第10話 完結

文字数 2,373文字

「二人とも、良い躰してんじゃねえか。まさかこんな上物が転がり込んでくるとはな!」
 橋本は有希の躰を嘗め回すように見定めると、おもむろにマスクを外す。
「イヤっ!」有希は顔をのけぞらせ、震える声を出した。
「ほほう、さっきの小娘か。たしかゆきえとか言ったな。見上げた度胸だ。可愛い顔して舐めた真似をしてくれたもんだぜ」そこで有希の頬をはたく。パチンと乾いた音がすると、「……まあいい。せっかっくだから、商品として問題ないかチェックさせてもらうぜ」
 顔をニヤリと歪め、橋本は舌なめずりをしながら、有希の胸や腰をスーツの上から撫でまわし始めた。
「いやあ! 止めて、お願いだから!」有希は泣き交じりの悲鳴を上げるが、橋本の手は止まらない。
 彼は一通り満足したのか、男どもに合図を出すと、有希は鎖をはめられたまま、宙づりから降ろされた。
 それから女性たちのいた奥の扉に入ると、バタンと扉が閉まった。
「次はお前の番だ!」
 橋本は美佐の前に立つと、いやらしい視線を向けた。
「ダメ! 触らないでスケベ野郎!!」美佐は橋本に向けて唾を吐いた。
 だが、橋本は一向に怯む様子もなく、有希と同じように躰のあちこちを撫でまわした。
「思ったよりも巨乳だな。なかなかのプロポーションだ。さっきの女よりも高く売れそうだぜ」
 そのうちにキスをしようと顔面を寄せる。美佐は顔を激しく振り続け、必死に拒んだ。
 抵抗虚しく、橋本は強引に唇を押し当て、無理やり舌をねじ込で来た。体中に悪寒が走り、吐き気を催す。頭を振り、抵抗を試みるが、カチューシャがずり落ちただけで、橋本は一向にキスを辞めようとしない。
 ようやく唇が離れた……と思いきや、「邪魔だな」橋本はカチューシャを取り、床に投げ捨てる。
「どれどれ、きれいなお顔を拝見しようじゃないか。みさきお嬢さん」
 橋本は美佐のマスクに手を伸ばし、一気に取り去った。覚悟を決めた美佐は、せめてもの抵抗として、顔を伏せながらまぶたを閉じた。
「…………」
 どういうわけか、反応が返ってこない。
 おそるおそる目を開けてみると、橋本の動きが止まっていた。
 美佐をそのままにし、橋本は部下たちを連れて、有希の連れ込まれた奥の部屋へと消える。どういうことだろうと盗聴リングを作動させた。指先までは拘束されていなかったのが幸いした。
 じっと耳を澄ますと、やがて橋本たちの会話が耳に入ってくる。
 『おい、どういうことだ!?』
 『あっしだって知りませんよ。でも確かにさっきと同じ、みさきって女で間違いありません』
 『さっきはあんなにブサイクじゃなかっただろ!』
 『まさかさっきのはメイクだったとか?』
 『バカ野郎! それにしたって違いすぎだろ!!』
 そんなにブサイクじゃないわよ! 聴いているうちに、だんだん怒りが込み上げてきた。美形に見られたのがカチューシャの効果であることは、美佐自身も充分理解していたつもりだった。
 が、それにしてもあんまりである。
 『でも社長……』
 『でももクソもあるか! あんなブサイク滅多にいないぞ。どうしてくれるんだ!!』
 『社長だって、さっきはあんなに美人だって言ってたじゃないですか』
 美佐の怒りは頂点に達した。 
「ブサイクで悪かったわね!!」
 憤って仕方のない美佐は、体中にパワーがみなぎるのを感じる。
 『あんなブサイクとキスしちまったじゃねえか! 一生の不覚だぜ!』
 美佐の怒りは最高潮に達した。
「ふ・ざ・け・ん・じゃ・な・い・わ・よ・ぉ!!!!!」
 頭に血が上り腕に力を込めると、一瞬にして鎖が切れた。晴れて自由の身となったのだ。
 無我夢中の美佐は、怒りに任せて扉を蹴破り、中にいた男たちを、次から次へと殴り倒していった。
 最後に残った橋本は、部屋の隅に追いやられ、いきなり膝をついた。
「ま、待ってくれ。金はいくらでも払う。だから命だけは……」
   そこで美佐の記憶が途切れた……。

 気が付くと辺りは血の海となり、男たちはほとんど死に絶え、橋本も息の根が止まっていた。
 スーツを脱がされ、下着姿でベッドに縛られていた有希は、白目を剥きながら口をパクパクさせている。失禁したらしく、下半身をじっとりと濡らしていた。

 翌日の新聞によると、一面の見出しに『殺人鬼ジャスティスレディ現る。正体は不明だが、時代錯誤のコスプレをした知能の低い女性とみられる』とあり、マスク姿ではあったが、写真まで掲載されていた。
 
 その後、ジャスティスレディは姿を消した。
 事件以来、有希は記憶喪失となり、自分が何者であるか理解不能になっていた。
 その後の調査で、美佐と関係のあったと思われるチビユニとセルフィーも行方不明となり、ひと月後、水死体となって発見された。

 事件から半年後。
 ジャスティスレディはジャスティスマンとタッグを組んでいるという噂が立つ。一緒に行動しているところを何度も目撃されたとネットで話題になった。
 その目撃者も、数日後に足取りが消えたのは言うまでもない。

 話は少しさかのぼり、人身売買組織の壊滅から二週間が経ったある日のこと。
 松極堂に一人の男が訪れていた。
「今日は何をお探しかな?」老人は男に声をかける。
 男は口をつぐみながら、言い淀んでいる様子。老人が訝し気に眼を細めていると、男はようやく口は開いた。
「……あなたから貰ったチケットで、恋人と一緒に温泉旅行に行ったのです。実はそこで偶然出会ったジェーンという女性に一目ぼれしてしまって……」
 それを聞いた老人は、小さな紙の包みを差し出した。
「これは『かぐや姫マークのみたらし団子』といってな、食べたものは目の前の人物にぞっこんになるという代物じゃ。お主も変わっとるのお。美形とは真逆の女が好みじゃとは」

 口元の右側にあるホクロを歪めながら苦笑いし、男は代金を支払った……。
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