二十

文字数 2,057文字

 そんなことがあってからも、ヒロユキとリュウイチはまた二人で冬の外へと遊びに出かけた。この日、リュウイチは「秘密基地」を作る事を提案し、ヒロユキも賛成した。家々の雪かきで出された大量の雪が一箇所に集積された場所があり、二人はその雪を利用して巨大なかまくらを作ることを思いついたのだ。その集められた雪は、大人の背丈の二倍ほどもあった。
「この雪は春まで溶けない」
 リュウイチが白い歯を見せた。初めにリュウイチがスコップで一番底の方から掘り始め、ヒロユキがそこから出た雪をソリに乗せて、また雪山の上に積み上げて行く。やがて体がすっぽりと入るまでになると、後は二人で交代しながら掘り進んだ。辺りが暗くなり始めても、二人は夢中で穴を掘った。二人が並んで立つことができるまで掘ると、かまくらの中に雪の椅子を作り、満足そうに腰掛けた。
「お前も座ってみろよ」
 雪の椅子に座って天井を見ると、雪の厚みで黒く、ひんやりとしているが寒風を遮断し、温かささへ感じた。話す言葉は反響し、耳を澄ませば、ツンと張り詰めた空気が鼓膜に触れてくる。リュウイチは更に掘り進み、別の部屋を作る計画を話した。それを身振り手振りを交えながら話す時のリュウイチは、とても幸せそうだった。そんなリュウイチを見て、心が熱くなった。ヒロユキは一人っ子だったし、両親の仕事の都合で転校を繰り返していたので、これまで親友と呼べる友が無かった。このリュウイチという存在が、兄のようでもあり親友でもあったのだ。しかし、ヒロユキの父は厳格な人だった。ヒロユキの母は、通りを隔てた向かいに住む二つ年上の親友ができたことを喜んでくれたが父はそうではなかった。父が心配していたのは、やはりリュウイチの父の仕事のことであり、事あるごとに細々と聞いてきた。いつだったか夕食の後、ヒロユキが眠かきしている時だった。
「近所の噂だけど、サカキさんのお父さんの仕事、最近うまく行ってないそうよ」
 ヒロユキには聞こえまいと思って、母が父に話したことを眠ったふりをして聞いていた。鼓動が激しくなり顔が熱くなった。テレビから発せられる声に混じって、石油ストーブがボッボッと小さな炎を立てる音がした。ヒロユキの耳は窓の内側についた結露の流れ落ちる音すら聞き逃すまいとしていた。
「来春、盛岡への転勤が決まったよ」
 父の声だった。胸に何かが突き刺さった。

 翌日、二人は再び秘密基地へと出かけた。ヒロユキはリュウイチの顔を見ることができなかった。
「今日は俺が食料を調達して来た。今日から俺を隊長と呼べ」
 リュウイチがふざけて笑いながら、菓子を分け与えた。ヒロユキが家からこっそり持ち出してきたロウソクとライターを見せると、リュウイチが大喜びした。
「いいぞ、お前も中々やるな。俺たちの秘密基地に乾杯だ!」
 二人でコーラを分け合った。
「火をつけてみようぜ」
 リュウイチがライターの石を擦る度に、心に軽い痛みを覚えたが、また強制的に青森を去らねばならないことへの当てつけにも似た、反抗的な感情が初めて芽生えた。しかし、そんな思いも、ロウソクに火が灯ると次第に消えていった。炎が微かに揺れるのを見ながら、二人は少しだけ大人に近づいたような気がした。
「中々の出来だ。いいか、ヒロユキ、ここは俺たち二人だけの秘密だぞ。他の奴らは例え親であっても連れてくるなよ、いいな」
 ヒロユキが頷いた。盛岡への引っ越しのことを話すことができなかった。このままずっとこうして親友との時間が続くことだけを願っていた。
 雪国の夕暮れは早い。暗がりの中、ロウソクの炎が揺れるのをじっと見つめていた。
「ヒロユキ、明日、もう一度行ってみないか?」
「え? どこに?」
「あそこだよ、見えるだろ、対岸の明かり。あそこまで行けば、きっと何かある。そしたら人生変わるかもしれない」
 一瞬下を向いたが、来春には青森を去らねばならない。この雪でできた秘密基地も跡形も無く消え、リュウイチとの別れもやってくる。
「わかったよ、リッちゃん、僕も行くよ」
「さすがヒロユキ、お前のそういうところが好きなんだ。今度は絶対に引き返したりしないからな。お前も今のうちに、父さんと母さんにさよならしとけよ」
「本当に家出するの? リッちゃん。本当に本当なの?」
 リュウイチは何も答えなかった。
「学校はどうするの?」
「学校なんかもう行かないよ。それっきりってやつだ」
 リュウイチがませた表情で、力無く笑った。
「実は……僕、また引っ越すかもしれないんだ」
 寒さで張り詰めた空気が鼓膜に触る。
「本当か? ヒロユキ」
「春になったら盛岡に転勤だって、父さんが言ってた」
 今にも表情が崩れ出しそうだった。
「そうか、ヒロユキともこれでお別れか……」
 ヒロユキが俯いた。
「いつか大人になったら、またどこかで会おうな」
 自然に涙が溢れてきた。涙は拭いても拭いても、溢れてきた。

 雪国に、また闇が舞い降りた。
                           (了)
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