文字数 1,357文字

 夜の歌舞伎町。ネオン街にあるミサキの店に、二人の男が現れた。刑事だった。初老で短髪の男は名前をアズマと名乗り、まだ三十代半ばの、刑事としては洒落た感じの男はコジマと言った。
「マツモトミサキさんですか?」
 ミサキが訝し気にアズマを見た。
「サカキリュウイチをご存知ですか?」
 一瞬とぼけようかと思ったが、嘘が逆に怪しまれるかと思い直した。
「ええ、お客様の一人ですが何か?」
 コジマがミサキの胸元を見て、薄気味悪い笑みを浮かべる。
「お客さんの一人、ね」
「そうですけど、これ以上はお客様の個人情報をお話しすることはできません」
 アズマが顎に手をやった。
「個人情報、ですか」
「私、これから店に出ないといけないの。忙しいので、もういいかしら?」
「本当はただの客とキャバ嬢の関係では無いんでしょう?」
「どういう意味よ、ちょっと」
 それを見てアズマが、柔らかい笑みを浮かべて割って入った。
「すみません、失礼があったら謝ります。私らはサカキリュウイチについて調べています。何でもいいです。知っていることがあったら教えていただけませんか?」
「知らないわ、もういいでしょう?」
「私らはある詐欺事件の捜査をしています。今、世間を騒がせているオレオレ詐欺なんですが、ニュースなどであなたも聞いたことがあるでしょう? その実行犯の一人からサカキリュウイチという男の存在が浮上しまして、それでこの辺りを聞き込みしているわけです。最近、何か羽振りが良くなったとか、車を買い換えたとか何でもいいんです。何か思い当たる節はありませんか?」
「無いわ、仕事中なんで帰って下さい」
「わかりました。突然お邪魔してすいませんでした。何か思い出したらすぐに署まで連絡下さい」
名刺を差し出した。それを受け取らず背中を向けた。背中に食い入るような視線を感じた。振り向くと、コジマという男と目が合った。いやらしい目をしていた。
「何か?」
 アズマがコジマの肩を叩いた。
「行くぞ」
 二人の刑事は店を後にした。

 刑事が帰った後、ミサキは化粧室から電話をかけた。
「ねぇ、リッちゃん、さっきね、お店に刑事が二人来たのよ。で、リッちゃんのこと色々と聞いてった。私、何も話してないけど、どうすればいい?」
「悪いな、心配かけて。その刑事たち何て言ってた?」
「うん、何だかよくわからないけど、オレオレ詐欺の件で調べてるって言ってた」
「俺は詐欺には一切関わっていない。これだけは言っておく。また刑事が来て、嫌な思いをさせるかもしれないが、スマンな。誰かがまた俺をハメようとしているのかもしれない。充分気をつけてはいたんだが」
「誰かって、誰なの?」
「それはまだ言えない。でも、早いうちに手を打つから心配するな」
「私はリッちゃんのこと信じているから全然平気」
「有難うな、ミサキ」
 通話が切れた。ミサキの手が微かに震えた。胸騒ぎがする。これまでに感じたことのないものだ。リュウイチが詐欺事件に関わっていないことは、よくわかっている。けれども、この世界に絶対という言葉は無い。人を信じることがどういうことか、少なからず目の当たりにしてきた。怖かった。リュウイチが犯罪に関わっているか否かなど、この際どうでもよかった。自分自身が人を信じ切れる人間なのかどうか試されているようで、心の底から震えた。
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