第三章 無知 その4

文字数 2,498文字

 村長ら顔役たちは引き続き対策会議を開いていた。ロビンたち北門の危機は大勢が目撃しており、報告も受けていた。
 今はどうにか持ちこたえているが、状況は不利である。村の男たちを総動員する準備は整っている。持てるだけの武器を持ち、広場に集まっている。だが、門を開けて追い払うにはスライムの性質は危険極まりない。
 見張り台はあくまで監視のためであり、城のように攻めてきた敵に上部から攻撃を仕掛ける性質のものではない。場所も狭く、動ける人間はせいぜい三人だ。戦える人間はいるのだが、戦力として投入できる場所は極めて限られている。
 このままでは壁が壊され、スライムが村に入り込んでしまう。
 応援を出して何とか朝まで塀際で持ちこたえよう。村を捨ててふもとまで逃げよう。
 様々な意見が出たが、最終的にこの案に集約された。
「スライムを村の中に引き入れましょう」

 作戦はこうだ。
 北門を開ける。スライムも通り道があればわざわざ隙間など通らない。門をくぐって入ってくるだろう。そこで両側に村人たちでたいまつを持ちながら列を作って待ち構える。スライムの動きはのろい。火であぶりながら広場まで誘導する。一カ所に固めたところで油をかけて一気に殲滅する。
 スライムは火に弱いと聞く。事実、火矢の当たったスライムは沸騰しながら蒸発した。地面に落ちた火矢に近づいたスライムも死にこそしなかったものの、焦げた煙を発しながら苦しそうに体を震わせていた。これならいけるはずだ。
 リードは外に出ている捜索隊が戻ってくるまで待とうと意見を出したが、時間的な余裕はないと却下された。
 北門から繰り返し応援と指示の要請が来ているのだ。村にスライムを招き入れるという、一歩間違えればさらなる危険を招きかねない作戦に反対する声も出たが、現状を打開できるような代案はどこからも出なかった。作戦は決まった。

 さっそく作戦決行が北門に伝えられた。時間は夜の十一時頃と推測される。女子供を家の中に避難させると作戦を開始した。
 ロビン・エドガー・ニコラスら北門の守り手を数名残し、動ける村の男たち十七人(十八人の説もある)がたいまつを持ったまま、左右に分かれて向かい合った。上から見れば、北門から伸びた赤い炎が広場までの誘導灯のように見えていたはずた。
 村人二名が門を開けると、すかさずボール程度の小さなスライムが列をなして入り込んできた。すかさず男たちはたいまつを突きつけてスライムの動きを牽制する。そのせいか、スライムの動きはおとなしかった。村人たちに襲いかかろうとするスライムもいたが、炎を近づけると震えながら後ずさった。小さなスライムに続いて、巨大なスライムが入ってきた。既に一・五フート(約二・四メートル)近くまで成長している。
 たいまつの明かりに照らされた半透明な体の中には、鉛玉に金属製のボタンやベルトの留め具が浮かんでいた。
「ジムソンのだ」
 誰かがつぶやいた。
 トレメル村の住人の前に不気味な行列が続いていた。
 不定形の粘液のような、水滴のような、粘土のような、鞠のような、吐瀉物のような、泥のような、腐った果実のような。
 おぞましき『狂気の狩猟団(ワイルド・ハント)』はトレメル村への侵入を果たした。
 スライムは様々な音を立てて進んでいく。地面を這いずる音、飛び跳ねる音、湿った水音。それに混じって誰かの唾を飲み込む音をリードは聞いた。
 この光景を見た多くの村の者は自分たちの行動に疑問を抱いた。自分たちのやろうとしていることは果たして正しかったのかと。
 だが、今更中止も中断もできない。やるしかないのだ。
 村の男たちはたいまつをかざしながらスライムの大群を村の中央まで誘導していく。この時確認されたスライムの数は、証言者によって違いはあるものの、平均すれば百匹は超えていた。
 スライムたちの動きはゆるやかだ。それだけに焦れて仕方なかった。いつこちらに飛びかかってくるかしれたものではない。参加した者は、赤子よりも遅く感じた。
 たいまつの炎に取り囲まれながらスライムは、体を震わせて広場までの道を這っていく。たまに群れから離れようとするスライムもいたが、やはり炎を近づけると煙を発しながら群れの中に戻っていった。
 広場に出た。本来なら祭り用の食べ物や儀式の舞台が用意されていたが、全て片付けられている。イスや飾りは広場の端にまとめて置かれている。料理や酒の一部は教会の中に運び込んでいた。落ちている飾りつけの花には靴型がついており、パンのかけらは砂にまみれていた。華やかな雰囲気は見る陰もなかった。広場には村共同の井戸もあったが板でふさぎ、隙間には詰め物をして厳重にふたをした。万が一の場合に、スライムの混入を防ぐためだ。

 広場には残った男たちが、やはりたいまつを掲げながらで待ち構え立ていた。誘導組は彼らと合流し、輪になってスライムを取り囲む。
 村長の合図で油の入った樽が運ばれる。一気に浴びせかけるとその勢いでスライムが飛びかかってくる恐れがあるため、四方に分かれ、少し離れた地面からゆっくりと油をスライムの群れへと流していく。スライムのいる場所は広場の中心であり、普段から踏み固められているため、ややくぼんでいた。加えて油を注ぐために棒でわずかに溝を作っていたため油は問題なくスライムまで届いた。自分たちの真下に油をまかれてもスライムに変化は見られなかった。小さな身を寄せ合い、一番巨大なスライムにすがるようにしてひとかたまりになっていた。
 広場から二十歩ほど遠巻きにして村の者たちは様子をうかがう。大丈夫、あいつらは何にもわかっていない。
 油が十分染み渡ったのを確認し、村長が決行の合図を下す。たいまつで取り囲んでいた男たちが後ずさると同時に決行役の者が四人、残った油を一気に溝に注ぎ込むと、その油に火を這わせた。同時に村人四名が一斉に火矢を放った。
 赤い炎は導火線となってスライムの群れまで到達する。
 あっという間に火に巻かれた。

 惨劇の始まりだった。
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