第3話

文字数 2,218文字

「どうしたのその恰好。見たことがないけど、一体何のキャラ?」
 予想通り、チビユニの素っ頓狂な声が上がった。セルフィーも口を開けたまま、声を発せずにいた。
「……うん。これはジャスティスレディといってオリジナルのキャラなの。ちょっと冒険しちゃった」
「ちょっとどころじゃないわよ、ずいぶん攻めたわね」
 二人が驚くのも無理はない。八十年代のスーパーガールのような衣装で、そのくせ、もろにサイズがキツキツなので、正義のヒロインというよりも、まるでアダルトビデオの女優を思わせる卑猥な格好だった。見たことないけど。
 さすがに照れ臭かったので、ブースに戻る前にコスプレグッズを販売しているブースを訪れ、赤色のアイマスクを購入していた。上流階級のマダムたちが、仮面舞踏会でつけていそうなデザインだが、素材がプラスチックなので、目元に若干の窮屈さを感じる。
 備え付けの鏡を見てみると、意外と決まっていて、感触は悪くない。むしろよりセクシーに映った。
 顔はまあまあな自信があったが、体形はそれ以上であり、特にバストの大きさに至っては二人を凌駕している。
 三人はメイクを済ませると、ブースに座りながら客を待ちわびた。会場の隅ということもあり、例年よりは客足は鈍く、同人誌の売れ行きも芳しいものではなかった。
 だが、それも三十分も経たないうちに解消される。
 カメラ小僧たちが三人を撮影しまくっているのだ。
 一番人気はセルフィーのセフィロスだったが、それでも美佐のジャスティスレディーも負けてはいない。それどころかチビユニ扮する涼宮ハルヒも意外と好評だった。
 最も夏コミでは、誰もがヒロインであり、カメラ小僧たちもコスプレイヤーなら誰でも良いのである。
 それを分かった上でも最高の気分だった。普段は地味で大人しい性格の美佐は、フラッシュを浴びる快感に酔いしれる。たとえパンチラ目当てであったとしても、アイマスクで顔を隠していたとしても、極上のひと時を味わうことができた。
 自慢の衣装が着られなかったのは残念だが、それでもコスプレができただけで満足だった。
 テンション爆上がりのまま閉場時間が迫り、客足もまばらになっていく。同人誌も完売し、美佐たちは後片付けに入ろうとしていた。
 程よい疲れが心地よく、てきぱきと荷物を整理していく。
 美佐がテーブルをたたもうとした、その時だった。
「権助! 危ない!!」チビユニが叫び声をあげた。
「えっ!?」
 驚いて振り向くと、会場内に設置されているポールが、美佐に向かって倒れてきていた。
 避けようにも足がすくみ、頭を押さえながら屈みこむのが精いっぱい。美佐は衝突を覚悟した。
 ドゴン!! バタ!!
 激しい騒音と共にポールが横たわる。途端にセルフィーやスタッフたちが駆け寄ってきた。
「大丈夫? 権助さん」
 美佐は何ともなかった。確かに衝撃を感じたが、痛みはまったくなく、拍子抜けするくらいだった。何トンもの重さがありそうなポールだが、意外と軽いのかもしれない。
 しかし、そうではなかった。
 ポールの下にはテーブルや椅子が変形しながら下敷きとなっている。これをまともに受けたのだから、怪我をしてもおかしくはなかった。
 もしかしたら打ちどころが悪すぎて、痛覚が鈍くなっているかもしれないとの考えが頭をかすめる。
 だが、それにしてはまったく痛みの感覚がないのはおかしい。頭や背中にも怪我一つ負っていなかった。
 念のため救護室に連れていかれ、待機していた医者に診断を仰ぐ。美佐としては何ともなかったが、チビユニやセルフィーだけではなく、多くのスタッフが心配の声を上げるものだから、仕方がなく受診したのだった。

 結果は良好。全く問題はなかった。
 それでも心配する二人を残し、美佐はそそくさと着替えを済ませると、そのまま帰宅の途についた……。

 部屋に入るなりベッドに寝転がると、美佐は今日の出来事を振り返ってみた。
 用意していたコスプレ衣装の消失のこと。代わりに入っていたジャスティスレディの扮装をしたこと。そしてカメラ小僧たちからのフラッシュの嵐。完売した同人誌……。
 だが、やはり一番気になったのは、あれだけ巨大なポールが直撃したにも関わらず、怪我ひとつ負わなかったことだ。
 考えられるのは一つしかない。ジャスティススーツだ。
 きっとあのスーツには不思議な力があって、ポールから身を守ってくれたに違いない。荒唐無稽だが、他に説明のしようがなかった。
 ガバッと起き上がると、美佐は事実を確かめるべく、バッグから例のスーツを取り出した。一日中着用していたので少し汗臭いが、それでもファブリーズをかけて、もう一回着てみることにした。
 そして目についたレディースコミックを本棚から一冊だけ抜き取り、コツンと頭にぶつけてみる。
 予想通り当たった感触はあったが、痛みはなかった。
 今度はさらに勢いをつけながら、同じことを繰り返すも結果は同じ。
 やがて本の方がボロボロになって、表紙が取れかけていた。
 続いてファッション雑誌のバックナンバーを手に取った。何年も前の物で、いつかは処分しようと思っていたのだ。それを両手で構えると、ほとんど力を加えるまでもなく、二つに切り裂くことができた。
「これって……」
 本当にヒロインになれるスーツだった。正義かどうかは疑問であるが。
 スーツを脱ぎ捨てると紙袋にしまい込み、今後どうするか思案しながら眠りについた……。
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