ミズノケイイチ4(第29話)

文字数 2,211文字

「再分化というのは言葉の問題で、パーパスにとってみれば再分化も死も同じようなものでしょう。パーパスが人間のためにある装置だというなら、このパーパスだって私のために存在し続ける意味はあるはずです。それが可能な限り。」

「あなたの気持ちはわかります。しかし、再分化と死は違います。再分化というのはパーパスにとって最高の終わり方なんです。パーパスというのはパーパス核酸を含んだ約60兆にも及ぶ細胞の集合体です。人間に与えられた目的を果たすために細胞が集まりパーパスとして形作られます。その目的を終えたパーパスは再分化装置によって再分化されて、元のひとつひとつの細胞に戻っていくのです。その細胞が精製されまた新しいパーパスの素材になります。パーパスというのはそのサイクルによって成り立っているのです。開発者として思うのはもしパーパスに幸、不幸があるとするなら再分化で終わる事の出来なかったパーパスが不幸なんじゃないかと思うんです。」

 老人はパーパスや僕らから目を背けるように真っ暗なガラス窓のほうを向いてミズノさんの話を聞いていた。僕から僅かに見える窓ガラスに映った老人は何かを堪えるように固く目を閉じていた。そして、全てを聞き終えると大きく息を吐いて静かにミズノさんの方を向いた。

「しかしパーパスだって再分化されるときには痛みや苦しみを伴うのではないのですか?」

「違います。詳しいことは言えませんがパーパスが平穏に機能を停止させる唯一の方法が再分化です。パーパスは再分化装置に入って横になっているだけでまるで氷が溶けていくように形を無くしていきます。痛みも苦しみもありません。それを証拠に・・・」

「それを証拠になんですか?」

「それを証拠に・・・この技術は色んなところで活用されています。」

「例えばなんですか?」

「あのう・・・疫病にかかった動物の処分であるとか・・・すいません。言うべきことじゃなかった。」

「・・・ということは人間も再分化が可能ということですね?」

「それは、解りません。」

「解らない?何故ですか?パーパスではない生物でも再分化の技術が有効だというのに・・・人間だって可能でしょう?」

「可能か不可能かとか・・・そういう問題ではなく、人間の再分化はいまだに前例がありません。」

「なら私が実験台として、初めて再分化される人間になりましょう。この子と一緒なら恐怖も何もありません。」

「・・・これだけ長い期間、再分化の研究がされ技術の進歩がしているにもかかわらずいまだに前例がありません。これまで再分化に携わった研究者すべてがこれだけは避けてきたんです。それほど繊細で難解な問題なんです。当然、私も同様の考えなんです。」

 ミズノさんと老人は考え込むように俯いて黙っていた。当然、僕も俯くことしか出来ず、そしてパーパスも僕らに合わせるようにあの表情で俯いているようにみえた。「じゃあ、どうすれば。」老人は無理に作ったような、いつも通りの優しい笑顔で小さな言葉を床に落とした。

「・・・まだ、あなたがミコン社の社長と面識がおありでしたら一度お話しされてはいかがでしょうか?エネルギーを送ってもらっているということはそれくらい可能でしょうから。」

「そうではなくて。」老人は小さく首を振った。

「また、ひとり残されてしまう私はこれからどうしたらよいのかと。」

 帰りの車の中は来る時が嘘のように暗く重い空気に包まれていた。ミズノさんは思い詰めたようにただ前を見てハンドルを握っていた。「これからどうしますか?」もうすぐ自宅に到着するというときになって僕は、このままで今日を終わらせたくないと、恐る恐る口を開いた。

「いや、どうしよう・・・でもあの人が言うことが本当ならミコン社の社長を通じてヒュメル社の偉いさんに話が通ってるかもしれない。だから、あのパーパスはヒュメル社とミコン社の契約をすり抜けて個人所有できた。そう考えると、僕が口を出して事が大きくなる可能性がある。」

「僕はあの人からパーパスを奪うのはどうも・・・」

「いや、それは解ってる。この際、契約とかどうとかは無視しても、やっぱりパーパスは再分化で終えるのが最良だっていう現実があるんだ。少なくとも僕はそう思っている。あくまでも開発者としての考えかもしれないけどね。難しいけど・・・考えよう。考え続ければ必ず次に繋がる何かが見つかるはず。」

そう言ってミズノさんはアクセルを強く踏み込んだ。

 ◇ ◇ ◇

「今日仕事が終わってすぐあのレストランに行ったんだ・・・」

「でも誰もいなかった・・・ドアには、閉店のお知らせっていう張り紙があってね・・・」

「僕の研究室には自分で自由にできる再分化装置があるんだ・・・とりあえずそこであのパーパスを再分化できるような道筋を立てて、説得しようと思ってはいたんだけど・・・」

「その考えは昨日あったんだ・・・」

「昨日のうちにその話をすればよかったんだ。だけど自分の体裁とかリスクが頭にあってさ・・・」

「結局、ただ、あの人を追いつめただけだったのかもしれない・・・」

「あの人があのパーパスを再分化するようにミコン社の人と話してくれるといいんだけど・・・」

「・・・もうそうなることを祈るしかないよ・・・」

 ミズノさんから電話があったのは次の日の夜遅くだった。重く引きずるように繋がれていくミズノさんの言葉の隙間を、僕はただ相槌で埋めることしかできなかった。
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