第3話

文字数 2,163文字

 本来、貰う立場であれこれ文句を付ける筋合いではないとは思いますが、アーケードの中にある商店はといえば、


『鮮魚店』
『青果店』
『衣料品店』
『靴店』
『骨董店』
『生花店』
『家具店』
『寝具店』
『文房具店』
『書店』
『レコード店』
『電気店』
『薬局』
『美容院・理容院』
『時計・メガネ店』…


 と、概ね地元の方が、日常的なお買い物に利用する感じのラインナップ。

 衣料品や靴なども、比較的高い年齢層がターゲットで、私に似合いそうなものや、私好みのものも見当たらず、一体どうしろと? という感じです。

 どんなに欲しい物がないと言っても、何でも良いから選べの一点張りで、


「だったら、あなたが選んでくれる? 選んでくれたものなら、何でも良いよ」

「そんなのダメだ! 何でも良いから、好きな物を選べば良いから!」


 もう、正直うんざりして来ました。

 なぜそこまで『今日』『ここ』で『私が選ぶ』ことに拘るのか、理由が分からないし、ここには私の欲しい物はないのですから、要らない(気に入らない)物を選ぶのが、『相手』か『自分』かだけの違いです。

 もっと言えば、その代金さえも共同財布から出すのなら、それに何の意味があるのか全く理解出来ず、せっかくの誕生日だというのに、だんだん気持ちが萎えて来た私。

 もう、このままでは埒があかないと思い、レコード店のクラシックコーナーで、ショパンのCDを選びました。金額、二枚で三千円少々。勿論、お支払いはデート代の中からです。

 夜はお気に入りのイタリアンレストランでディナーの予定で、夕方まで映画を見た後、ふたたび気分を盛り上げて訪れると、店内改装のため、数週間前から休業となっていました。

 こちらは私がリクエストしたお店でしたが、どうやら予約も確認もしていなかったらしく、もうここまで来ると、悲しいとか、怒るとか、そういう次元をすっかり通り越し、会話もなくなってしまいました。

 とはいえせっかくのお誕生日、何も食べないでこのまま帰るのもなんですから、急遽、彼の知り合いがやっているという居酒屋へ行くことになったのです。




 私自身、彼のご家族に会ったことは勿論、友人知人絡みも、ほとんど紹介されたことがなく、そういうお店へ連れて行ってもらうのは、初めてでした。

 お店はまだ新しい感じで、お客さんも比較的若い年齢層の方が多く、私たちはカウンター席に通され、お料理やお酒を頂きました。

 踏んだり蹴ったりの一日だったので、お料理の美味しさに救われた気がしたのですが、彼がトイレに立ったとき、カウンターの中にいた私たちと同年代くらいの板前さんが、不意に話しかけてきたのです。


「あなたは、彼の恋人? 付き合ってるの?」

「あ、はい。あの、彼のお知り合い、ですか?」

「ん、まあね。でもまあ、付き合うのと結婚は別だし…」


 一瞬、意味が分からず、この人は一体何を言ってるのだろうと思いました。

 私たちは交際5年目で、お互い学生時代からのお付き合いですし、交際には特に問題も障害もなく、至って普通のカップルだと思っていましたので。

 正式に婚約こそしてはいませんが、将来結婚しようがしまいが、それは二人の自由であって、少なくとも、初対面の人から唐突に言われる筋合いはありません。

 どんな意図があってそういったのかは知りませんが、明らかに、彼が席を外したタイミングを見計らった様子でもあり、正直、少し不愉快な気分になりましたので、周りにも自然に聞こえる声で、トイレから戻った彼に話しかけました。


「ここのお料理、凄く美味しいわね~。よく来てるの?」

「うん、まあ、そうだね」

「そうなの~。だから、私が一人で待っている間に、あの板さん、気を使って話しかけてくださったのね~」

「え? 何なに? 何を話してたの?」

「他愛のない『別の話』…とか~」

「何それ?」

「さあ~? 直接伺ってみたら?」


 そう言って、私はにっこりほほ笑んだのですが、彼も、板前さんも、言葉を交わすことも、目を合わせることもしないのです。

 知り合いの店という話でしたが、少なくとも、不躾な言葉を発した板前さんと彼は、特に親しい間柄には見えません。

 でも、別の見方をすれば、敢えて余所余所しく振舞っているようにも思え、他の店員さんにしても、私たちがお店に入ってから、オーダー以外、特に何か話しかけることもありません。

 何だか招かれざる客のような、とても居心地が悪い感じがして、それが私たち二人に対してなのか、私一人に対してなのか、あるいは彼とお店の間で、何かトラブル的なことでもあったのかは分かりませんが、小一時間も過ぎた頃には、早くここから立ち去りたくなるような嫌な空気に包まれており、逆に、平気でここに居られる彼の神経が、不思議でした。




 結局、楽しみにしていたイタリアンは食べられず、ケーキは喫茶店で出されたオマケのプチケーキのみ、特に欲しくもないCDを共同財布からプレゼントされ、行きつけの居酒屋で、どっぷりと不愉快な気分にさせられた誕生日。

 それでも、誠心誠意頑張った結果なら、それほど不服に感じることもなかったのでしょうが、準備もなく行き当たりばったりのやっつけ仕事感丸出しに思え、一時間以上もかかる帰りの電車に揺られながら、いつもに増してどっぷりと疲労感に苛まれた、最悪の一日でした。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み