第2話

文字数 2,196文字

 彼が社会人になり、実家から通勤することになりましたので、お互いの家が片道一時間以上の、いわゆる『中距離恋愛』になった私たち。

 デートはもっぱら週末で、クリスマスやお誕生日などの特別な日でも、平日に仕事が終わってから会うには時間的に無理があり、前後の週末に日を改めてするのが暗黙の了解になっていました。

 とはいっても、お食事をして、ケーキを食べて、プレゼントを交換する程度。それでも、自分は恋人とそういう時間を過ごしているという現実に、小さな幸福感や満足感を得ていた気がします。

 たまたま、その年のクリスマスイブが金曜日という、恋人たちにはラッキーな年があり、当然私は彼と一緒にクリスマスを過ごせると楽しみにしていたのですが、その日は仕事が立て込むからと、フラれてしまいました。

 ショックでしたが、お仕事ということなら仕方ありません。まだクリスマスムードも盛り上がらない前の週に、お食事をし、ケーキを食べ、プレゼントを交換。

 物理的に平日は会い難いという状況だったのは確かですが、よく考えてみれば、そうしたイベント的なものをその当日にやったことは、ほとんどなかった気がします。

 中途半端に距離があるだけに、不満と諦めが半分半分でしたが、私自身、当時はそういうものだと思い込んでいたのも事実でした。




 その翌年の私の誕生日は日曜日で、珍しく当日デートが適ったのでした。

 前日に彼から電話で『忘れずに免許証を持って来て』と言われ、待ち合わせの喫茶店に入るとすぐ、オーダーを取りに来た店員さんに、免許証を提示するように彼に言われたのです。

 しばらくして、注文した飲み物と一緒に小さなケーキが運ばれて来て、彼が言いました。


「お誕生日おめでとう」


 きょとんとしている私に、店員さんも、


「おめでとうございます。お誕生日のお客様には、当店より、ささやかなケーキのプレゼントをさせて頂いております」


と、説明。

 小さなカップケーキには、メッセージもキャンドルもなく、バースデーケーキというには、あまりにも小さくシンプルでしたが、こういうサプライズは嫌いではありませんし、これはこれで、お誕生日を祝ってくれる演出の一つなのだろうと。

 でも、これが人生の中でも、最悪な誕生日の幕開けになることや、やがてそれに絡んで、色々と衝撃の事実を知ることになろうとは、夢にも思いませんでした。




 喫茶店を出て、次に連れて行かれたのは、アーケードモールでした。そして、彼はこう言いました。


「プレゼントなんだけど、何でも好きな物を、この中から選んで」

「この中からって、この商店街の中から、ってこと?」

「うん。欲しい物なら、何でも買ってあげるから、選んで。金額も、気にしなくて良いよ。足りなかったら、僕が出すから」


 そう言って、二人のデート代が入ったお財布を渡されたのです。


 ちょっと、頭の中がプチパニックになった私。


 お財布の中身の半分は、私が出しているお金です。そこからプレゼント代を出す? 少なくとも私は、彼へのプレゼントは全額自費で支払っていましたし、彼に会うための往復の交通費等も、自分で負担していました。

 お財布の管理は彼がしていたので分かりませんが、彼はそうした類の費用もずっとデート代から出していたのでしょうか? それとも今回は、何か特別な意図があってのことなのでしょうか?

 色んな疑問が渦巻きましたが、人間とは不思議なもので、普段から特に疑っていない相手に対しては、好意的な方向への解釈を展開するようです。

 あるいは、これも風変りな演出の一つなのかも、と気持ちを切り替え、とりあえず言われた通り、ゆっくりとアーケード内を歩きながら、品物を物色することに。

 ですが、そこは3分の1はシャッターが閉まっている、いわゆる地方の寂れた商店街。色々見て回ったものの、これといって欲しい物も見当たらず、


「ごめん、ちょっとこの中には欲しい物が見つからないわ。それに、バースデープレゼントは自分で選ぶよりも、選んでもらったほうが、私は嬉しいな」

「忙しくて、選んでる暇なんかなかったし、気に入らないものを貰うより、自分が欲しい物を貰ったほうが良いじゃない?」

「そうだけど、急に言われてもすぐに選べないし、先に聞いていたら何にするか考えておけたんだけど…。今度会うときまでに決めておく、っていうのはどうかな?」

「いや、今日選んでよ。何でも良いからさ」

「でも、本当にここには欲しい物がないから…」

「駄目だ! ここで選んでくれないと!」


 何だかもう、わけが分からないという感じです。




 確かに彼が言う通り、気に入らない物を貰うくらいなら、欲しい物を買ってもらったほうが合理的だし、実用的だとは思います。

 ですが、バースデープレゼント、それも恋人からの贈り物です。

 恋人に拘らず、プレゼントの醍醐味は中身もさることながら、それを贈る人があれこれ悩んだり、喜ぶ顔を思い浮かべたり、自分のために時間を割き、自分のことを考えてくれた経緯まで含めて、受け取る側には、喜びや愛情などの付加価値が付くのではないのでしょうか。

 少なくとも、私はそう思って、ずっとそうして来ました。

 もし、本当に買いに行く時間がなかったとしても、何にしようか考える時間すらもなかったとは思えませんし、本人にチョイスさせるにしても、もうちょっと場所を選んでもよさそうな気がします。

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