十八

文字数 1,101文字

 休日の良く晴れた日を選んで、リュウイチはヒロユキを誘って外に出た。防寒用のウエアを着込み、リュウイチが持ってきた菓子パンを食料に二人は出発した。その日は風も無く、少し深雪を漕いだだけでシャツがびっしょりと濡れた。思っていたよりも雪が深く中々前に進まなかった。疲れてくると、田圃の白く盛り上がった畔に二人で腰掛け、ポケットに忍ばせてきたチョコレートやガムを食べた。昼をまわり、帰りの時間が気になり始めたが、目指す対岸には辿り着かなかった。自分たちの足跡が雪に残っているからよいものの、周りは一面の雪原である。暗がりなら方向を間違ってしまうことだって充分に考えられる。それに二人は、対岸に一体何があるのかも知らない。日中は全く見えないが、夜になると、ぽつんと微かな明かりが灯るだけだ。単に漠然と何かがあるに違いないと二人は思っていて、そこに辿り着いたなら、今の現状の何かが変わるのではないかと感じている。それはリュウイチの方がより強く思っていた。
 午後三時をまわると陽が傾き始めた。ヒロユキは急に心細くなり、しきりに元来た道を振り返った。すでに元来た場所は米粒ほどにも見えなくなっている。リュウイチは、ヒロユキがしきりに後ろを振り返っていることに気付いていた。そしてリュウイチ自身も最後の食料を食べ終えた頃から、振り返りたい気持ちを抑えていた。
「リッちゃん、もう帰ろうよ」
 立ち止まって、ヒロユキの青白い顔を見つめた。今にも泣き出しそうな顔をしている。ヒロユキの小さな胸は張り裂けそうだった。リュウイチもこのまま一人で前に進むことはできなかった。
「しょうがない、今日は帰るぞ」
 元来た道を歩き始めた。冬の田圃に積もる雪は厚く、時折深みに足を取られながらの歩行は、雪に慣れた者であっても困難だった。ヒロユキはうなだれて、リュウイチの背中を追うのが精一杯だった。途中、何度か雪に足を取られて転倒した。倒れて顔面から雪に埋もれると、一瞬目の前が真っ暗になり、心臓の鼓動だけが脈打った。起き上がって雪を払い落としても、顔に付いた雪が溶けて水滴となり、頬を涙のように伝った。いくらかの涙も混じっていたかもしれない。辺りが闇に包まれ、急速に気温が下がった。闇に飲み込まれて行くのは恐ろしかった。背筋に何度も冷たいものが走った。一度も闇を振り返ること無く、ただ、前方の暗がりの先にぽつんと灯る、家の明かりだけを目指して歩く。腹が減り、疲れ果て足が上がらなくなる。それでもリュウイチと二人で励まし合って、家に辿り着いたのは夜の九時を過ぎていた。二人は両親から厳しく叱られた。二人の一度目の挑戦は、こうして失敗に終わった。
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