十五

文字数 2,475文字

 ミサキの周りも、年の瀬が近づくと急に慌しくなった。歌舞伎町の店では連日のクリスマスパーティーが行われ、ミサキも休み無く出勤していた。この時期、常連以外の客が思い出したように顔を出す。付き合いで酒も口にしなければならないし、睡眠不足で体調は優れなかった。来年になったらきっとリュウイチが戻ってくる。そうしたら店を辞めようとミサキは考えていた。だから今は会えなくても、携帯電話で声さえ聞くことができれば我慢できる。不安が無いと言えば嘘になる。けれども、今は耐えるしかない。ただ、あの日以来、刑事のコジマという男が頻繁に店を訪れ、必ずミサキを指名した。気味が悪かった。リュウイチとの個人的な関係についてしつこく聞いてくる。それは事件の捜査ということではない。明らかにミサキへの個人的な興味から発せられている。いつから付き合っているのか、どこが好きなのか、酷い時には肉体関係があるのか、それは月にどれくらいあるのか、などミサキを怒らせるには充分すぎる質問を、またあのいやらしい目をしながら掛けてくる。リュウイチにはたまに電話でこのことを話してはいたが、何をされたわけでもなく、ただ客として店を訪れ、ちゃんと金を払って帰って行くので、ミサキとしても困惑していた。この程度の酔っ払いの暴言でいちいち腹を立てていてはこの世界ではやっていけない。まして刑事が探しているリュウイチにその対処を頼むわけにも行かず、ミサキは気持ちの晴れない日々を送っていた。この日も、午後八時くらいにコジマが店に来て、いつものようにミサキを指名し、焼酎のボトルを入れ、ちょっとしたつまみを頼んで、ミサキが来るのを待っていた。しかし、この日は店が混雑していて、またミサキを指名する客が多かったこともあり、挨拶しただけでテーブルには着かなかった。他の常連客の指名で席を離れると、午後十時には帰って行った。店は午前二時まで営業している。ミサキはいつも新宿東口まで歩いてタクシーを拾い、四ツ谷のマンションまで帰る。
 午前二時半頃、店の裏の通用口から仲間と共に店を出た。この日は体調が優れず、誰とも寄り道をせず新宿東口に向かった。途中、背後に人の気配を感じて早足で歩いた。振り返っても、酔ったサラリーマンやホストのような男の姿が目に入るだけで、誰かにつけられているとは思えなかった。タクシーに乗ってしまえばと思い、すぐにタクシーを拾い、四ツ谷まで行ってもらった。四ツ谷まではほんの十分の距離である。上智大学の角を曲がり、六番町にあるマンション近くのコンビニエンスストアの前で降ろしてもらった。そこで簡単に食べることができるサラダと飲み物を買い、歩いて帰る途中、ミサキは背後から男に声をかけられた。背筋がゾクっとした。その聞き覚えのある声の方を振り返ると、そこにはあのコジマが立っていた。目が血走っていて、手には銃が握られていた。ミサキの背中に銃口を突きつけると、部屋まで案内するように言った。仕方なく言う通りにした。部屋に入るなり、コジマは内から鍵をかけた。
「あんたね! 刑事がそんなことしていいと思ってるの!」
 コジマが銃をちらつかせ、ミサキに近づく。
「服を脱げ」
 コジマを睨みつけた。
「死にたくなかったら早く服を脱いで裸になれ」
「大声を出すわよ」
 するとコジマはミサキの背中に銃口を突きつけ、もう片方の手で口を塞いだ。
「声出してみろよ、都会じゃあ、大声出したって誰も来やしねぇぞ。いいか、声出したら本気で撃つからな」
 コジマは銃を持ったまま、ミサキの服を剥ぎ取り、裸にしてベットに押し倒した。枕をミサキの顔にあて、その上から銃を構えた。そして無抵抗のミサキを犯した。コジマは事が済むとズボンのベルトを締め立ち上がった。
「誰かにしゃべったら、殺しに来るからな」
部屋を出て行った。ミサキは朝まで一人で泣いた。

リュウイチがミサキの異変に気付いたのは、それから間も無くのことだった。連絡が無いのを不審に思い、自分から連絡を入れたのだ。リュウイチの声を聞くなり、ミサキが声を詰まらせた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 落ち着くのを待った。ミサキは全て話した。リュウイチは奥歯を噛みしめた。握った拳で携帯電話を叩き割ろうとして堪えた。電話の向こうで泣いているミサキのことを思うと、自分が情けなくなった。
「俺のせいだ。お前を守れなかった罰は甘んじて受ける。だが、その前にけじめはつけさせる。今からそっちに行く」
 そう言い終えると電話を切った。
 部屋に着くと、ミサキがベッドの上で泣いていた。ずっと泣きはらしていたのだろう。化粧が涙で崩れ目は赤く、声がかすれていた。ミサキを包むように抱き寄せた。
「お前はすぐに病院に行け。俺は、そのコジマっていう奴にけじめをつけさせてやる」
 立ち上がり電話をかけた。携帯電話をポケットにねじ込んだ。
「ミサキ、俺はお前に出会えて本当に幸せだった」
そっと部屋を出て行った。

 それから数日して、八王子の山中で男性の遺体が発見された。その遺体は陰茎を鋭利な刃物で切り取られ、顔面は判別できない程に黒く内出血し、両目は銃で打ち抜かれていた。そして遺留品には、指紋が残されていた。警察はすぐに警察官殺害事件として、サカキリュウイチを全国指名手配した。マスコミが一斉にこの事件を報道した。ヒロユキはテレビのニュースでその事を知った。ミサキは警察の取調べを受け全てを話した。あの日以来、リュウイチとは完全に連絡が取れなくなった。ミサキは仕事を辞め、部屋に籠もっていた。いつリュウイチから連絡があって、一緒に逃亡できるようにと準備を済ませ、携帯電話を握り締めていた。しかし、ミサキにはリュウイチから連絡があるはずが無いことはわかっていた。リュウイチは、ミサキを守れなかった代償を必ず払う男だった。ミサキの心は締め付けられた。窓のカーテンの隙間から外を覗くと、マンションの周りには常に数人の刑事が張り付いている。憎らしいと思った。いつだって損をするのはリュウイチのような純粋で不器用な男なのだ。
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