七章 トレメル村の消滅と現在 その1

文字数 3,821文字


 七章 トレメル村の消滅と現在

 現在ではトレメル村事件の死者・行方不明者は公式記録では三十八人となっている。ところが『手記』では三十九人となっている。これは調査当時死亡したと考えられた人間が、実は生きていたことが明らかになったためである。
 発見されたのはペルフィネという、隣国グラスヘイムの漁村である。村の側にはリース川と合流したライヒヴァイン川が流れ、膨大な水をセドル海へと流し込んでいる。事件の翌日、川岸に打ち上げられているところを洗濯のために川縁に来ていた村の主婦が発見した。救助された際に意識はなく、二日間寝込んでいたこと。また意識を取り戻した後も事件の恐怖からか、記憶も曖昧であったために確認が大幅に遅れたのだという。少女が自分の名前を語れるようになると、生存の報告はトレメル村へ届けられた。そこからクレムラート村の駐留部隊を通じて州軍本部のコルネリウス准尉まで届けられ、被害者数は訂正された。すでに少佐にも確認を取ってあり、軍の上層部へ報告書を上げる直前だったという。後日、コルネリウス准尉は直接漁村まで赴き、被害者と面談している。
 生存者はヴィオラという六歳の女の子である。

 スライムに背中からとりつかれ、川に落ちたヴィオラがなぜ助かったのか。
 それにはいくつかの偶然が重なっている。不幸中の幸い、と言い換えてもいい。
 ここで時計の針を事件の日、ヴィオラがリース川に落ちたところまで巻き戻す。
 
 ヴィオラが落ちたのはリース川の上流、源流の付近である。昔から流れが速く、また川底からとがった岩場が障害物のように突き出ている。ここで落ちれば岩場に叩き付けられる可能性は高い。途中には落差十フート(約十六メートル)近い滝もある。
 事実、事件より五十四年後、山岳部の大学生が足を滑らせて川に落ちた。場所はヴィオラが落ちた場所よりやや下流である。翌日、下流で死体となって発見されている。死因は溺死ではなく、岩に頭部を打ち付けたことによる脳挫傷であった。
 村の人々は助かった理由を幸運、もしくは神のご加護によるものと信じてきた。郷土史家ゴードン・キルヒナーが一八七九年に発表した『トレメル村の事件調査記録』においては「説明の出来ない偶然の積み重ね」といささか思考の放棄ともとれる記述が見られる。
 筆者は事件と同じ季節に現地まで赴いて確かめたことがある。水かさは、深い。その上狭い川の間を急流が音を立てて流れていく。川底からも岩が突き出ており、水泳選手であっても泳ぐことは困難だろう。
 運良く岩場を避けて流されたとは到底思えなかった。ヴィオラ自身も聞き取り調査の際に何度かぶつかったような気がした、と証言している。
 ここからは筆者の推測になるが、ヴィオラが助かった理由はスライムだろう。
 スライムは衝撃に強い魔物である。背中に張り付いたスライムがちょうどヘルメットのように岩場にぶつかった時の衝撃を和らげてくれたのではないだろうか。またスライムが浮き袋の代わりになり、溺死も免れた。
 こんな実験データもある。
 トロン大学特殊生物学部のターニャ・ファンケルヴァイン教授のチームがスライムの耐久力に関する実験を行った。捕獲したスライムを筒の中に入れ、上から筒より一回り小さな金属柱で叩き付けるのである。
 一トン近い衝撃を二百回受けてもスライムは生きていた (『魔物と実験』(一八七一年月夜月号)七十八ページ『スライムの耐久実験と成果』)。
 川の流れで加速していたとしても岩場の衝撃にも十分耐えられるだろう。皮肉なことに幼い少女を守ったのは彼女にとりついた魔物だった。
 では肝心のスライムはどうだろう。
 岩場との衝突には耐えられてもスライムそのものからは防げない。溶かされれば当然スライムと同化してしまう。『トレメル村の真実』では急流によって途中で引きはがされたのではないか、と述べているが、この説も疑わしい。
 再びファンケルヴァイン教授の実験データを引用させていただく。
 実験の内容はこうだ。スライムを箱に入れる。箱の上には一部だけ穴を開けてある。そして箱には重しをくくりつける。穴の空いたところにはひもをつけた牛肉を乗せる。スライムが牛肉に食らいついたところで機械で肉を持ち上げる。耐えたところでさらに重しを追加していく。スライムの粘着力は五十パンズ(約二二八キログラム)にも耐えられる。同時に箱の中に隙間に圧縮した水をぶつけながら同様の実験を行ったが、五回の計測平均は四十八パンズとほとんど変わらなかった(『魔物と実験』(一八七三年月花咲号)九ページ『スライムの粘着力』)。大昔より歴戦の戦士が取りついたスライムを皮膚ごと引きはがしたという話は事欠かない。取りついた直後ならともかく、時間が経って密着してしまえばあとは溶かされるのを待つのみだ。まして子供の力では力ずくではがすなど無理な相談である。ならば何故彼女は助かったのか。
 ヴィオラにはもう一つ、彼女を死神から守り通したものがあったのだ。
 それは偶然ではあるが、奇跡ではない。
 ハチミツである。
 前述したとおり、スライムが人体を溶かすのはグラチウムという酵素によるものだ。ペヒシュタイム大学名誉教授で魔獣食品学の権威ローズマリー・アドラーによれば、ハチミツには含まれる果糖にはグラチウムの働きを阻害する効果があるという。
 エリカがいたずらで塗り付けたハチミツが保護膜のような働きをして、溶かされるのを防いだのだ。
 もう一つ、スライムを引きはがしたのは急流ではなく、水そのものである。リース川はトレメル山を下り、ライヒヴァイン川と合流してセドル海へと流れ込む。河口付近は潮の関係で海の水が川を逆流し、塩分濃度が上がる。その塩水をスライムが嫌い、離れたのではないだろうか。
 スライムは一部の希少種を除けば淡水に生息する魔物である。ファンケルヴァイン教授の実験でも五十パンズの重さにも耐えたスライムが塩を振り掛けるとあっさり肉を手放した。当時のデータこそ残っていないが、ヴィオラが救助された村の付近で、川の塩分濃度が高くなる時期と祭りの時期は一致している。
 まとめるとヴィオラが助かった主な要因は三つある。スライムによる急流での衝突や衝撃を和らげるとともに溺れるのも逃れたヴィオラは、ハチミツによりスライムから溶かされることもなく、海水の逆流により無事引きはがすことに成功した、というわけだ。
 
 意識を取り戻したヴィオラはコルネリウス准尉たち州軍から村の悲劇を聞き、幾筋もの涙をこぼした。スライムに食べられた被害者には両親も含まれていた。ほかに身寄りのない彼女を引き取ったのはその村に住む老夫婦である。老夫婦は猟師をしていたが、息子夫婦を四年前に嵐で失っていた。
 老夫婦も、そしてヴィオラも望んだため養子縁組が進められた。老夫婦はヴィオラを大切にしたそうだが、数か月後に地元の網元ともめたために、夜逃げ同然に村を追われる羽目になった。ヴィオラも老夫婦に連れられ、村を去った。その後は長い間消息不明であったが、後年判明したところによるとグラスヘイム各地を点々とした後、南部にあるヴィジャーニ島に移住し、そこで漁を再開したという。ヴィオラもそこで成長し、結婚した。相手は三歳上の文房具商人である。
 やがて三人の子供(男二人と女一人)に恵まれ、孫も生まれた。そして家族に見送られながら一八七〇年、肺炎のため六十二歳の生涯を終えた。彼女は終生、トレメル村に戻ることはなかった。村を離れたのはヴィオラだけではない。村の総人口の二割以上が死亡するという大惨事である。事件の記憶も色濃く残っている。
 事件をきっかけに村から離れ、そのまま戻らなかった者がヴィオラ以外にもう一人いる。
 ティムである。
 トレメル村の窮地を知らせた後、意識を失いそのまま診療所のベッドの上で療養を続けた。特に足のケガがひどかった。入院中、彼の元には大勢の人間が訪れた。聞き取り調査中のコルネリウス准尉をはじめ、山から下りてきたトレメル村の人々が口々に感謝と賛辞を述べた。州知事からもその功績をたたえた感謝状が贈られた。
 三ヶ月ほどしてようやく起き上がれるようになったが、彼は村に戻ることを拒否した。一度だけ、父の葬儀と墓参りに戻ったが、以後はクレムラート村に拠点を構え、トレメル村には住もうとはしなかった。父親がスライムに殺されたことも影響しているだろう。辛い思い出から逃れるために村を離れた者は彼だけではない。しかし、ティムの場合それだけではないようだ。

「多分、帰るのが怖かったんだと思います」
 そう語るのはトルーデ・ハルクマン氏である。ティムの孫にあたる方だ。現在は隣のディオニュース州の総合病院で理学療法士として患者のリハビリに当たっている。ティムは十一年前に他界したが、彼女は十二歳の頃まで祖父と同居していた。
 インタビューに応じてくれたのは、彼女の実家である。二階建てになっていて、一階が工房とティムの部屋、二階が居間やほかの家族の居住区になっている。私が案内されたのはかつてティムが使っていたという部屋だった。現在では使う方はおらず、物置になっている。
 立て付けの悪い窓を開け、テーブルに向かい合う形でインタビューは始まった。
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