第4話

文字数 2,010文字

 それ以来、彼に対しての不信感や疑問、なにか納得の行かない感じがむくむくと頭をもたげ、今までずっと棚上げにしていたことも含め、一度じっくり考えてみることにしました。

 そこで頼りになるのは、普段から色々と相談に乗って貰っている梨花さんです。彼女は、同じ会社の一つ上の先輩で、受付をしていました。

 部署は違いましたが、業務連絡等で関わることが多く、社内のイベントで話す機会があり、そこで好みや趣味などが近いことを知ってから仲良くなり、お互いのプライベートな部分まで話せる関係になりました。

 受付といえば会社の顔、頭脳明晰で、人当たりも良く、凄く容姿端麗な梨花さんですが、実は彼女には、過去に辛い恋から脱却した経験がありました。恋人というのが、借金は作るは、それを梨花さんに支払わせるは、浮気はするは、他の女性との間に…。




 彼女が、当時付き合っていた彼氏の実態を打ち明けたのは、私だけだったそうです。お互い、恋人の話をするようになり、自分と私が似ていると感じていたと、後になって聞きました。

 彼氏がいることは公言出来ても、そういう人であることまでは、あまり他人様に言えるものではありません。

 最終的に、彼が他の女性との間に出来た子供を堕胎するから、その費用を梨花さんに出して欲しいと言ってきた、と彼女から相談を受けた時、私は梨花さんから絶交される覚悟で言いました。


「今、お金でそれを解決したとして、また同じことを繰り返したらどうするの?」

「それは…」

「そのとき、梨花さん結婚してて、子供も生まれてたとして、もし、お金を払えなかったら、どうなるんだろう? 彼は、梨花さんと子供と、愛人とその子供まで、養うのかな? 堕胎費用さえ払えない人に、そんな甲斐性あるのかな? 旦那さんと子供と、旦那さんの愛人とその子供の分まで、梨花さんが働いて養うなんてことになったら、おかしいよ、そんなの!」


 多分、男性でも女性でもそうだと思いますが、別れを決意する際に、今まで費やしてきた『時間』と『お金』は、相当なウェイトを占めると思うのです。

 梨花さんの場合、彼とのお付き合いが始まったのは、高校3年生の時。時間だけでも足掛け7年以上は経っているわけですし、その上、百万円単位での借金の肩代わりを何度したことか。

 おまけに、デート代からガソリン代、その他諸々に至るまで、学生時代のアルバイト代や社会人になってからの収入の多くを、彼に費やしてしまっている状態でした。

 冷静に考えれば、さっさと見切りをつけたほうが良いことくらい分かりそうなものですが、そういう人間に限って、詐欺師かと思うくらい納得させ上手だったりします。

 例えば、百万円の借金が出来た理由について、


「梨花にプレゼントしようと思って、指輪を買ったんだ」

「指輪って、いくらしたの?」

「百万円だよ」

「どうして、そんな高い物を買ったのよ!?」

「だって君へのエンゲージリングだから、安物なんか渡せないでしょ?」


 恋人からそんなことを言われたら、女性はハート鷲掴みです。そして、間髪いれずこう続けるのです。


「でね、今月支払いがちょっと厳しくって、貸して貰えないかな? 勿論、ちゃんと返すし、いずれは梨花のものになるんだし、何とかお願い出来ないかな…?」


 そうやって彼女からお金を借りて、返したことは一度もなし。その後も毎月の返済は梨花さん持ちで、当の『エンゲージリング』とやらの実物も、一度も見せてもらったことはないそうです。

 他にも『君を乗せるための車(高級車)のローン』やら、『将来の資金(結婚式? マイホーム?)のための積立金』やら、よくそんなに思いつくものだと感心するほど。

 但し、高級車も積立金の明細もその他諸々も、指輪同様、実物・実態の提示がないことが、すべてを物語っていました。




 女性の妊娠が、真実か嘘かは定かではありません。でも、今回ばかりは、これまでとは言い訳の質が違い過ぎます。

 事実なら言語道断、嘘だとしたら、絶対許されるものではありません。なぜなら、要求しているものはいつも通り金銭であっても、その代償が『人の身体』『人の生命』だからです。

 何より、愛する人に対して、最低の裏切り行為に他なりません。

 さすがに、今回ばかりは梨花さんも堪忍袋の緒が切れたようでしたが、それでも、彼に引導を渡すには、かなり葛藤があったのも事実でした。

 私に何が出来るわけでもありませんが、出来る限り梨花さんと一緒に過ごし、たくさん彼女の話を聞き、時に一緒に泣き、事情を知らないお友達をたくさん集めて、大いに食べたり飲んだりし、彼女が淋しくないように、少しでも早く忘れられるように、と。

 元々がとても美人で、性格も良いときていましたので、新しい恋人が出来るまでにそう時間は掛りませんでした。彼女から新しい恋人を紹介されたとき、優しそうな彼の人柄を知り、本当に、本当に、心からホッとしました。

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