第6話

文字数 2,858文字

「もう、なんとかして!」
 老人に泣き付く美佐。彼女は失敗の連続で心が折れそうになっていた。
「それは困ったのお」老人はまるで人ごとのようにつぶやく。「じゃが、手がないわけでもない」
「えっ?」救いを求めるように顔を見上げた。
「盗聴リングは他にも使い道があるじゃろ?」
 そういわれて頭をひねってみる。そこで美佐はピンときた。電話を使った犯罪は、何も振り込め詐欺だけではない。
「分かったわ!」
 パチンと指を鳴らし、美佐は笑顔になった。
 思いついたアイデアを打ち明けると、老人は満足そうにうなずく。
「でも、今のジャスティスレディには無理かも。だって……」
 自分で話しておきながら、美佐は諦めのため息をついた。だが、老人には考えがあるようで――。
「わかっておる。そんなこともあろうかと、ちゃんと用意しておる」
 老人はカウンターの中から、一枚の赤い布を取り出した。
「これよこれ! これで完璧だわ!」
 それを受け取ると、美佐は足取り軽く松極堂を後にした……。

 それから二週間後。美佐はついに見つけることができた。いや、電話を盗聴したのだから正確には聞きつけるといったほうが正しいのかもしれない。
 内容は次の通りだ。
『……五千万は用意できたか?』
『ああ、何とかそろえた。娘は無事なんだろうな?』
『安心しな。元気にしてるよ……今のところはな』
『声を聞かせてくれ、頼む! じゃないと、この取引は……』
『待ってな』
 一分後。
『パパ!』
『るり! 怪我はないか?』
『大丈夫よ。心配しないで』
『今どこに……』
『おっと、これ以上はご法度だ』
『身代金はどこに持っていけばいい?』
『今日の正午、龍田是岳(たつたこれだけ)の尼義(あまぎ)公園まで来い。あと一時間しかないから、せいぜい頑張りたまえ。それと警察には……』
『わかっている。お前の指示通り一切伝えていない。知っているのは私と妻だけだ』
『もし、一分でも遅れたら、わかってるな?』
『ああ、もちんだとも。なあ、もう一度娘の……』
 ツーツーツー。
 ……と言うワケで、現在美佐は龍田是岳の尼義公園にいた。正確には公園から二百メートルほど離れた煙草屋の裏手にである。周りは森林に囲まれ、照り付ける太陽が肌を焼いた。
 双眼鏡を覗き見ると、案の定、園内外のいたるところに、目つきの鋭い男たちがうろついていた。おそらく私服警官に間違いない。公園の中央には、中年の男性がアタッシュケースを持ちながら、落ち着かないそぶりで腕時計を何度もかざしている。
 美佐も自分の腕時計に目を落とすと、正午まであと二分に迫っていた。

 やがて正午になったが、誘拐犯らしき人物は現れない。
 だが、一分も経たないうちに、バリバリというモーター音が聞こえた。すると大型のドローンが現れ、中年男性の前に着陸を果たす。
 手汗にまみれ、固唾をのみながら様子をうかがっていると、男はドローンにケースを括り付け、その場を少し離れた。
 やがてドローンが飛び立つと、公園は騒然となった。
 ――よし、思った通りだわ。
 美佐はこうなることを予測していた。素早くコートを脱ぎ去り、アイマスクを装着すると、老人から購入したマントを羽織る。これで空が飛べるようになるのだ。クレジットとはいえ、四十万円もしたのだから、今回ばかりはしくじるわけにはいかなかった。
 ドローンを追い、ジャスティスレディは勢いよく地面を蹴り上げると、颯爽と飛び立った。地上からは美佐に驚く騒めきの声が聞こえる。
 やがて爆音が鳴り響くと、後方からヘリが飛んできた。おそらく警察もドローンが来るのを想定していたに違いない。
 当然、不信がられているだろうが、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
 ヘリは距離を取りながら、森林の上を走り飛ぶドローンを懸命に追っている。美佐もその後をついていった。
 しかし、犯人の方が一枚上手(うわて)だった。ドローンは高度を落とすと、森の中に沈んでいく。こうなるとヘリでの追跡は不可能だった。
 だが、ジャスティスレディに不可能はない。ドローンを追いかけて木々の間に潜り込む。やがてドローンを視界にとらえると、そのまま追跡を続けた。
 しかし、暗い森の中を飛ぶには危険が伴う。一応、飛行の練習は行ってはいたが、木々の間を飛び回るなんて事態は想定しておらず、何度もぶつかりそうになった。
 だが、しばらくするとドローンは森を抜けた。美佐も逃がすまいと森から飛び出した。太陽の光をまともに浴びて目が眩み、一瞬だけ顔をそむけてしまい、その間にドローンを見失ってしまった。
「ヤバいわ。このまま発見できなかったらどうしよう……」
 美佐は慌てて周囲を飛び回る。だがどこにも見当たらなかった。
 諦めて引き返そうとしたところで、微かにモーター音が耳に入る。この音を頼りに飛んでいくと、ようやくドローンを見つけることができた。
 ほっとしたのも束の間、今度は見失わないように後を追う。だが、さっきよりも動きが微妙にぎこちなく思えた。もしかすると、犯人も操縦に疲れてきたのかもしれない。それでも見失いそうになったが、やがてドローンは田園に出た。
 高度を下げながら、慎重に行方を追っていく。
 しばらく飛行を続けていると、ドローンはとある民家の庭に降りた。
 少し離れた自動販売機の横に降り立ち、後ろに身を隠す。
 やがて民家から男が現れると、ドローンに近づき、それを持ち上げた。
 確実な証拠を目撃した美佐は、男の前に颯爽と姿を見せた。
「そこまでよ! このジャスティスレディが現れたからには、もう逃げられないわ。誘拐した娘さんはどこなの? 怪我をしたくなければ正直に言いなさい!」
 だが、男は何のことだかさっぱり分からない様子で、口をぽかんと開けている。
「誰が誘拐犯だって? 俺が何をしたってんだ!? 冗談も休み休み言え!」
「しらばっくれたっても無駄よ。そのドローンが何よりの証拠。さっさと……」
 そこで美佐は気が付いた。ドローンの色がわずかに違う。現場に現れたのはブラックだったが、青年の手にしているのは、明らかに紺色だ。それに形も微妙に違っていた。何よりアタッシュケースがない。
 つまり、森の外で見失った時に見つけたこのドローンは、誘拐犯の物ではなかったのだ。
「僕はドローンの練習をしていただけだ! それの何が悪い。ちゃんと役場に許可も取っているし、誘拐犯呼ばわりされる覚えはこれっぽっちもないね、このヘンタイオバサン!!」
「……あはっ。あははっ、あはははははーっ」
 笑ってごまかしながら頭をかくと、美佐は空の彼方まで舞い上がった……。

 翌日の新聞によれば、誘拐犯は、一つ隣の町で確保されていた。 どうやらアタッシュケースに発信機が仕込まれていたらしく、そのおかげで逮捕に結びついたようだ。写真も公開されていたが、やはり昨日の男ではなかった……。
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