第2話

文字数 1,891文字

 一般人は祈年祭の時に神殿の周囲に来ることはあるのだが、中に入ることは滅多にない。当然俺とちひろにとっては初めてのことだ。
 果たして何段あるのだろうか、長い階段を昇ると庭があり、石畳で舗装された幅十五メートルくらいの一本道が神殿まで伸びている。

 俺とちひろは好奇心いっぱいで周囲をきょろきょろと見回しながら姉ちゃんの後ろを付いていく。
 すると、どこからか一羽のトンビが飛んできて上空を右へ左へ滑空した後、ちひろのそばにある木の枝に留まった。その鳥はちひろと何やら話をしていると思ったら、また風に乗ってどこかに飛んでいってしまった。

「あの鳥、何か言ってた?」
 俺が聞くと、ちひろは先ほどまでの好奇心に満ちた顔からは考えられないほどの青白い顔色になっていて、

「クラエスたちが神殿の中にいるって。鳥さん心配して降りてきてくれたみたい」
 しばらく忘れていたあの頃の感情が、また戻ってきてしまっているのだろう。ちひろはうつむいて黙ってしまった。

「ちーちゃん、大丈夫よ。神殿の中でなんて何もできないから。マイヤ様に謁見してちょっとした儀式の後に認証を頂くだけですぐに帰れるよ」
「待ってくれ姉ちゃん、やっぱりちひろは帰そう。神貴兵になるのは俺だけでいいだろ」
 俺がそう言うと姉ちゃんも少し考えていた。さすがにこの状態ではちひろがかわいそうだと判断したのだろう。一息ついて、

「いいわ。ちーちゃんは見送りにしましょう。ごめんね、無理矢理引っ張って来ちゃって。その分クロードが頑張ればいいだけだし」
「そうだな。サポートは隊に所属しなくてもできることは色々あるから。ちひろが無理をする必要はないよ」
 ちひろは黙って俺たちの話を聞いていたが動こうとはしない。

 ……

「本当にいいんだぞ。無理しなくても」
 俺が促すとちひろは何かを振り払うように力強く首を振って、

「わたしも行きたい。マリ姉連れてって」
「……大丈夫?ほんとに」
「うん。だってこのままだと、これからもずっと怯えていなきゃいけなくなっちゃうから。わたしもそんなの嫌だもん」
 そう言うとちひろは俺たちよりも先に神殿に向かって歩き始めた。



 神殿の扉は高さが五メートルくらいで片方の幅が三メートルほどの観音開きになっている。蔓草の装飾が施されたその扉は魔法によって施錠されている。
 ここにも屈強な門番が立っていて、姉ちゃんが入場の手続きを済ませるとゆっくり扉が左右に開き始めた。

「行くよ」
 姉ちゃんに促されて神殿に入っていく。

「おおー、すごいねぇ。すごいよね? ね?」
 ちひろが飛び跳ねながら天井や柱の装飾に目を見張っている。俺よりも緊張してなさそうな様子にほっとした。
 壁に沿って回廊をしばらく歩いていくと案内役の顧問官補佐の方が右手の扉を指して

「こちらでお待ちください」
 と、控室に通された。
 そこは反対側の端にいる人の顔が識別できないくらいに広く、俺たちと同じ目的なのかはわからないが、数十人の人間が思い思いに会話をしていた。

「あんたたちはここで座って待っててね」
 そう姉ちゃんは言い残して部屋の中央へ向かって歩いていった。

 入口から一番近いテーブルの席に座ってあらためて見回してみると、集まっている人たちの年齢はバラバラのようだ。男女比では若干男性が多めか。
 俺たちと同じくらいの年の子たちはおそらく神貴兵の認証が目的だと思う。すでに部隊配属の内定が出ているのか、鎧をまとった正規兵に引率されている者もいる。

 俺たちからちょうど対角線上にある扉が開いて顧問官補佐の人が入ってきた。

「まずは一般申請の方からお呼びします。神貴兵認証申請の方はもうしばらくお待ちください」
 そう言って番号を呼び始めた。呼ばれた人が順に出ていく。

「一般申請ってなんだろうねぇ?」
「さあな。マイヤ様に何かお願いするんじゃね?」
「こんなにたくさんの人にお願い事されたら神様も大変だね」
「毎日毎日だろうから俺ならうんざりだな。神様に生まれなくて良かったよ」
 頬杖を突きながら俺がそう言うと、ちひろは甘い物を食べた時のような笑顔でうんうんと頷いてみせた。


「よお、久しぶりだな」
 突然、背後から声を掛けられた。そいつの影がテーブルに落ちている。


 くそっ!どこにいた? さっき見渡した時には気付かなかった。
 ちひろもすぐに声の主に感づき全身が硬直している。

 振り返ると仲間のダルコ、ロンと共にニヤケ顔をしたクラエスがそこに立っていた。



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