ミズノケイイチ3(第28話)
文字数 2,979文字
「カツラだよあれ。変装している。いや、変装させてる・・・あれはパーパス。間違いないよ。」
「でも、何か問題があるんですか?」
「パーパスっていうのは基本的にリース契約なんだよ。品質管理を徹底させる為にね。だけど、あのパーパスはかなり劣化している。日頃のメンテナンスもちゃんと出来てないみたいだ。おそらくヒュメル社とのリース契約からは外れたパーパスだ。」
ミズノさんはずっと身を乗り出したままで、さらに小さな声で訴えかけるようにゆっくり言った。さっきの女の子がワゴンを押して奥のほうから再び現れて、ミズノさんは慌てて座り直した。「はいどーぞ。」女の子は僕らの前に前菜の皿を置いてお辞儀をすると、またトコトコと奥ほうへワゴンを押して帰っていった。ミズノさんはその様子をじっと見つめ、やっぱりそうだ。そう口を動かしながら僕に向けて何度も頷いづいてみせた。
今日の給仕は全て、そのパーパスが担当した。僕らの前にお皿を置いて、「はいどーぞ。」とお辞儀をしてトコトコと奥のほうへ帰っていく。ミズノさんはかなり深刻そうな表情で、それを見た僕もすっかり緊張してしまい、復職祝いの雰囲気は消え、いつものおいしい料理もすっかり味をなくしていた。
◇ ◇ ◇
コースが終わり老人が食後のコーヒーをワゴンに乗せてゆっくりと歩いてきた。「今日の料理はいかがでしたか?」いつものように優しい笑顔を向けながら僕らの前にコーヒーを置く。「あぁ、とても・・・」ミズノさんは老人に上目を向けながら無理に作った笑顔で小さく返した。これからミズノさんは何を言い出すのだろう。僕はただ黙って見守るしか無いと思った。
「あの、さっきの女の子・・・」
ミズノさんはいきなり、そう切り出すと。僕の身体は無意識のうちに緊張でぐっと固くなった。
「あぁ、あの子はね。」
「パーパスですよね?」
「あぁ・・・」
それだけ言って、老人は首を捻って俯いた。
「実は僕、ヒュメル社でパーパスの開発に携わっているものです。だから解るんです。」
老人は「そうですか。」と呟いて小さく息を吐くと、ワゴンを残したまま奥へ行き、眼鏡も長い黒髪も無い、少し大きめのきれいなコックスーツを着ただけのパーパスを連れてきて戻ってきた。あの表情こそ今まで見てきたパーパスと変わらなかったものの、よく見れば、肌は浅黒く少し荒れているようだった。老人はパーパスの肩を抱いて、窓際にある、もうひとつのテーブルに向かいパーパスを座らせて、その向かいの椅子に腰を下ろした。
「この子はあなたの言う通りパーパスです。」
「これは、リースですか?でなければ・・・」
「いえ・・・あなたがたはモバイルバッテリーのミコン社を知ってますか?」
「はい。それはもう・・・ヒュメル社ともを結びつきが強いですから。」
「ミコン社の前身はパソコン部品製造をする小さな製作所でした。そして、私はその製作所の設立メンバーです。会社はモバイルバッテリー事業に乗り出し、お解りの通りインクロードのAI事業部と業務提携をするなど順調に業績を伸ばしたんです。そして、やがてパーパスが開発されると、いち早く導入し会社はさらに成長を遂げ現在のような世界でもトップクラスを誇るモバイルバッテリーメーカーへとなったのです。私は会社が大きくなっても重要な役職には就かず好きな現場で社会人生活を全うしたいと希望し、同じく設立メンバーでもある社長もそれを受け入れてくれました。そして、私の社会人生活も残り僅かになった頃、このパーパスと出会いました。このパーパスはなんかこう、口では言い表せないんです。言葉を探し、どれだけ並べたところで他人には到底理解されないだろう、他のパーパスには無い何かを感じたんです。その頃、私は長年連れ添った妻を亡くして心にポッカリと穴があいてしまったようでした。そのせいもあるのかもしれません。とにかく、他のパーパスとは違う。このパーパスだけが愛おしくてしょうがなかった。そして私が定年退職を迎えるとき、退職金の代わりにこのパーパスが欲しいと社長にお願いしました。ミコン社で取り扱われているパーパスはヒュメル社とミコン社とのリース契約によって厳重に管理されている。解ってました・・・でも、どうしても欲しかった。その後の細かい経緯は解りません。社長が話をつけてくれたのかもしれませんが、それが許されることになりました。そして、今こうしてパーパスと余生を過ごしている訳です。」
老人は、時折パーパスに目を向けながら優しい笑みを浮かべ、昔を懐かしむように話し続け、ミズノさんは腕を組み固く目を閉じて何度も俯きながら老人の話に聞き入っていた。
「・・・パーパスのエネルギーの摂取はどうされているのですか?」
「ミコン社の人間に定期的に送ってもらってます。」
「それは良かった。しかし、この先どうされるおつもりですか?このパーパスは何年経っているのかは解りませんが声を聞く限り、声帯がかなり劣化しているように思われます。歩き方もあまり良くない。それから推測すると、このパーパスはヒュメル社が設定する耐用年数をとうに過ぎているんじゃないでしょうか?しかしながら、このパーパスはあなたより長く生きるかもしれません。あなたが亡くなったとき、このパーパスはどうなりますか?考えてたことはありますか?」
老人は床を見つめながらじっとミズノさんの話を聞き、思い出したように顔を上げて話のするほうをじっと見た。
「このパーパスが自然に機能を停止することはないでしょうか?」
「自然にというと意味が違うかもしれませんが・・・あります。それは人工の脳神経回路が停止するときです。その回路の経年劣化や外部からの強い衝撃による破損が起きると、やがてパーパスは異常行動が目立ち始め、体温を保つことが出来なくなります。そして体温で発電をしている脳神経回路は最終的に動きを止めるということです。私は実験で見たことがあります。脳神経回路を意図的に劣化させ製造されたパーパスがどうなったかを。突然、狂ったように暴れだし自ら床に顔を打ち付け痙攣しながら機能を停止しました。そのようなことがユーザーの前で起きないようにヒュメル社はパーパスの個人による所有を認めず、リース契約というかたちで管理しているわけです。このパーパスの残された時間があなたの人生より長かろうが短かろうが、ここにいればあなたにとって悲惨な結果になるでしょう。あなたが本当にこのパーパスを愛しく思うのなら、そこをまず考えてほしいんです。」
コックスーツのパーパスはあの表情のまま座ってただ前だけを見て、そんなパーパスの姿を老人は慈しむように見つめながらミズノさんの話を聞いていた。
「では、もうひとつ教えてください。」
「はい。」
「再分化とはなんですか?」
〈パーパスは耐用年数が過ぎると再分化という行程を経ることによって、与えられた役割を全うする〉その方法は製造方法以上に極秘事項となっていて、ただの工場勤務の僕がその詳細を知るはずも無かった。再分化はセントラル工場と同じ敷地内にある再分化センターという施設で行われている。セントラル工場に工場見学へ行った時もその再分化センターには触れることは無く、そのせいもあって僕は再分化と聞くと触れてはいけない暗い闇という印象しかなかった。
「でも、何か問題があるんですか?」
「パーパスっていうのは基本的にリース契約なんだよ。品質管理を徹底させる為にね。だけど、あのパーパスはかなり劣化している。日頃のメンテナンスもちゃんと出来てないみたいだ。おそらくヒュメル社とのリース契約からは外れたパーパスだ。」
ミズノさんはずっと身を乗り出したままで、さらに小さな声で訴えかけるようにゆっくり言った。さっきの女の子がワゴンを押して奥のほうから再び現れて、ミズノさんは慌てて座り直した。「はいどーぞ。」女の子は僕らの前に前菜の皿を置いてお辞儀をすると、またトコトコと奥ほうへワゴンを押して帰っていった。ミズノさんはその様子をじっと見つめ、やっぱりそうだ。そう口を動かしながら僕に向けて何度も頷いづいてみせた。
今日の給仕は全て、そのパーパスが担当した。僕らの前にお皿を置いて、「はいどーぞ。」とお辞儀をしてトコトコと奥のほうへ帰っていく。ミズノさんはかなり深刻そうな表情で、それを見た僕もすっかり緊張してしまい、復職祝いの雰囲気は消え、いつものおいしい料理もすっかり味をなくしていた。
◇ ◇ ◇
コースが終わり老人が食後のコーヒーをワゴンに乗せてゆっくりと歩いてきた。「今日の料理はいかがでしたか?」いつものように優しい笑顔を向けながら僕らの前にコーヒーを置く。「あぁ、とても・・・」ミズノさんは老人に上目を向けながら無理に作った笑顔で小さく返した。これからミズノさんは何を言い出すのだろう。僕はただ黙って見守るしか無いと思った。
「あの、さっきの女の子・・・」
ミズノさんはいきなり、そう切り出すと。僕の身体は無意識のうちに緊張でぐっと固くなった。
「あぁ、あの子はね。」
「パーパスですよね?」
「あぁ・・・」
それだけ言って、老人は首を捻って俯いた。
「実は僕、ヒュメル社でパーパスの開発に携わっているものです。だから解るんです。」
老人は「そうですか。」と呟いて小さく息を吐くと、ワゴンを残したまま奥へ行き、眼鏡も長い黒髪も無い、少し大きめのきれいなコックスーツを着ただけのパーパスを連れてきて戻ってきた。あの表情こそ今まで見てきたパーパスと変わらなかったものの、よく見れば、肌は浅黒く少し荒れているようだった。老人はパーパスの肩を抱いて、窓際にある、もうひとつのテーブルに向かいパーパスを座らせて、その向かいの椅子に腰を下ろした。
「この子はあなたの言う通りパーパスです。」
「これは、リースですか?でなければ・・・」
「いえ・・・あなたがたはモバイルバッテリーのミコン社を知ってますか?」
「はい。それはもう・・・ヒュメル社ともを結びつきが強いですから。」
「ミコン社の前身はパソコン部品製造をする小さな製作所でした。そして、私はその製作所の設立メンバーです。会社はモバイルバッテリー事業に乗り出し、お解りの通りインクロードのAI事業部と業務提携をするなど順調に業績を伸ばしたんです。そして、やがてパーパスが開発されると、いち早く導入し会社はさらに成長を遂げ現在のような世界でもトップクラスを誇るモバイルバッテリーメーカーへとなったのです。私は会社が大きくなっても重要な役職には就かず好きな現場で社会人生活を全うしたいと希望し、同じく設立メンバーでもある社長もそれを受け入れてくれました。そして、私の社会人生活も残り僅かになった頃、このパーパスと出会いました。このパーパスはなんかこう、口では言い表せないんです。言葉を探し、どれだけ並べたところで他人には到底理解されないだろう、他のパーパスには無い何かを感じたんです。その頃、私は長年連れ添った妻を亡くして心にポッカリと穴があいてしまったようでした。そのせいもあるのかもしれません。とにかく、他のパーパスとは違う。このパーパスだけが愛おしくてしょうがなかった。そして私が定年退職を迎えるとき、退職金の代わりにこのパーパスが欲しいと社長にお願いしました。ミコン社で取り扱われているパーパスはヒュメル社とミコン社とのリース契約によって厳重に管理されている。解ってました・・・でも、どうしても欲しかった。その後の細かい経緯は解りません。社長が話をつけてくれたのかもしれませんが、それが許されることになりました。そして、今こうしてパーパスと余生を過ごしている訳です。」
老人は、時折パーパスに目を向けながら優しい笑みを浮かべ、昔を懐かしむように話し続け、ミズノさんは腕を組み固く目を閉じて何度も俯きながら老人の話に聞き入っていた。
「・・・パーパスのエネルギーの摂取はどうされているのですか?」
「ミコン社の人間に定期的に送ってもらってます。」
「それは良かった。しかし、この先どうされるおつもりですか?このパーパスは何年経っているのかは解りませんが声を聞く限り、声帯がかなり劣化しているように思われます。歩き方もあまり良くない。それから推測すると、このパーパスはヒュメル社が設定する耐用年数をとうに過ぎているんじゃないでしょうか?しかしながら、このパーパスはあなたより長く生きるかもしれません。あなたが亡くなったとき、このパーパスはどうなりますか?考えてたことはありますか?」
老人は床を見つめながらじっとミズノさんの話を聞き、思い出したように顔を上げて話のするほうをじっと見た。
「このパーパスが自然に機能を停止することはないでしょうか?」
「自然にというと意味が違うかもしれませんが・・・あります。それは人工の脳神経回路が停止するときです。その回路の経年劣化や外部からの強い衝撃による破損が起きると、やがてパーパスは異常行動が目立ち始め、体温を保つことが出来なくなります。そして体温で発電をしている脳神経回路は最終的に動きを止めるということです。私は実験で見たことがあります。脳神経回路を意図的に劣化させ製造されたパーパスがどうなったかを。突然、狂ったように暴れだし自ら床に顔を打ち付け痙攣しながら機能を停止しました。そのようなことがユーザーの前で起きないようにヒュメル社はパーパスの個人による所有を認めず、リース契約というかたちで管理しているわけです。このパーパスの残された時間があなたの人生より長かろうが短かろうが、ここにいればあなたにとって悲惨な結果になるでしょう。あなたが本当にこのパーパスを愛しく思うのなら、そこをまず考えてほしいんです。」
コックスーツのパーパスはあの表情のまま座ってただ前だけを見て、そんなパーパスの姿を老人は慈しむように見つめながらミズノさんの話を聞いていた。
「では、もうひとつ教えてください。」
「はい。」
「再分化とはなんですか?」
〈パーパスは耐用年数が過ぎると再分化という行程を経ることによって、与えられた役割を全うする〉その方法は製造方法以上に極秘事項となっていて、ただの工場勤務の僕がその詳細を知るはずも無かった。再分化はセントラル工場と同じ敷地内にある再分化センターという施設で行われている。セントラル工場に工場見学へ行った時もその再分化センターには触れることは無く、そのせいもあって僕は再分化と聞くと触れてはいけない暗い闇という印象しかなかった。