第7話
文字数 2,411文字
我ながら、ここまでの流れだけでも、十分面白ネタの域に達するというもの。当然、こんなお楽しみは、梨花さんと共有するのが、最も正しくも楽しい使い方です。
梨花さんも、予想を上回る展開に驚いていましたが、一つアドバイスとして、私の気持ちが決まっている以上、もう二度と彼には会わないこと、もし、どうしても会わなければいけない時は、絶対に一人(一対一)では会わないように、と言われました。
今と違い、まだストーカーという概念も、規制法もない時代。同様に、多少でもそうした恐怖を体験した彼女からの忠告は、無知で無防備な私を、最大限守ってくれることになるのです。
そして、私たちの想像を超える出来事は、まだまだ続きます。
それから更に2週間が過ぎた木曜日、またまた彼から電話が掛って来ました。
また『別れたつもりはない』と言うかと思いましたが、一応彼としても、別れたという前提にはなっていたようで、
「あのさ、これまで僕がプレゼントした物を、返して欲しいんだけど」
ガールズトークの中で、しばしば出現する『残念な元彼』の上位に見かけるやつです。彼の意図が何なのか、探りを入れてみました。
「で? 何を返せばいいの?」
「僕がこれまであげたアクセサリーとか、バッグとか、消耗品じゃないものだけでいいから」
「分かった、じゃあ、郵便で送っておくから」
「いや、もし途中で無くなるといけないから、ちゃんと会って、手渡しして欲しいんだ」
ああ、そっちに持って行くか、と思いました。そこで、前から用意していた通りに返してみました。
「つまり、今まで私のプレゼントに使った分を、せめて価値のあるものだけでも、返して欲しいってことね?」
「いや、別にそういうわけじゃ…」
「だったら、私もあなたのリクエストで、カメラとか時計とか、色々プレゼントしたから、相殺ってことでいいんじゃない?」
「それも、会ってちゃんと返したいし…」
「そんなの返されても使い道ないし、一度あげた物を返してもらうのも、気分悪いでしょ。いらないなら、捨ててもらっていいから。私がもらった分は返してもらわないと困るっていうなら、誰か信頼できる人に頼んで、自宅まで届けてもらうわ」
金額的には、私からのプレゼントのほうが総額が上でしたし、受け渡しに関しても、特に問題はないということになります。
少し沈黙した後、彼が言いました。
「じゃあ、プレゼントはもういいよ。でも、やっぱり一度会って、ちゃんと話したいんだ」
「私は話すことなんて何もない」
「でも、話せば分かるかも知れないだろう?」
「じゃあ、今話せば?」
「電話じゃなくて、会って話せば、気持ちも変わるかも知れないし」
「変わらないし、もう会うつもりもない」
「じゃあ、せめて最後に会って、ちゃんと別れを言いたいから」
「わざわざ会って別れを言うことに、何か意味があるの? 結婚していないカップルは、別れるときに署名捺印は要らないんだよ」
「それは、そうだけど…」
「じゃあ、さようなら」
そう言って、今度は私のほうから電話を切りました。さすがに、ここまで言われれば、もう連絡してこないでしょう。
その頃、私は実家を出て一人暮らしを始めることになっていましたので、ちょうど良いタイミングでした。
**********
新居に引っ越して、2か月ほど経った頃、突然引っ越し先に彼から電話が掛ってきたのです。
勿論、家族には転居先の住所、電話番号は伝えないように言ってありましたので、なぜ、ここの番号が分かったのか問いただすと、銀行の書類で知ったというのです。
彼が銀行に就職したとき、私は彼の務める支店で口座を作ってもらいました。自宅や勤務先からは遠い場所でしたが、近くに他の支店やATMもあり、自分が行けなくても彼に頼んでおくことが出来ましたので、むしろ便利でした。
社会人になり、お給料の振込もその口座で、定期預金もしていたのです。
私の実家に電話をして、私が家を出たことを知り、彼は銀行の担当者という立場を利用し、住所変更等の書類の手続きが必要だと説明。送られてきた書類を、家族の誰かが気を利かせて、記載・返送したことから、ここの番号を手に入れたのでしょう。
今ほど、個人情報等に関して厳しくない時代ですから、こんなことも起こってしまったのでしょうが、そこまでするかと思うと、もう、気持ち悪いという領域に達していました。
「実は、もうすぐ定期預金が満期になるんだけど、どうするかと思って」
放っておけば、そのまま自動継続になる定期預金です。今までは、一度もそんなこと言ったこともなかったのに。
「そのままで結構ですから」
「それから、来月と、再来月にも、一つずつ満期になるのがあるんだけど…」
「だから何? どうしろって言いたいの?」
「いや、別に、そのままでいいのか、もし解約するのなら、書類とか手続きが必要だから、渡しに行くけれど」
「その時は、書類だけ送ってくれればいいから」
「解約は、直接支店に行かないと駄目なんだよ。でも、必要なら、僕が直接書類を預かれば、手続き出来るから」
そんなところに落とし穴があったとは、盲点でした。
口座の支店は、往復で3時間以上掛る遠方にあるため、会社を休んで行かなければならず、何よりそこへ行けば、必ず彼に会うことになってしまうのです。
しかし、これは早急に何とかしなければならないのも事実。とりあえず、まず出来ることとして、給与振込口座の変更手続きをすることに。定期預金は勿論ですが、出来れば口座ごと解約するのが無難でしょう。
さて、こうした場合、誰に相談しようかと思っていたところ、翌週、学生時代の友人たちと約束していることを思い出しました。
その中に、銀行に就職した真里菜ちゃんがいましたので、彼女なら何か方法を知っているかもと思い、とりあえず、先に連絡を取って事情を説明すると、調べておいてくれるとのことでした。
梨花さんも、予想を上回る展開に驚いていましたが、一つアドバイスとして、私の気持ちが決まっている以上、もう二度と彼には会わないこと、もし、どうしても会わなければいけない時は、絶対に一人(一対一)では会わないように、と言われました。
今と違い、まだストーカーという概念も、規制法もない時代。同様に、多少でもそうした恐怖を体験した彼女からの忠告は、無知で無防備な私を、最大限守ってくれることになるのです。
そして、私たちの想像を超える出来事は、まだまだ続きます。
それから更に2週間が過ぎた木曜日、またまた彼から電話が掛って来ました。
また『別れたつもりはない』と言うかと思いましたが、一応彼としても、別れたという前提にはなっていたようで、
「あのさ、これまで僕がプレゼントした物を、返して欲しいんだけど」
ガールズトークの中で、しばしば出現する『残念な元彼』の上位に見かけるやつです。彼の意図が何なのか、探りを入れてみました。
「で? 何を返せばいいの?」
「僕がこれまであげたアクセサリーとか、バッグとか、消耗品じゃないものだけでいいから」
「分かった、じゃあ、郵便で送っておくから」
「いや、もし途中で無くなるといけないから、ちゃんと会って、手渡しして欲しいんだ」
ああ、そっちに持って行くか、と思いました。そこで、前から用意していた通りに返してみました。
「つまり、今まで私のプレゼントに使った分を、せめて価値のあるものだけでも、返して欲しいってことね?」
「いや、別にそういうわけじゃ…」
「だったら、私もあなたのリクエストで、カメラとか時計とか、色々プレゼントしたから、相殺ってことでいいんじゃない?」
「それも、会ってちゃんと返したいし…」
「そんなの返されても使い道ないし、一度あげた物を返してもらうのも、気分悪いでしょ。いらないなら、捨ててもらっていいから。私がもらった分は返してもらわないと困るっていうなら、誰か信頼できる人に頼んで、自宅まで届けてもらうわ」
金額的には、私からのプレゼントのほうが総額が上でしたし、受け渡しに関しても、特に問題はないということになります。
少し沈黙した後、彼が言いました。
「じゃあ、プレゼントはもういいよ。でも、やっぱり一度会って、ちゃんと話したいんだ」
「私は話すことなんて何もない」
「でも、話せば分かるかも知れないだろう?」
「じゃあ、今話せば?」
「電話じゃなくて、会って話せば、気持ちも変わるかも知れないし」
「変わらないし、もう会うつもりもない」
「じゃあ、せめて最後に会って、ちゃんと別れを言いたいから」
「わざわざ会って別れを言うことに、何か意味があるの? 結婚していないカップルは、別れるときに署名捺印は要らないんだよ」
「それは、そうだけど…」
「じゃあ、さようなら」
そう言って、今度は私のほうから電話を切りました。さすがに、ここまで言われれば、もう連絡してこないでしょう。
その頃、私は実家を出て一人暮らしを始めることになっていましたので、ちょうど良いタイミングでした。
**********
新居に引っ越して、2か月ほど経った頃、突然引っ越し先に彼から電話が掛ってきたのです。
勿論、家族には転居先の住所、電話番号は伝えないように言ってありましたので、なぜ、ここの番号が分かったのか問いただすと、銀行の書類で知ったというのです。
彼が銀行に就職したとき、私は彼の務める支店で口座を作ってもらいました。自宅や勤務先からは遠い場所でしたが、近くに他の支店やATMもあり、自分が行けなくても彼に頼んでおくことが出来ましたので、むしろ便利でした。
社会人になり、お給料の振込もその口座で、定期預金もしていたのです。
私の実家に電話をして、私が家を出たことを知り、彼は銀行の担当者という立場を利用し、住所変更等の書類の手続きが必要だと説明。送られてきた書類を、家族の誰かが気を利かせて、記載・返送したことから、ここの番号を手に入れたのでしょう。
今ほど、個人情報等に関して厳しくない時代ですから、こんなことも起こってしまったのでしょうが、そこまでするかと思うと、もう、気持ち悪いという領域に達していました。
「実は、もうすぐ定期預金が満期になるんだけど、どうするかと思って」
放っておけば、そのまま自動継続になる定期預金です。今までは、一度もそんなこと言ったこともなかったのに。
「そのままで結構ですから」
「それから、来月と、再来月にも、一つずつ満期になるのがあるんだけど…」
「だから何? どうしろって言いたいの?」
「いや、別に、そのままでいいのか、もし解約するのなら、書類とか手続きが必要だから、渡しに行くけれど」
「その時は、書類だけ送ってくれればいいから」
「解約は、直接支店に行かないと駄目なんだよ。でも、必要なら、僕が直接書類を預かれば、手続き出来るから」
そんなところに落とし穴があったとは、盲点でした。
口座の支店は、往復で3時間以上掛る遠方にあるため、会社を休んで行かなければならず、何よりそこへ行けば、必ず彼に会うことになってしまうのです。
しかし、これは早急に何とかしなければならないのも事実。とりあえず、まず出来ることとして、給与振込口座の変更手続きをすることに。定期預金は勿論ですが、出来れば口座ごと解約するのが無難でしょう。
さて、こうした場合、誰に相談しようかと思っていたところ、翌週、学生時代の友人たちと約束していることを思い出しました。
その中に、銀行に就職した真里菜ちゃんがいましたので、彼女なら何か方法を知っているかもと思い、とりあえず、先に連絡を取って事情を説明すると、調べておいてくれるとのことでした。