと戻せたようで、特に問題にはなっていないようだ。

「おう、明日は朝七時にこのロビーに集合だ。遅れるなよ」

 マクロイド副隊長が兵に荷馬車へ載せる荷物の確認を指示している。その中にはクラエスたちも何食わぬ顔をして混ざっていた。
 俺たちとは全く目を合わせないが、ロンだけはこちらを見つけて少し申し訳なさそうな顔をした。


 階段を上がり、俺たちもそれぞれの部屋に入って準備を始める。と、言っても武器の手入れと確認、携行する水と食料、そして回復薬などの医薬品くらいである。それ以外の備品は第一兵団が準備してくれたものを使うことになる。

「槍も準備できたし、お水と食料と回復薬もカバンに入ってる。明日着る服も用意
できた」

 ちひろが一つ一つの確認をしている。態度には出さないがおそらく今日のことは少なからずショックがあっただろう。買い物の最中に黙って何かを考え込む瞬間が時々あった。でも、俺も姉ちゃんもそれには触れないでいた。

 一通りの準備が終わった頃、ドアがノックされて開けると姉ちゃんが晩ごはんに行くと言って俺たちを連れ出す。今日もまたオリガさんも一緒だ。
 昨晩とは違うお店に入り適当に注文する。今日あったことをオリガさんに話そうか迷ったが、今となっては証拠もないので俺たちは何も言わないことに決めていた。

「明日はいよいよ魔窟調査初日ね。もう準備はできた?」

 オリガさんは生き生きとして聞いてきた。

「はい。オリガさんは楽しそうですね」

 本当にわくわくした顔をしているオリガさんに俺が聞くと

「先発隊ってさ、一番重要な役割だと思うのよ。資源の確保って町の人たちの生活そのものでしょ? その最初の調査報告をするのは花形だと思うのよね。嫌がる人もいるけど気がしれないわ」

 やりがいというやつだろうか。

「ところで先発隊ってもっとたくさんの人で行けばいいと思うんだけど、どうして少数なんですか?」
「ちひろちゃん、それは中々いい質問だね。実は大人数のほうがかえって危険な事になったりするのよ」
「どうしてですか?」
「新しい魔窟って未知の魔物が出てきたりするわけだけど、隊が少数なら指揮官は迷わず撤退を指示するでしょ? なるべく被害を出さないように逃げることに集中できる。ところが、大人数だと戦うという選択肢が出て来ちゃう」

 姉ちゃんがカツ丼を食べながら口を挿む。

「それで首尾よく片づけられればいいけど、相手の力を読み誤って被害甚大、最悪全滅ってこともあり得るわけよ」
「だから明日は絶対に無理をしないことと、副隊長の撤退命令には即応してね」


 ご飯を食べ宿舎に帰って俺たちはそれぞれの部屋に戻る。しばらくするとコンコンとノックがした。姉ちゃんが何か言い忘れたのかと思い、ドアを開けるとそこにはロンが立っていた。

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