第9話
文字数 2,063文字
これで、もう彼から連絡が来ることはないだろうと思ったのですが、それ以来、しばしば無言電話が掛って来るようになりました。
今のように、ナンバーディスプレイも迷惑電話お断りサービスもない時代、とりあえず出ると、無言のままずっとダンマリを決め込まれ、こちらの『もしもし? どなた?』という声を聞いて、切るのです。
留守電にして出ないでいると、何度でもしつこく繰り返し掛けてくるので、電話局に事情を話し、電話番号を変えてもらったのですが、どうやって調べるのか、しばらくするとまた無言電話が始まるのです。
3度ほど番号を変えたのですが、このままでは埒が明かないと思い、受話器を取ったらこちらは何も話さず、そのまま10秒以上無言が続いたら、すぐさま受話器を置く、という方法を実行してみました。
私と同様の被害を受けている方は多いらしく、電話局には、そういう電話を撃退する方法がないか、相手が誰なのか、掛けてきた番号を特定する方法はないのか、という相談がたくさん来ていたそうです。
当時、それが出来たのは警察だけで、それも重大な犯罪の捜査、例えば誘拐の逆探知レベルでもない限り許可されず。そこで、相談に乗ってくださった局員の方から教えて頂いた方法の一つが、それでした。
「相手がその彼だったとすれば、あなたの声を聞きたいんでしょうから、声が聞けなければ、電話の意味は半減するでしょ。掛かってきそうな相手には、予め事情を伝えておけば大丈夫だし。電話が繋がっても、受話器から何の応答もなければ、ちゃんと繋がってるか自分から話しかけて、確認してみるのが普通だから、あなたは相手の声を聴いてから話せば良いし。これ、結構効果があるみたいですよ」
というわけで、局員さんの話を信じ、実行してみることに。
当初は、こちらが喋らない理由が分からないようで、しつこく掛って来たのですが、一週間もすると徐々に回数は減り始め、それでも出ているのが私だと思ってか、週に一度くらい掛かり続けていたのですが、それも半年も過ぎると、ほとんど掛ってこなくなったのです。
これでようやく解放されたと喜んでいたある日のこと、その電話は、あまりにも意外な相手からでした。
こちらが無言で受話器を取ると間もなく、相手のほうから話したのです。
「もしもし…、あの…、松武こうめさん…ですか?」
「はい、そうですが」
「あの、突然のお電話、失礼します。私、花村博美といいまして、あなたが以前お付き合いしていた麻田さんと、同じ銀行の支店で働いていた者です」
正直、どうしてそんな人が私に電話を掛けてくるのか、理解出来ません。
気味が悪いし、このまま電話を切ろうかと思ったのですが、とりあえず、彼女が何を言うために電話をしてきたのか、聞いてみることにしました。
「それで、私に何の御用でしょうか?」
「じつは私、麻田くんより8歳年上で、結婚もしているんですが、彼とはずっと付き合っていて、こうめさんのこともよく聞いていたんです」
「はあ…??? あなた一体、何を言ってるんですか!? 悪戯電話なら…!」
「どうしても、こうめさんに伝えたくて、電話したんです! お願い、切らないで、話を聞いて!」
彼女の口からは、予想をはるかに超えた状況が語られたのでした。
まず、彼女との交際が始まったのは、彼があの支店に就職してすぐ、その時すでに彼女は結婚していたそうです。呆れるのは、彼女のご主人が同じ支店の彼の先輩だということ。
また、同じ頃、地元の同級生の女性とも交際していて、更に二年ほど前から、上司の紹介で別の支店の女子行員と、結婚を前提にお付き合いしているそうなのです。つまり、それらはすべて私との交際期間と重なっていた、ということ。
勿論、私はそんな状況は知りませんし、ご結婚前提の女子行員も何も知らないそうです。逆に、同級生の女の子は私や女子行員のことは知っているそうで、電話の主、花村博美だけは、何もかも彼から聞いていたそうです。
既婚の彼女に関しては、明らかに彼女のほうがリスクは上でしょうから、本音を話せたのでしょう。三人が同じ支店なら、予定を把握するのも容易いこと、ふたりの逢瀬は、先輩が出張の際、夫婦の自宅に泊まっていたのだとか。
一年ほど前、急に私との仲が壊れた理由が彼には分からず、どうしても別れたくないという思いで、いろんなことをしてしまったこと、そして、今でも元に戻りたいと言っていることなどを話しました。
「自分と別れたことで、こうめさんが不幸になってしまったんじゃないかって、そんなの我慢できないって、麻田くん、お酒飲んでは泣くんです。心配して、しょっちゅう電話を掛けて、様子をうかがっては、何とかこうめさんを幸せにしたいって、彼がかわいそうで。こうめさん、今、幸せですか?」
もう、この不倫馬鹿ップル、ミラクル級メルヘンの世界の住人か、です。
少なくともこれで、無言電話の犯人は確定。彼に対しても相当頭にきますが、それ以上に、この不倫女に無性に腹が立って、感情が抑えられません。
今のように、ナンバーディスプレイも迷惑電話お断りサービスもない時代、とりあえず出ると、無言のままずっとダンマリを決め込まれ、こちらの『もしもし? どなた?』という声を聞いて、切るのです。
留守電にして出ないでいると、何度でもしつこく繰り返し掛けてくるので、電話局に事情を話し、電話番号を変えてもらったのですが、どうやって調べるのか、しばらくするとまた無言電話が始まるのです。
3度ほど番号を変えたのですが、このままでは埒が明かないと思い、受話器を取ったらこちらは何も話さず、そのまま10秒以上無言が続いたら、すぐさま受話器を置く、という方法を実行してみました。
私と同様の被害を受けている方は多いらしく、電話局には、そういう電話を撃退する方法がないか、相手が誰なのか、掛けてきた番号を特定する方法はないのか、という相談がたくさん来ていたそうです。
当時、それが出来たのは警察だけで、それも重大な犯罪の捜査、例えば誘拐の逆探知レベルでもない限り許可されず。そこで、相談に乗ってくださった局員の方から教えて頂いた方法の一つが、それでした。
「相手がその彼だったとすれば、あなたの声を聞きたいんでしょうから、声が聞けなければ、電話の意味は半減するでしょ。掛かってきそうな相手には、予め事情を伝えておけば大丈夫だし。電話が繋がっても、受話器から何の応答もなければ、ちゃんと繋がってるか自分から話しかけて、確認してみるのが普通だから、あなたは相手の声を聴いてから話せば良いし。これ、結構効果があるみたいですよ」
というわけで、局員さんの話を信じ、実行してみることに。
当初は、こちらが喋らない理由が分からないようで、しつこく掛って来たのですが、一週間もすると徐々に回数は減り始め、それでも出ているのが私だと思ってか、週に一度くらい掛かり続けていたのですが、それも半年も過ぎると、ほとんど掛ってこなくなったのです。
これでようやく解放されたと喜んでいたある日のこと、その電話は、あまりにも意外な相手からでした。
こちらが無言で受話器を取ると間もなく、相手のほうから話したのです。
「もしもし…、あの…、松武こうめさん…ですか?」
「はい、そうですが」
「あの、突然のお電話、失礼します。私、花村博美といいまして、あなたが以前お付き合いしていた麻田さんと、同じ銀行の支店で働いていた者です」
正直、どうしてそんな人が私に電話を掛けてくるのか、理解出来ません。
気味が悪いし、このまま電話を切ろうかと思ったのですが、とりあえず、彼女が何を言うために電話をしてきたのか、聞いてみることにしました。
「それで、私に何の御用でしょうか?」
「じつは私、麻田くんより8歳年上で、結婚もしているんですが、彼とはずっと付き合っていて、こうめさんのこともよく聞いていたんです」
「はあ…??? あなた一体、何を言ってるんですか!? 悪戯電話なら…!」
「どうしても、こうめさんに伝えたくて、電話したんです! お願い、切らないで、話を聞いて!」
彼女の口からは、予想をはるかに超えた状況が語られたのでした。
まず、彼女との交際が始まったのは、彼があの支店に就職してすぐ、その時すでに彼女は結婚していたそうです。呆れるのは、彼女のご主人が同じ支店の彼の先輩だということ。
また、同じ頃、地元の同級生の女性とも交際していて、更に二年ほど前から、上司の紹介で別の支店の女子行員と、結婚を前提にお付き合いしているそうなのです。つまり、それらはすべて私との交際期間と重なっていた、ということ。
勿論、私はそんな状況は知りませんし、ご結婚前提の女子行員も何も知らないそうです。逆に、同級生の女の子は私や女子行員のことは知っているそうで、電話の主、花村博美だけは、何もかも彼から聞いていたそうです。
既婚の彼女に関しては、明らかに彼女のほうがリスクは上でしょうから、本音を話せたのでしょう。三人が同じ支店なら、予定を把握するのも容易いこと、ふたりの逢瀬は、先輩が出張の際、夫婦の自宅に泊まっていたのだとか。
一年ほど前、急に私との仲が壊れた理由が彼には分からず、どうしても別れたくないという思いで、いろんなことをしてしまったこと、そして、今でも元に戻りたいと言っていることなどを話しました。
「自分と別れたことで、こうめさんが不幸になってしまったんじゃないかって、そんなの我慢できないって、麻田くん、お酒飲んでは泣くんです。心配して、しょっちゅう電話を掛けて、様子をうかがっては、何とかこうめさんを幸せにしたいって、彼がかわいそうで。こうめさん、今、幸せですか?」
もう、この不倫馬鹿ップル、ミラクル級メルヘンの世界の住人か、です。
少なくともこれで、無言電話の犯人は確定。彼に対しても相当頭にきますが、それ以上に、この不倫女に無性に腹が立って、感情が抑えられません。