第2話

文字数 1,543文字

 中井は事務所のドアを閉め、淡々とした歩調で階段を下った。ホコリで汚れたガラス戸がある。ガラス戸を開けてビルの外に出た。
 外は路地に雑居ビルが密度を詰めてそびえ立っていた。雑居ビルは日差しを遮り、道路を暗くしている。
 中井が出たビルの向かいにある雑居ビルの一階の軒下には、ラーメン屋の名前が書き込んだ提灯がつり下がっていた。雑居ビルの隣にあるコインパーキングは日陰で薄暗くなっていて、自動車は1台も止まっていない。寒気を覚えた。路地を進み、日光が当たる大通りに出た。
 大通りは4車線で日光で明るく、自動車が通っていた。道路の先には超高層ビルが建ち並び、高架鉄道が高層ビルの隙間から一直線に伸びていた。
 中井は歩道を進み、交差点で向かいにある歩行者信号を見て止まった。
 歩行者信号は赤を示している。
 中井は腕時計で時間を確認した。15時半を過ぎていた。カバンのポケットを弄り携帯ラジオを取り出した。携帯ラジオは白い塗装がはがれていて、平たんな直方体に液晶とスピーカーを搭載している。絡みついたイヤホンを解き、両端のイヤピースを耳に入れた。携帯ラジオの上部にある電源スイッチを押した。
 液晶の表示が時刻からチャンネルに変わり、イヤホンを通して聞き慣れた声が耳に流れ込んでくる。DJがキャッチーなインストゥルメンタルを背景に「ミッドウォール」と称するバンドを紹介していた。
 「ミッドウォール」は4人組のロックバンドで国内の音楽チャートを圧巻していたが、10年程前にライブで突然、解散を発表した。メンバーは音楽から無縁となった者やソロ活動に集中する者、他のバンドを結成して活動を継続している者とに別れた。スケジュールや方針から、再結成はない。
 DJは「ミッドウォール」の音楽について解説し、CDアルバムの「ロストヘヴン」に収録している一曲を紹介した。
 「ロストヘヴン」はリリースした当時は無名で、雑誌のチャートの隅に載る程度しか売れなかった。更にメンバーが「れい明の思い出は当時のままにしたい」と声明を出して再販売の許可を降ろさなかった。ファンの間では垂ぜんの一品になっている。
 歩行者信号が青に変わった。
 中井は待機している歩行者と共に横断歩道を渡る。
 イヤホンから流れる音楽はエレキギターの重低音を主軸にしたイントロに変わった。激しいギターとベースと共に、緻密なドラムが重なる。次いで相対する透明なボーカルが加わった。メロディラインは現在のロックバンドと似ていた。
 中井はイヤーピースを耳に深く差し込む。「ロストヘヴン」の名前を聞き、懐かしさを覚えた。
 横断歩道から歩道に入った。イヤホンから流れる音楽はサビを通り過ぎた。DJの声が音楽と重なる。DJは改めてCDの希少さを訴えた。
 中井は大通りから外れた道を通り、駅に到着した。
 駅の入り口は高架鉄道の下にあった。天井に設置してある薄暗い照明が駅の入り口を照らしている。構内の壁は白いタイルが敷き詰めてあり、他は濃い青のペンキで塗り固めている。黒ずんだ汚れが点在していた。
 中井はカバンに手を入れ、ワイヤーを付けた革製のカード入れを取り出した。カード入れにはSuicaが入っている。改札口の自動改札着に近づき、カード入れを認証部に当てた。
 自動改札機は電子音を立てて認証した。閉じていたゲートが開いた。
 中井は自動改札機を通り過ぎた。
 改札口を抜けてホームの分かれ道がある通路に出た。脇にコンビニエンスストアを模したガラス張りの売店がある。
 中井は気にも留めず、通路の天井からつり下がっている案内に従い、下り線のホームに出る階段を駆け上がった。イヤホンから聞こえる音はキャッチーなインストゥルメンタルを背景とした、DJのトークに戻っていた。
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