第10話

文字数 2,301文字

「あなたに、幸せかなんて聞かれる筋合いないんだけど」

「でも、私も麻田くんも、あなたが幸せじゃないと、心配で心配で…!」

「何それ? 旦那さんを裏切って、後輩と不倫してる状況で、自分は幸せだって、本気で思ってるの?」

「私のことはどうでもいいの! 今はあなたのことが…!」

「どうでもいい? なら、その状況を、全部ご主人に話しますか?」

「それは…!!」

「それとも、公認なのかな? 銀行関係者含めて」


 こちらの意外な反撃に、かなり狼狽している様子が伝わって来ます。

 彼女の中では、相手を心配するあまりの厚意と思い込んでいるので、自分のしていることに罪悪感もなければ、こちらの気持ちなどお構いなし、悪意がないだけに質が悪いとはまさにこのこと。


「私が幸せだったら、どうなの? 不幸せだったら、どうするの? 確かに、私は彼と付き合っていたけど、もう一年近くも前に別れた。自分が四又掛けられていたなんて全然知らなかったし、私は誠実に付き合ってきたつもりだから、恥じることは何もないし、今それを知ったからといって、他の人に文句言うつもりもないし、あなたのように、誰かを裏切ってもいなければ、誰かに恨まれる筋合いもない。元彼がどこで何をしてようと、関係ないし、興味もないから」

「じゃあ、もう彼のことは吹っ切れて、今は幸せってことなのね?」

「だから、あなたに答える筋合いはないって言ってるの。あなたは何の権利があって、私にそんなことを聞くの?」

「私はずっとあなたのことを知っていたから、他人事とは思えなくて…」

「私はあなたのことなんて、今の今まで知らなかったし、いきなり近親者的な発言されたって、不愉快なだけです」

「でも、やっぱり心配で…」

「心配してるなら、相手に何を言っても聞いてもいいの? 旦那さん裏切って、共通の知り合いと不倫して、そういう状況に幸せを感じますか? スリルがあって、快感を感じるからやめられないんですか? 密会で、自分にだけに見せる年下の彼の素顔が、愛おしくてたまらない? 私はずっとあなたのことを見てきたから、他人事じゃないから、心配してるのよ、なんて、いきなり見ず知らずの他人に言われたら、答える筋合いないって、思わない? 電話で見ず知らずのおっさんから、下着の色を聞かれるくらい、気持ち悪い。あなたが何をしてようと、今後どうなろうと、全部あなたの自由で、あなたの責任。そこに踏み込む権利があるのは、あなたの旦那さんや家族だけ。それと同じだけ、私も赤の他人に踏み込まれる筋合いはない、それだけ」


 少しの沈黙の後、呟くように彼女が言いました。


「…分かりました。突然変な電話して、ごめんなさい」

「あ、それから一つ聞きたいんですけど、ここの電話番号は、どうして知ったんですか?」

「麻田くんの手帳から、知りましたけど」

「彼は、ここの番号をどうやって?」

「さあ? 私は詳しいことは。それが何か?」

「ここの番号は、無言電話被害で、何度か変更しているんです。公開されていない番号を、どうやって知ったんでしょうね?」

「多分、銀行の住所録か何かで…」

「番号を変えたのは、口座を解約した後ですけど」

「ご、ごめんなさい、私、よく知らないので…!」


 そういうと、凄く焦った様子で、向こうから電話を切りました。

 推測ですが、銀行の調査機関等を使って勝手に調べたのでしょう。今ならコンプライアンス的に大問題ですが、当時でもかなりの問題行動だと思います。

 彼女から電話があった理由は、二つ考えられます。一つは、彼から頼まれたスパイ、もしくはメッセンジャー。もうひとつは、彼のために何とか力になろうとして、勝手に暴走したパターン。

 いずれにしろ、成果は何もなく墓穴を掘っただけという結果ですから、これでもう二度と彼女から連絡が来ることはないでしょう。




 考えてみれば、最初に彼に疑問を抱くきっかけになった居酒屋の板前さん、よく行くお店と言ったわりには、妙に態度がよそよそしかったのは、おそらく、私以外の女性と一緒に訪れていたのだと思います。

 あの板前さんが『付き合うのと結婚は別だから』と言ったのも、初対面の私より、常連の女性のほうが思い入れも強いでしょうから、こちらを牽制してきたと考えれば、納得が行きます。

 同様に、一連の家族の電話対応も、私がどうという次元の問題ではなく、不倫妻は別としても、幼馴染で同級生の女の子なら顔見知りでしょうし、女子行員に至っては、結婚前提のお付き合いですから、当然家族と面識がないはずはなく、必然的に私へのあの塩対応になったのでしょう。


「何も知らなかったとはいえ、しょっちゅう電話とかかけちゃって、考えただけで、自己嫌悪だ~~~!!」


 そう言って、頭を抱え込む私に、顧問相談員梨花さんも、もう呆れたを通り越したという表情で言いました。


「他に女がいる可能性は考えたけど、まさか四又とはねぇ~。しかも、内一人は不倫、それも同じ支店の先輩の奥さんって!」

「結局、予想したことのほとんどが当たってたんだよね」

「でも、あのプレゼントの場所日時限定は、何だったのかしらね?」

「それが分からないんだ。あの日、あの場所には、他の3人はいなかったとか?」

「だったら、もっと良い場所はいくらでもあるでしょうに。やっぱり何も意味はなかったのかもね」

「所詮、私はその程度の存在だったってことですか~」

「あん、もう、こうめちゃん、可哀そ~~。次は変な男に引っかかっちゃ駄目だからね~~」

 そんなふうに茶化してくれる梨花さんの存在が、とても有り難かったです。でも、これで終わりではなく、最後のクライマックスがやって来るのでした。


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