第10話

文字数 2,304文字

 中井は最寄り駅で降りた。日は既に暮れていた。駐輪場に向かい、シティサイクルの後輪に付いているロックに鍵を差し込み、カンヌキを外して入り口までけん引した。備え付けてあるライトが自動で光を発した。出入り口の精算機に来ると小銭を入れて清算した。
「ありがとうございました。お通りください」精算機から抑揚の薄い女性の声が流れ、出口をふさいでいるバーが上がった。
 中井は駐輪場から出ると、シティサイクルに乗って図書館に向かった。
 図書館は白い建物で、駐車場と駐輪場が施設に隣接してある。窓はブラインドがかかっていて、隙間から光が漏れていた。
 中井は自転車を止めて鍵をかけ、入り口に来た。入り口の自動ドアに隣接している看板には「開館しています」の文字と共に、開館時間が書き込んである。自動ドアが開き、図書館に入った。
 入り口からホールのスペースがあり、先のフロアに返却と貸出カウンターがあった。貸出カウンターの奥にはソファと椅子、机が並ぶ読書スペースがある。本棚は隣り合ったエリアに並んでいた。
 中井は貸出カウンターに向かい、隣にある柱にくくり付けてある案内板を確認した。
 本棚が並んでいるエリアの中央にレファレンスカウンターがある。
 中井はレファレンスカウンターに向かった。
 カウンターのテーブルには「レファレンスカウンター」と書いた看板がある。レファレンスは資料やでき事の検索を請け負う図書館のサービスで、「調べ物、何でもお手伝いします」とポップ体のフォントで書いてあるラベルがテーブルに乗っていた。カウンターを通して女性の司書が待機していた。
「すみま、せん」中井は丁寧な口調で司書に声をかけた。
「はい、何でしょう」
 中井はリュックサックのサイドポケットから喫茶店でもらったカードを取り出し、司書に見せた。「住所なん、ですけど、火事、が、あ、あったと、聞きました。詳細、を、知りた、いのです、が、記事でも何でも、残って、い、いる、記録はあ、あ、ありますか」椅子を引き、リュックサックと丸筒を脇に置いて座った。
「すみません、カードはありますか」司書は表情を変えずに尋ねた。
 中井は住所を書いたカードを取り出し、司書に見せた。「火事があった、場所、で、すけ、ど」
「図書カードをお見せできませんか」
 中井は司書の言葉に我に返った。「す、す、すみ、まませ、ん」財布を取り出し、青い図書カードを取り出して司書に渡した。図書カードには「中井佳苗」の名前とバーコードが記してある。
 司書は中井が見せた図書カードを受け取り、バーコードリーダーで読み取った。ディスプレイに図書館で登録した中井のデータが映った。ディスプレイのデータを確認し、図書カードを中井に差し出した。「お返しします」
「すみません」中井は丁寧に言葉を返し、図書カードを受け取って財布に入れた。
 司書は机に備え付けてあるペンを手に取り、テーブルに置いてある黄色の付せんにカードに書いてある住所を書き込んだ。「火事ですか、事件なら新聞にあるかもしれません」カードを中井に返した。
 中井はカードを受け取り、司書を見た。
 司書は書き込んだ伏せんを1枚剥がしてテーブルの脇にあるパソコンのモニターに張り付け、参照しながらデータを打ち込み始めた。
 中井は司書の作業を見つめた。司書はディスプレイに映ったデータを確認した。パンフレットを切り取り、裏にして束ねたメモにデータを書き込んでいた。
 司書はメモを取り終えると千切り、立ち上がった。「失礼します」レファレンスカウンターから奥にある、新聞の年鑑がある棚に向かった。
 中井は周囲を見回した。老若男女が棚の隣りにある読書コーナーの机に本を積み、椅子に座って読んでいる。奥の貸出カウンターでは司書が利用者の応対をしていた。
 しばらく経過した。
 司書が新聞の年鑑を持ってカウンターに来た。年鑑をテーブルに置いて開き、ディスプレイに映っている記事の日付と概要を確認しながら、年鑑の該当ページを見て内容を確認した。関連する内容がないと分かると、次のページをめくって確認した。
 中井は司書の作業を見つめていた。
 司書は手を止めた。年鑑の記事は社会面で、地元の記事を載せている欄があった。「ありました」記事を指で示した。
 中井は司書が指で示した記事を見た。
 記事は夜8時頃にアトリエで火事があり、全焼したと書いてある。次いで引火の可能性があり調査中と書いてあるが、生存者を含めた詳細は書いていない。
 中井はリュックサックからB6版の白いノートとテーブルに置いてある鉛筆を手に取った。ノートを開き、白紙のページに記事の内容を大ざっぱに書き込んだ。
「も、もっと詳細なな、な、内容は分かりませんか。例え、えば、誰の家で、誰が助かった、って」中井は司書に尋ねた。
 司書はパソコンにデータを打ち込み、データベースと照合する。新聞の記事以外にない。
「事件の詳細は他にないです。土地や建物の所有者なら謄本を取り寄せれば分かりますが、個人情報の観点から業者でもない限りはできません。個人で調べるなら記事の内容を調べるのが限界です」司書は淡々と答えた。
 中井は司書の返答を聞いて落胆した。「わ、かりました。あり、がとう、ご、ざいま、ました」司書に軽く礼をした。
「いえ、ご利用ありがとうございました」司書は中井に倣って礼をした。
 中井は立ち上がり、リュックサックと丸筒を背負って椅子を引いた。司書に軽く礼をしてきびすを返し、図書館から出た。自転車に向かい、後輪のロックに鍵を差し込んだ。カンヌキが無機質な音と同時に上がった。図書館を見つめ、自転車に乗って去った。
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