第8話

文字数 3,394文字

 その日の夜。美佐は松極堂にて作戦会議を行った。
「……どうして反対するの? せっかく奴らのアジトが分かったのよ。ジャスティスレディが乗り込んで、一網打尽にすればいいだけの話じゃない!」
 美佐はいつになく強気な態度で声を張り上げた。
「そこにボスがいなかったらどうする? せっかく奴らを懲らしめても、組織を壊滅しなければ意味がないじゃろ。それにジャスティススーツだって万能じゃない。お主一人では危険すぎる」
 ではどうすればと問いただすと、老人は勿体つけるように間を開けて、ようやく唇を動かした。
「親玉を引っ張り出すように綿密な計画を立てねばならん。それにもう一人必要じゃ。二人で乗り込めば何とかなるじゃろう」
 老人の言葉は的を射ていた。確かに闇雲に突っ走っては失敗するかもしれない。これまで失態続きだったのも、ずさんな作戦ばかりで、計画性が皆無だったのが原因と思われた。今度ばかりは無闇やたらに挑むべきではない。
「……そうするわ」
 この時ばかりは素直に従う美佐であった。
 だが、パートナーなんてそうそう見つかるものではない。知り合いに声をかけても良かったが、そうは問屋が卸さなかった。
 知り合いと言えば、コミケ仲間のチビユニとセルフィーが浮かぶが、彼女たちはネット上での付き合いしかない。プライベートでの接触はなく、本名さえも知らない。友達と言えるかは微妙な関係だった。
 親友と言えは絵理しかいないが、彼女だけは絶対に誘いたくなかった。

 翌日。このところ休みがちになっていた会社に辞表を出して、その足で街に出向き、パートナー候補を探す。
 パートナーといっても、何を基準に声をかければいいのか、とんと見当がつかなかった。
 ――やっぱり、体力がありそうな人が良いわよね。それにできるだけルックスが良い子でないと……。
 昨日、老人とたてた計画というのは、奴らのアジトに潜入捜査するというものだった。そのためには、できるだけルックスが良く、しかも年の若い女性をスカウトしなくてはならない。もちろんカチューシャを使うつもりだが、美人に越したことは無い。
 だが、そうやすやすと希望通りの人は見つからない。たまに理想の女性を見つけては声をかけてみるが、ことごとく断られた。
 美佐はナンパしようとして玉砕する男性の気持ちが、少しだけ分かった……ような気がした。
 
 そこで美佐は作戦を変え、フィットネスクラブにターゲットを絞ることにした。そこならば、ルックスはともかく、若くて体格の良い女性が見つかるだろうと踏んだのだ。
 美佐は無料体験を申し込むと、トレーナーに連れられ、ジムに入る。彼女の予想通り、メタボ男性に交じって、筋肉自慢の女性たちが汗を流していた。
 美佐は説明を受けながら、女性たちを見定めていった。意外と高齢の利用者が多く、美人どころか、若者の姿は思いのほか少ない。
 その中でもランニングマシーンで走り込んでいる、顔立ちの整ったポニーテールの女性に目が留まった。クリりとした愛らしい瞳に、小麦粉のような白い肌。美佐ほどではないが、プロポーションも悪くなく、年齢も二十歳そこそこに思えた。
 トレーナーには「あとは一人で大丈夫です」と断りを入れ、ポニーテールに声をかける。
「……すみません。お隣りよろしいですか?」
 ポニーテールはどうぞとばかりに頷くと、美佐は失礼しますと言いながらマシンに乗った。
「こちらは長いんですか?」美佐は駆け足をしながら、それとなく尋ねてみた。
「もうすぐ二年半になるわ。最初はダイエット目的だったけど、すっかりハマってしまっちゃって」
「他にスポーツとか、されているんですか?」
「ボクシングなら経験あるわ」
 ボクシング! これは心強い。
「その体つきだと結構強いんでしょう? 羨ましいわ」
「大したことはありません。たかが、アジア大会で銅メダルを貰っただけよ。それもたった一度だけね」
 たった一度とはいえ、アジアで三位を獲得したとは! これは願ってもないチャンスだ。
 しかし、すでに足がもつれだし、会話が続きそうもなかった。今はスーツを着ていないので、力が出ないのだ。
「もっと話がしたいから、この後お茶でもどうかしら?」
 かなり強引な誘い方だったが、それでもポニーテールは振り向いてくれた……。

 二時間後。美佐とポニーテールはフィットネスクラブの近所にあるファミレスで、遅めのランチを取っていた。
 ポニーテールは有希(ゆき)という名で、かつては専業主婦だったが、三年前に離婚して、今はパートに通いながら、元夫の仕送りで生活しているという。三歳の息子がいて、いわゆるシングルマザーという身分だった。てっきり年下だとばかり思っていたが、実際は美佐より二歳年上だった。
「……ボクシングを辞めたのもそのせいなの。息子に……友也(ともや)っていうんだけど、友也にさみしい思いをさせたくなくてね」
 有希は辛そうな思い出を、まるで他人事のように淡々と語る。だが、徐々に瞳が潤んでいくのを美佐は見逃さなかった。
 同情しながらも、美佐は慎重に人身売買の組織について切り出した。
 断られるかとも思ったが、意外と興味を持たれ、有希は即断で了承してくれた。
「報酬は出せないけど、これも正義のためよ。二人で頑張りましょう!」
「OK,任せて! 久しぶりに腕が鳴るわ!!}
 ここにジャスティスレディ二号が誕生した……。
 
「ほれ! これが最後の装備じゃ」
 老人は黄金色のブレスレッドを出した。形も平凡で、どこにでもありそうなデザインだったが、小さなボタンが一つ付いているのが見て取れた。
「これは?」
 話によると、このブレスレッドにはジャスティススーツを収納することができ、ボタン一つで変身できるらしい。まるで特撮ドラマのような装備である。
「これはおいくら?」
 すると老人は百万円と答えた。しかも二つ必要なので、合計で二百万だ。幸いなことに(?)、もう一着のジャスティススーツは、ブレスレットのオマケとして無料だった。
「心配するな。奴らはきっと大金をため込んでおるに違いない。二百万なんて安い物じゃ」
 その情報にどこまで信憑性があるのかは懐疑的だったが、今回の作戦には必要不可欠な装備のため、拒否することができなかった……。
 
 一週間後。
 作戦を練り上げた美佐と有希は、馬家留鹿区の駅を降りて、組織のアジトに向かう。
 ジェーンの情報が正しければ、西奥戸にあるコンビニが入ったグリーンクロッチというビルの三階のはずだ。
 二人はグリーンクロッチを見つけると、ビルの前で待機した。ここで待ち伏せする作戦である。まだ午前中だというのに、照り付ける太陽が肌を焼く。
 二人は電信柱の影に身を潜めたが、それでも暑さはほとんど変わらず、吹き出す汗が止まらない。
 美佐はたまらず近くの自動販売機で麦茶を二つ購入し、一つを有希に渡すと、水分を補給しながら入り口を見つめ続けた。
 しばらくすると、いかつい顔をした黒いスーツの、如何にもそれっぽい男がビルから出てきた。慎重に周りを見回すと、歩道を北に進んでいく。
 二人は後を追うと、黒スーツの男はショッピングモールに入った。しばらく雑貨屋をうろついたかと思うと、千円カットの理髪店の扉を開けた。
 十分ほどで出てくると、黒スーツはおもむろにハンバーガーショップの敷居をまたいだ。
 さりげなく後に続くと、男の視線に入るテーブル席に座り、カチューシャをはめる。頃合いを見計らいながら、わざと大きめの声で会話を始めた。
「……だって二時間も並んだのに、直前でソールドアウトだって。ヤバくない? もうあんな店にはいかないわよ。絶対!」
 そんな経験など一度もなかったが、美佐は適当に話を作った。
「あるあるぅ。私も六本木のパンケーキショップなんだけど、サイトがバズっていたから行ってみたけど、ゲロマズだったわ!」
 有希も負けじとギャルを演じた。
 すると思った通り、男が食いついてきた。
「……お二人さん、今ちょっといいかな?」
 それ来た。美佐は身構えると、男の顔を上目遣いに見つめる。
「なんでしょうか?」
「キミたち、株に興味ない?」
 ――お前じゃねえよ!
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