第16話 迷い道

文字数 5,162文字


 縁側にどんと腰を下ろし曇天の空を仰ぎながら右の拳を下顎に当て、長井道利(みちとし)は斎藤家の行く末を考えていた。
 南から迫る織田信長は、既に犬山城、鵜沼城、伊木山城を傘下に治め、木曽川を完全に掌握してしまった。この勢いをそのままに、信長はいよいよ美濃の中心を成す中濃地域に調略の手を伸ばし始めた。この誘いの手に早速呼応したのが、中濃地帯の要となる加治田城主佐藤忠能(ただよし)だった。
 中濃から北濃を任されていた道利は、この忠能とはあまり良い関係ではなかった。この関係の悪さが、忠能をして織田に走らせたのかもしれない。
 追い詰められた道利は、名将の誉れが高い美濃国人衆の岸信周(のぶちか)と連携して、居城の関城と信周が新たに築いた堂洞(どうほら)城を結ぶラインで、加治田城と信長の勢力を分断に掛かった。
 これに対し信長本人が、この防御ラインを崩すべく出陣して来ている。このまま放置すれば堂洞城は落城必至となるだろう。
 信長の出陣に対し利通は、稲葉山城の斎藤竜興(たつおき)に救援を依頼した。
 ところが、中濃をかけた攻防が行われているにも関わらず、なかなか出陣しない。

 その頃の竜興は、女色に耽り酒に溺れる毎日を繰り返していた。
 竜興はある意味気の毒な男である。父義龍が祖父道三を討ったところで、道三派の家臣が他国に流れ残ったのは口煩い老臣ばかりとなった。そして老臣達をなんとかまとめていた義龍も五年前に急死して、若干十四才で家督を継ぐことになった。
 十四才の竜興にとって、複雑な美濃国人衆の仕置きや、織田、浅井、武田に対する外交は大きな負担だった。ほとんど理解できない中で、家臣に判断を任せる状態が続き、政務をとるのに嫌気がさしたのであろう。

 だが、信長はそれは気の毒に思ってはくれない。それどころか、竜興の出陣が遅れることを見越したように軍を進め、堂洞城を囲んでしまった。
 ここで信長本陣を背後から突けば、巧くすると信長の首を取れるかもしれない。千載一遇の好機を前に道利は指を咥えて見るより他なかった。
 道利は美濃の蝮と称された道三に、傭兵の術を仕込まれた百戦錬磨の将だ。この好機に際し、単独で攻めかけても成果を収める自信はあったが、裏切りが相次ぐ斎藤家において独断専行は疑いの素となる。

 意外なことに、この行動が制限された状況は、道利に情勢を深く考察する時間を与えた。
 このまま進めば斎藤が織田に滅ぼされるのは時間の問題だろう。
 斎藤家の当主が道三ならば、武将として育てられた恩もあり、躊躇なく斎藤家と命運を共にすることを選んだであろう。だが、義龍が死に竜興が君主に成ったあたりから、気持ちが斎藤家から離れていった。
 味方が責められているときに、出陣を躊躇するばかりか、支援行動に出た味方を疑うような主人に尽くす義理はない。利通が織田に下れば、信周も連動して織田に下るだろう。そうすれば中濃は労せずして信長の手に渡り、道利も重く用いられることは間違いない。

 だが道利は簡単には動かなかった。
 理由は二つある。
 道利は信長のことが嫌いだった。嫌いというよりも恐ろしいというのが本音だろう。道利は一度だけ、戦場以外で信長を見たことがある。娘帰蝶の嫁入り後、舅に当たる道三は信長の人物を見極めようと、尾張と美濃の国境にある聖徳寺で会見した。
 道三は聖徳寺に向かう信長を、隠れて見物した。そのときに道利も同行した。信長は評判通りのうつけ者ルックだったが、五百丁もの鉄砲隊と六メートルを超える長槍隊を率いていた。それを見て道三は、まず信長の軍事能力を評価した・
 次に聖徳寺の会見場にて再び驚く。信長はミスターうつけの姿から髪を結い正装に着替えて、王に相応しい堂々たる姿に変身していたのだ。完全に欺かれた道三は、すっかり信長の人物にほれ込み、
「無念だがわしの息子らは、このうつけの下につくことになるだろう」
 と、言い残した。

 このとき道利の印象は道三とは違うものだった。
 まず信長の行軍を見たとき、単なる強さだけでなく全軍を取り巻く武気から、人の命を容赦なく奪う非情さを感じた。道三もマムシと呼ばれ謀略を尽くした男だが、基本的には民を愛し臣を大切にする人としての一面がある。
 だが信長の武気には、野太い意志の力が情や理を超越して支配するように感じた。その意思は子供の頃に理由もなく恐怖した魔界のもののようにも思える。
 そして、会見場で信長を見たとき、華麗な姿の下に秘める氷のような冷たさを感じた。この男の下で使えることは、常にこの冷たさに接していなければならない。それは道利にとって苦痛でしかなかった。これに耐えられる者しか信長の下ではやっていけない。

 もう一つの理由は、美濃に対する武田の急速な変化だ。
 武田は信濃を制圧してから、美濃と国境を接するようになったが、東美濃の遠山氏の外交努力により、この地を緩衝地帯として武田と斎藤は折り合いをつけていた。
 ところがここに来て、飯田から発した勝頼の軍が岩室城を武力制圧し、二重外交を続けていた遠山景任は降伏した。勝頼軍は飯田に引き上げず、明智城、串原城、阿寺城と周辺を次々に落城させ、武田支配を強化している。
 一方諏訪から進軍した秋山信友の軍勢は、木曽を経由して苗木城に達し、これを陥落することにより南の勝頼軍と連動して東美濃を完全併呑した。
 さらに信玄自身が躑躅ヶ崎館から高遠城に本拠を移転した。大半の古参の将は全て義信と共に府中に置き、領土のない次男三男を中心に織田軍のように金で兵士を募り、大軍を編成した。それほどの軍事資金がどのようにして作られたのかは謎のままだ。

 道利は武田の目は西上野と駿河に向いていると思っていた。それが、気が付けば信玄の照準は美濃に向いていた。
 勝頼軍と秋山軍はまだ東美濃に駐留している。これから中濃に進軍して、美濃一国の制覇に向かうことは十分予想される。
 そのとき道利はどう動くか、それが今頭を悩ませている原因だ。

「道利様、武田勝頼の使者がやって来ました。真野勝悟と名乗っております」
「真野省吾?」
 武田の将としては聞いたことのない名だ。二日前に織田が送って来た使者も、木下藤吉郎というあまり聞いたことのない名前だった。
 両軍ともに斎藤家と違って、出自を問わず人材を募集していると聞く。木下藤吉郎は思わず引き込まれるような巧みな話術と、斎藤の重臣である自分に物おじしない大胆さを併せ持っていた。新しい芽は確実に頭角を現しつつある。
「会おう。奥に通せ」


 武田勝頼の使者は初陣を済ませたばかりに思える若者だったが、身体から発する武気は、死線を何度も潜り抜けてきた歴戦の強者(つわもの)に引けを取らない強さがあった。
「お初にお目にかかります。勝頼様のお側に仕える者で真野勝悟と申します」
「長井道利じゃ。早速、用件を申せ」
 普段の道利は使者を急かしたりしないが、堂洞城に対する信長の攻めが苛烈なだけに、じっくりと動静を見極める時間はなかった。一刻も早く決断するために、武田の意向を知りたかった。
 ところが使者の真野勝悟は、焦ることなくまるで焦らすかのように、ゆっくりとした口調で話し始めた。

「京で応仁の大乱が起こり、世が戦乱に包まれて以来今年で百年と成ります。長井殿はこの戦国の世の行く末をどのようにお考えでしょうか?」
「戦国の世の行く末だと」
 道利は目の前の若き使者の意図が掴めずに、使者の口から出た禅問答のように思える言葉を繰り返した。
「今はそんな話をしている暇はない。信長の軍は堂洞城を囲んでいるのだ」
「だからこそです。今、長井殿は岐路に立っています。このまま斎藤の一員として戦うか、織田に降伏するか、そして昨今の武田の動きから、もし美濃に進んで来るならその傘下に入るか。だが、どの道を選べば良いか分からない。私は長井殿が最良の選択をできるように、考え方を整理して差し上げようとここへ参りました」

 道利は瞬間的にカーっと頭に血が上った。自分の半分にも満たない年に思える若者が、間違えないように導いてあげましょうと言っているのだ。屈辱以外の何ものでもなかった。怒鳴りつけたくなるのを必死で抑えながら、若い使者を睨みつける。
 だが、若い使者は涼しい顔で、道利の険しい視線を平然と受け流していた。
 その顔を見ていると、脳裏にある若者の顔が浮かんだ。

 その若者は三年前に、僅かな手勢で稲葉山城を占領し、主君斎藤竜興を城から放逐し、奸物斎藤飛騨守を斬り捨てた。名は竹中半兵衛。その後、半年に渡り城を占拠した後に、竜興に城を返し、自身は隠遁生活に入った。このとき半兵衛は僅か二十才だった。
 才ある者に年など関係ない。道利はもう少しだけ、この若者の話を聞いてみようと思いなおした。
「武田の若き使者殿よ、もしわしが武田ではなく織田につくと言えば、何とする?お主がここに来た目的はわしを武田につけるためではないのか?」
「例え今、斎藤殿が満足する条件でお味方に誘っても、状況が変われば保証されるものではございません。だから武田は目的を同じくする者を味方にしたいと考えます。ですがその前に、斎藤殿自身の心の中にある本当の望みが何か、それをはっきりさせねばなりません。しかし自分の心の中は自分でも分からぬものです。私はそのお手伝いをして差しあげようと思います」

(心の中にある本当の望みだと)
 道利はそれが何か分からぬことに気づいた。これまでは日々外部からの侵略と、主家に疑われぬように振舞うことに追われ、自分の望みなど考えたこともなかった。
「いくら自分の望みが分かっても、家を存続させることが最優先で、それを追い求めることなどできはせぬ」
「だから、考えぬのでございますか? それではなぜ今進むべき先を迷うておられる。斎藤家はもはや死に体、美濃の帰趨は織田と武田に絞られております」
「その織田と武田のどちらにつくか迷っている。それにいくら家が大事でも、土岐家には先祖から続いた恩がある。容易には捨てられぬ」
 道利は使者に上手く誘導され、本音を漏らしたことに気づき苦笑した。
 いつの間にか、この若者のペースに成っている。

「それで道三殿に背いて義龍殿についたのですね。国力が落ちることも厭わずに」
 美濃のまむしと呼ばれた斎藤道三は、義龍によって政権を簒奪され死に追いやられた。義龍は道三の子とされているが、実のところ美濃の前領主である土岐頼芸(よりあき)の子だという噂があった。父子相克の中で義龍が頼芸の血筋であることを打ち出すと、本来土岐家の家臣であった道利は道三を討つしか道が無かった。
「わしも悩んだ。だがあのときはわしだけでなく、他の多くの土岐家に重く用いられていた国人衆も、そうするしかなかった」
「本当にそうですか? あの頃道三殿は美濃の政務は義龍殿に任せ、自身は土地に縛られない身分が低くて有能な者を身近に集め、国外への遠征を考えていたように見受けられます。多くの国人衆は将来自分の地位が危うくなることを危惧して、義龍殿に味方したのではありませんか?」

 道利は言葉に詰まった。道三の側近だった頃、天下平定の話はよく聞いた。なんと大言壮語よと思ったものだが、本当にそうなればと憧れに近い感情は確かにあった。美濃を完全掌握したあの日、道三は美濃盗りに時間を費やすぎたと嘆いた。もはや天下平定は自分一代では叶わぬ。後亊は義龍に任せて、自分はその基盤を作ると呟いたことも。
「義龍殿は道三殿の夢の重さに耐えきれなかった。だから自らの手で父を討ってしまった」
 道利は目を伏せ、目の前の使者にではなく、自分に言い聞かせるようにその言葉を口にした。

「道利殿はどうなのですか? 道三殿の(こころざし)を夢の話と否定されますか?」
 使者は今日一番の気迫を込めて道利に問うた。
「わしは……わしは道三殿の夢を聞くのが好きだった。道三殿が死んだとき、何か自分の夢も消えてしまったように思えた」
 道三の死後十一年目にして、道利は初めて心の奥底にしまった自分の思いを、重い蓋を開いて取り出した。
「それが分かれば、後は織田と武田を比べて選択するだけです。織田と武田は共に日ノ本の統一を描いています。ただ、統一後の姿は大きく違う。それは当主の性格の違いによるものです。信長殿はあくまでも既存のしきたりを全て焼き尽くし、灰の中から新しい秩序を生み出そうとしている。わが武田は共存を目指します」
「古いしきたりと新しい秩序の間でいさかいが起きたときはどうする」
「もちろんどちらを活かすか判断します。その基準はあくまでも、どちらが将来的に民のために成るか」
 道利は深いため息をついて下を向き、そして徐に顔を上げた。
「我が長井家は武田にお味方しましょう」
 使者はにっこりと笑って、これからの段取りを語り始めた。

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