第3話

文字数 1,627文字

 中井はアパートに戻った頃は日が傾いていた。天井からつり下がる蛍光灯のスイッチひもを真下に引っ張った。
 蛍光灯の電灯が点灯し、部屋を照らした。
 机の脇には本棚があり、上段にはデッサンや風景画に関する本が無造作に詰め込んである。下段は収納できる高さに余裕があり、大型の冊子やスケッチブックが刺さっていた。
 中井は壁際に置いてある、ホコリを被った茶色の小型コンポーネントステレオのスイッチを入れた。
 リレースイッチが切り替わる音が小型コンポーネントステレオの内部から鳴り、表示窓にラジオの周波数が映った。両脇のスピーカーから男同士の品のない会話が流れ出した。
 中井は洋間の隅にある、アッシュ材の机に向かった。椅子を引いて座った。
 机の隅には折り目の付いた求人票と何も書き込んでいない失業認定申告書が、閉じたノートパソコンに重ねて置いてある。机の中央には黄ばんだ紙でパソコンから印刷した履歴書と職務経歴書と共に、「コーヒー・モカパン」と書いてある透明な袋が置いてあった。
 中井は求人票を手に取り、内容を精査した。
 会社名の欄には「株式会社ティー・ティー・スィー」と書いてあり、必須条件の欄に「運転免許必須で経験は3年以上」と記載してある。
 中井は気難しさと落胆が混じった表情をし、求人票を丸めて足元にあるゴミ箱に放り込んだ。
 丸まった紙は、スナック菓子の袋やティッシュが詰め込んであるゴミ箱に入った。



 中井が職を失ったのは5カ月前だった。
 従業員が数名の零細企業に経理担当で就いた。担当は当初経理のみだったが、人員の不足から事務と営業を兼任した。電話応対が大人になっても完治しないきつ音により困難で、業務に支障をきたした。
 上司である重役は中井のきつ音を尊大な態度と捉え、ストレスの発散先に指定した。反論しても興奮で抑えているきつ音が悪化した。黙るしかなかった。
 中井は気分を害したが、仕事と割り切って耐えていた。
 社長は中井の精神の摩耗を見かねて呼び出し、きつ音を理由に退職を促した。中井は抗弁したが、社長は中井の評価を低く見ていた上司と屈託し、自主退職に追い込んだ。



 中井は失業認定申告書と、重なっている雇用保険受給資格証を手に取った。スタンプが押してある欄には受給の履歴が書いてあり、最後の行に「満期が近づいています」と書いてある。
 小型コンポーネントステレオのスピーカーは、男の声で音楽のコーナーを告げた。三味線を主軸とした軽快な音楽が流れる。
 中井は雇用保険受給資格証を端に置き、パンが入っている袋を開けた。茶色いコーヒーのクリームを茶色に染まったパンで挟み込んである。一口かんで頬張った。わずかなコーヒーの香りが口内に広がり、パンの食感とクリームの甘さが舌に刺激を与え、食欲を増進する。
 スピーカーから「ロストヘヴン」の名前が流れた。続いて今日は「ミッドウォール」の解散記念日の話を始めた。
 中井はパンを食べ終え、残った袋をゴミ箱に捨てて席を立った。本棚にある透明なCDケースに手を伸ばし、爪を外して中身を確認した。複数のジュエルケースが入っていて、ホコリを被っていた。CDケースから「ミッドウォール」と書いてあるラベルのジュエルケースを1枚取り出した。
 取り出したジュエルケースは白地に赤いペンキをぶちまけた印象を持つジャケットで、挟んである帯には「ラグデバイス」の文字が、鋭いフォントで書いてある。
 中井は別の「ミッドウォール」の名前が書いてあるジュエルケースを取り出し、ジャケットや裏を見てタイトルを確認した。「ロストヘヴン」のラベルはない。持っているジュエルケースをCDケースに詰め込み、ケースの爪をはめて元の本棚に突っ込んだ。
 スピーカーから、シンセサイザーを主軸としたポップな音楽が流れ始めた。現在活動しているミッドウォールの元メンバーが作った曲で、現在放送しているアニメのタイアップだと紹介した。男の説明が終わると音楽が大きくなった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み