タケウチコウキ 4 (第9話)

文字数 3,847文字

 
 しばらくしてエレベーターの扉が開き、みんなが一斉にそのほうを向いた。

「すいません、どうも。遅くなりまして・・・いやぁまいったな。」

 おどおどと落ち着かない様子で見学室に入ってきたのは、黒縁眼鏡と広めのおでこが印象的な少し小柄な白衣の男の人だった。コンドウさんが気がついて、その人に向かって軽く会釈をすると、新入生たちに集合を促した。

「いいですか。今からパーパスの製造について説明していただく、セントラル工場開発部のオカザキさんです。」

「いや、あの・・・オカザキは急用ができまして。僕は代役なんです・・・なので、簡単な説明だけ、さっと済ませちゃいましょうか?ね?」

「・・・そうですか。わかりました。では、今からパーパスの製造過程について説明していただきます。貴重な機会なんで静かに聞いてね。よろしくお願いします。」

 そう言って、コンドウさんが大きく一歩後ろに下がり、ひとり取り残されたように新入生たちと向かい合った眼鏡の人は、ポケットから紙を取り出して、諦めたように小さく息を吐くと、気持ちを落ち着かせるおまじないのように、親指の付け根を眼鏡のブリッジに押し当てた。

「えぇと・・・このセントラル工場はこれから新入生のみなさんが配属されるそれぞれの工場で製造された様々な部品や材料が集約されパーパスとして完成させる工場です。」

 紙はおそらくカンニングペーパーで、読んでることを悟られるのも構わないといった様子で、眼鏡の人は堂々とそれを見ながら早口で一気に捲し立てた。

「すいません。ちょっと・・・急に決まったんで・・・あの。続けます。セントラル工場での最終工程に至るまでの、ヒュメル社におけるパーパスの製造過程を大まかに分けると骨格部分と培養液の2つになります。えぇ、その前に、まず・・・は、パーパスの遺伝情報を担う合成化合物・パーパス核酸を含んだ細胞を培養し、それを元にあらゆる素材を製造して。それから・・・各製造過程に進みます。それが2つに分かれるということです。ちょっと補足です・・・えぇ、そして。骨格部分の製造というのは、まず、カルシウムやマグネシウムを主成分とした素材に切削、圧縮などの加工を施し骨格を形成する各部品を製造します。で、あの、その各部品というのは・・・解りやすく言うと、人間の骨と同じようなものです・・・あの、本当は人間と同じような・・・という表現はあまり使っちゃいけないことになってるんですが・・・解りやすいというか。あの、ここだけの話と言うことで。えぇと。それから、各部品を化学繊維でつなぎ合わせヒュメルの骨格を形成します。まぁ、これも解りやすく言うと・・・学校の理科室にある骨格標本のような・・・そんなものです。」

 男の人は気まずさを紛らわせるように俯いて、親指の付け根を眼鏡のブリッジに押し当てた。「あぁあ、グダグダで何言ってるかわかんねぇ。」隣からイタガキの小さな呟きが聞こえてきて、僕は思わずイタガキを肘で小突いた。

「この時、骨格の頭の内側には非常に高い誘電性をもつ特殊シリコーンに包まれた、インクロード社より供給された人工の脳神経回路を埋め込んでおきます。そして、完成したパーパスの骨格はこのセントラル工場に運ばれます。そして、培養カプセルに入れられるんですが・・・その培養カプセルというのが・・・それになります。」

 眼鏡の人は見学室の真ん中にある円筒形を指差して、新入生たちが、そっちのほうへ一斉に振り返った。

「この培養カプセルの中にはパーパス核酸を含んだ細胞からなる特殊な水分やタンパク質などで構成されているヒュメル社製の培養液が入っていて、その中にパーパスの骨格を沈める形となります。」

 そう言いながら、眼鏡の人が円筒形へと歩み寄り「これ、タッチセンサーで開閉します。」と、慣れた手つきで側面の端に触れると、円筒形の上半分が割れ、音もなく自動でゆっくり開きだし、その上半分が垂直に立ったところで停止した。

「・・・まぁ、中はこんな感じですけど。」

 新入生たちが興味津々で覗き込む。半透明の緑色で、動かない気泡が無数に浮かぶドロドロとした液体。その中には、さっき説明された通りのパーパスの骨格が沈んでいた。新入生の間から、ようやく僕ものぞき込み、やっぱり、パーパスの骨格は骸骨だった。それ以外の表現が全く浮かんでこないくらいに、パーパスの骨格は骸骨そのものだった。新入生たちはそれぞれに平静を装いながらも、呻くように嫌悪の声を上げたり、思わず込み上げてくる不謹慎な笑いを堪えてたりして。見学室内は、押し殺された色んな感情が渦巻いて異様な雰囲気に包まれた。

「まぁ、この状態でですね・・・こうやって・・・閉めるんですけど。」

 眼鏡の人が、慣れた手つきで、再び側面の端に触れた。

「あれ、閉まらないな・・・おかしいな・・・」

 眼鏡の人が、訝しげにタッチセンサーの箇所を確認しながら、軽く叩くように、何度も側面の端に触れた。

「あれ、なんでかな・・・」

 今度は側面の端を強く叩く。それでも動かないからさらに強く。すると突然、ガクン!と一瞬だけ上半分が閉まりかけた。「ギャー!」それに驚いた眼鏡の人は、大袈裟な叫び声と共に頭を抱えて身を屈めた。その体勢を狙っていたかのように上半分がまたガクン!と一瞬だけ閉まりかけ、結果、眼鏡の人は、上半分に背中をドン!と押されるように頭から培養液につっこんだ。

「見ろよ。これが機械と人間の共存社会の末路だ。」

 イタガキが腕を組み口端を持ち上げながら得意げに言った。〈機械の頭脳に翻弄された間抜けな人間〉そんな想像を掻き立てられるような光景を目の当たりにした新入生たちは、驚きとか、哀れみとか、可笑しさとか、呆れとか、様々な感情をとりあえずは押し殺し、ただ戸惑いながらその様子を見守る事しか出来なかった。

「ちょっと!大丈夫ですか?」

 上半分は何事も無かったかのように、ゆっくりと垂直に位置を戻し、コンドウさんが慌てて眼鏡の人に駆け寄った。培養液から身体を抜くように起きあがった眼鏡の人は、ぬるぬるとした緑の覆面を被ったみたいな風貌で、眼鏡がぼろっと滑り落ちたら、目だけはしっかり人間だった。

「うわ!ヘドロ怪獣だ!」

 イタガキの一言で、見学室は低く静かな笑い包まれた。「こら、静かに。」コンドウさんが言いながら、床に落ちた眼鏡を拾って培養液をハンカチで拭き取った。

「ああ!すいません!ハンカチを汚してしまって・・・」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。人体に害はないので・・・」

「そういう問題じゃなくて・・・」

「ちょっと待ってください。」

 眼鏡を外した眼鏡の人は、新入生たちに背を向けて、付着した液体をそぎ落とすように顔や髪や首元を何度も撫でて、円筒形の中でその手を払い、しばらくすると振り返って、受け取った眼鏡をかけ直した。

「・・・続けるんですか?」

 ベタベタに濡れてしまったカンニングペーパーを再び広げようとする眼鏡の人に、コンドウさんが驚いたように言った。 

「はい。」

「いや、もういいですよ・・・こんなになってるのに。」

「でも、もうちょっとで終わるので・・・」

「じゃあ、私が代わりに説明します。カプセルのふたを閉めて、温度を40.2度に保ちつつ、培養液に微電流を流し続けると、液体に含まれているタンパク質が骨格に吸着し、1か月程度で身体を形成するんですよね?」

「はい。よくご存じで・・・」

「何度も付き添ってるから、もう解るんです。それで、完成したパーパスは自力でカプセルから出て、性能検査や運動テストを受けけて、用途に合わせた教育を受けると。それが出荷準備。ということですね?」

「はい。」

「ということです。みなさん・・・じゃあ、とりあえず下に行きましょうか?」

「いや・・・」

「他に何か?」

「説明の後に質疑応答が時間があると・・・」

「何度も付き添ってるから、もう解るんです。質疑応答の時間というのは、あってないようなものなんです。そうですよね?」

 思いがけないコンドウさんの問いかけに、新入生たちが一斉に俯いた。

「・・・ということで、行きましょう。」

「おい!見ろよ!あれ!」

 突然、全面ガラスのほうから聞こえてきた大声に、新入生たちは何の理解もないまま、気まずさから逃れるように一斉に顔を向けた。大声をあげたのは新入生のひとりで、全面ガラスの向こうを指差して、新入生たちは、それに吸い寄せられるようにそのほうに向かい、指差すほうを見下ろした。

 ひとつの円筒形の上半分が開き、その傍らではドロドロの液に濡れた裸の小柄な人。が四つん這いになっていて、身体を激しく揺らし緑の液体のようなものを吐き出すとそのまま力果てるように突っ伏した。傍らでは白衣の人がその様子を伺っていて、上半分の開いた円筒形は何かの危険を知らせるように全体を赤く点滅させていた。

 他の白衣の人が誰も乗っていない車椅子を押してそこへ向かっていく。「あれってパーパスだよな。」そんな呟きがあちこちで聞こえてくる。白衣の人が大勢集まってきて、車椅子に座らされた、ヘドロ怪人のようなパーパスを取り囲んでいる。その中のひとりがこっちを指差して大きな声で何かを叫んだ。だけど、ここからでは何を叫んでいるのか聞こえない。しばらくするとガラスは急に曇りだし、突然、見学室の照明が消え、ここにいる僕らの視界は完全に遮られてしまった。
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