訳者あとがき
文字数 1,285文字
訳者あとがき
この作品はノンフィクション作家、ヴィクトリア・E・フォーベックの処女作にあたる。まずは簡単に彼女の経歴について触れておく。
二十四歳の時に本作(英題『The creeping up person』)でデビューする。
発売後、三ヶ月で二万部を売り上げたものの発売中止となる。教団から抗議が来たため、という説もあるが教団広報部は否定している。
半年後に二作目を発表するがこちらは売上げ不振のため、一年後には絶版となる。その後もいくつかの出版社に企画を持ち込むが、全て断られる。不遇の時期が続くが、二十七歳の時に三作目の『The wild hunt』で第四回ビルンバッハ賞を受賞し、ノンフィクション作家として本格的に活躍し始める。
ヴィクトリアが主な題材としたのは、魔物とそれに関わる人々である。
本作をはじめ、第三作の「ワイルド・ハント」では魔物使いに襲撃された町とその経緯と顛末を描き、続く第四作の「Harpuia/Stranded feathers」では、女面鳥身のハルピュイアがいかに乱獲され、絶滅するまでを詳細に綴っている。
人間とそうでないものが関わり合ったために起こった悲劇、あるいは喜劇を取材し、本に著した。祖母の体験が彼女に多大な影響を与えたのは、疑いようもない。彼女自身、エッセイでそのように述べている。
六十二歳の時、取材中の海難事故で死亡するまでに三十七作のノンフィクションを発表した。
ヴィクトリアの死後、仕事部屋に利用していたアパルトマンの一室からやメモや没原稿、未発表の作品が多数発見された。
没原稿の中には本作の第八章も含まれていた。
カットした理由については今となっては知るよしもないが、『彼女』が出版前に死亡したためではないかと私は推測している。故人の名誉毀損を避けた、というよりも『対戦相手』がいなくなって拍子抜けしたのかも知れない。日本語訳するに当たり、関係者の許可を得て、改めて第八章を追加した。第八章の発表は本作日本語版が初めて、となる。評価についてはお読みいただいている方々に譲る。
本国では死後も高い人気を誇っている。だが、日本語訳の出版に際し、いくつかの出版社と交渉したが、全て断られた。「日本では知名度が皆無」「ノンフィクション作家」というのが敬遠の理由だった。
そこで著作権を管理しているディートリント・A・フォーベック氏 (ヴィクトリアの姪にあたる)と相談の上、webサイトでの発表となった。
拙訳に大変時間がかかってしまい、ディートリント氏をはじめ関係者にご迷惑をお掛けしたことを深くお詫びする。
またフェルグ語の細かいニュアンスについても現地の友人らよりアドバイスをいただいた。この場を借りてお礼を述べさせていただく。
かの世界とつながってまだ三十年、
そのために本作が道標となれば幸いである。
白金 透