第9話

文字数 1,372文字

 中井はスマートフォンの画面に映っている案内に従い、列車に乗って駅で降り、バスに乗った。5つ目のバス停で降りて周辺を見回した。
 低層住宅と中層のマンションが混在する区域で、雑草の葉で染まった土手が近くにある。日が傾いており、薄黄色の日光とマンションが作る影との違いが明確になっていた。
 中井は細い路地を進んだ。
 飲食店やコンビニエンスストアが点在しているエリアに入った。道路は乗用車を中心に行きかっている。
 中井は通りを曲がった。
 細い川の脇にある路地に出た。川は両岸をコンクリートで囲っていて、100メートルおきに橋がかかっていた。川沿いの路地は人も自動車も通っていない。鳥の鳴き声と共に、自動車のエンジン音が大通りから響いていた。
 中井は路地を歩き、地図で指定した場所に来た。時間制の駐車場があった。
 駐車場の入り口には料金と共に、契約事項を詰めて書いてある金属の看板が立っていた。両隣にある建物のうち、駐車場に面している側の壁は真新しく塗装してある。アスファルトはわずかなひびが入っていて、白線も一部が欠けていた。自動車が2台の空きを除いて駐車スペースに入っている。
 中井はスマートフォンを取り出して画面を映し、位置を確認した。
 スマートフォンの画面には地図が映っている。地図の現在位置と目標が重なっていた。
 中井は周辺を見回した。周囲は中層マンションが建ち並んでいた。青いビニールシートで覆った解体途中の建物もある。
 老年の男が路地の曲がり角から歩いてきた。
「す、す、みません」中井は丁寧に老人に声をかけた。「え、えとで、ですね。高橋って人が住んで、でたって聞いてたんですけど、駐車場になっ、なっ、なってるん、ですけど」
 老人は中井の質問に不快な表情をした。「何だお前は。障害か、来んな」老人は両手を振って中井から離れ、早足で去った。
 中井は老人の後ろ姿を見て、悲しげな表情をした。
 老人は早足で曲がり角を曲がった。
 中井はぼう然とした表情で、駐車場を見つめていた。
 しばらく経った。
 中年の女性がリードを付けた犬を連れて路地に入った。
 中井は女性に気づき、近づいた。「す、すみま、せん」女性に話しかけた。
 女性は中井の前で立ち止まった。
 中井は駐車場を指さした。「前に人が住んで、たって聞いて、来た、んで、で、ですけど。今、だ、誰も住んで、ないのです、か」
 女性は中井の話に戸惑い、指で示した先の駐車場に目を向けた。「駐車場ができる前でいいのかな」
 中井はうなづいた。
 女性はうなった。「絵を描いていた、看板屋だか、デザインだかの看板を作る家が建ってたんだけどさ。5、6年位前かね。火事で焼けて駐車場になったんだ」
 中井は駐車場に目を向け、眉をひそめた。「家族は、大丈夫だっ、だったんですか」
 女性は首をかしげた。「近所付き合いがなかったから、分からないよ。新聞にも載ってたけど、死んだのかもね。家を建て直してないしさ」
 犬がリードを引っ張った。
 女性は犬に目を向けた。犬は先へ進みたがっている。「じゃあね」犬と共に道を歩き出した。
 中井はスマートフォンの画面を見た。真っ黒になっていた。誰もいないのを確認し、駐車場を見つめた。
 日は徐々に暮れ、日光は赤く、薄まっていく。建物も暗くなった。
 中井は力なく息をはき、来た道を引き返した。
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