第11話

文字数 793文字

 中井は翌日、クリップボードと丸筒、リュックサックを持って大沼植物園に来た。
 大沼植物園は大沼公園の敷地に造成した植物園で、庭と温室に分けてある。
 中井はゲートで入園料を支払い、庭に入った。
 庭は芝が植えてあり、樹木や人の身長以上の高さの多肉植物が一定の間隔で生えていた。先には透明なアクリルでできた、円筒の菓子折りに似た造りのドームに直方体を対称につなげた温室がある。人は少なく、老夫婦が散歩がてらに寄り道をしている程度だった。
 中井は庭を回り、杉が立っている場所に来た。
 杉は葉と幹は一直線に伸びる幹に棒アイスに似た、天に向かって細くなる形状を作っていた。
 中井は杉の近くに立った。杉の幹には銅色のメッキがかかったプラスチック製のプレートが張り付いていた。プレート段には「イトスギ ヒノキ科イトスギ属」、下段には「Cupressus」と書いてある。見上げて杉を観察した。
 幹は天に向かって一直線に伸びていて、無数の枝を伸ばしていた。枝からは緑色のうろこ状の多重に重なっている葉が生えている。
 中井は杉から離れ、誰もいない木製の細長いベンチにリュックサックを置いて隣に座った。丸筒のフタを開け、実家から持ち込んだ描きかけの杉の絵を取り出してクリップボードに固定すると、リュックサックから筆箱を取り出し、鉛筆と白い練り消しを手に取った。
 絵を描く準備が整うと、中井は絡んだイヤホンを持つポータブルCD再生機を取り出し、イヤホて耳に差し込んで再生ボタンを押した。
 ポータブルCD再生機の液晶画面に「TRACK01」と表示が出て、「ロストヘヴン」の1曲目をイヤーピースに流した。
 中井は隣に目を向けた。開いたままのリュックサックと丸筒が置いてあるだけだった。一瞬、悲しげな表情をしてからわずかな笑みを浮かべ、絵と杉を交互に見つめて照らし合わせた。手を動かして未完成の絵に線を描き足し始めた。
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