第12話

文字数 1,452文字

 今なら、ストーカー規制法で処罰して貰えるのでしょうが、『嫌よ嫌よも好きのうち』なんて言われていた時代です。

 幸い、私の場合は、直接危害を加えられたり、誹謗中傷などの嫌がらせはありませんでしたが、普通に恋愛していたはずが、まさか自分がこんな経験をするとは、夢にも思いませんでした。

 あの異常な執着は、私のほうから去ったという状況も関係していたかも知れません。なぜなら、彼の思考回路には、恋人を所有物のように思い込むようなところが見受けられるからです。

 3代目ぶりの男の子ということで、幼い頃から家族、特に母親や祖母に溺愛され、何でも許されていたことで、自分が一緒に居てやることこそが相手の幸せと思い込むような、愛情に対する認知の歪みが生じたのかも知れません。

 一対一の健全なお付き合いならまだしも、複数の相手を同時だったり、相手が既婚者だとしても意に介さないという倫理観の欠如も、間違った自己肯定感が暴走した結果なのでしょう。

 彼がどれだけモテるのかは知りませんし、不倫妻が合意の上で不倫を続けていたように、同級生や女子行員がその状況を納得しているのなら、彼らだけの世界の中で、自己責任で好きなようにすればいいと思います。

 でも、私はそんな状況、まっぴらごめんです。私にとっての幸せは、彼という存在ではありませんし、彼は私の人生の中で出会った人々の中の一人に過ぎません。

 日常や社会生活の中で、多くのことを経験し体感し、その中でたくさんの人たちと触れ合い、交友を深め、平凡な一人の女性として、ご縁があればどなたかと結婚するでしょうし、なければ一人で生きて行くでしょう。

 そして、その選択権は、私自身にあるのです。




 それから半年後、私は今の夫と出会います。お互いの第一印象から、後々結婚することになるとは想像もしませんでしたが、それはまた、別のお話。



     **********



 夫の50歳のお誕生日のお祝いは、一~二泊程度で、想い出の海に旅行に出かけることにしました。

 マリンスポーツがきっかけで知り合った私たち。年齢的、体力的に、当時のようには行きませんが、海の側のリゾートホテルに問い合わせると、初心者や年配者でも楽しめる施設があるということで、夫に話すと大喜びで賛成してくれました。

 夜は美味しいディナーに高級なワインを傾けるのも、悪くありません。




 一つだけ確信をもって言えるのは、結婚相手が今の夫で良かった、ということ。これまで、いろいろな苦労があったり、困難にぶち当たったりもしましたが、夫と二人三脚で、一歩一歩乗り越えて来たと思います。

 もう間もなく『熟年』といわれる年代に差し掛かる私たち。夫の仕事も軌道に乗り、たまにプチ贅沢が出来る程度の、それなりに安定した生活を手に入れました。

 もし、何も知らずに、あのまま彼と続いていたら、考えただけで意味不明な人生だったでしょう。

 今でもふとした瞬間、彼のことを思い出すことがあります。



 その後、いったいどうしているのか、

 女子行員とは結婚したのか、

 同級生とは続いているのか、

 不倫妻はどうなったのか、

 新たな女性の出現はあるのか、

 相変わらずママを崇拝しているのか、

 今でも銀行に勤めているのか…



 知りたい気もしますし、知りたくもないとも思いますし。

 ただ、いきなり電話がかかって来るのは二度と御免ですから、変な運気を呼び寄せないためにも、そろそろ記憶の中に封印しようかと思います。


~ Happy birthday to you ! ~
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み