第14話

文字数 1,136文字

作品36 作品名 
『砂場』

 まだ、勢いのある夏の太陽がアスファルトを焦がす。
 道端の蝉の死骸には無数の蟻が、たかっている。 
 蟻に解体された、かつての蝉は音も無く静かに消えていく。
 オレンジ色の太陽が街を紅く染める。
 行き交う車のヘッドライトが光を増していく。

 子供の頃に独りで遊んだ神社。
 鳥居の前で声をかけられた。

「私、転職サポートをしている田中と申します」
 スーツ姿で、四十歳過ぎの男性が名刺を差し出した。
「僕に何か御用ですか」
「実はニムロデ社という会社がプログラマーを探しています」
「はぁ、まさか、ヘッドハンティングですか。でも、人違いでしょう。僕に、そんな才能は無いですよ」
「いえ。貴方に間違いありません。どうぞ、選択を見誤らないように」

 何を言っているのだろう。
 男は表情を変えずに名刺を差し出し、頭を下げる。
 僕が名刺を受け取ると、男は何事も無かったかのように去っていった。

 車のテールランプに街の風景が溶けてゆく。
 すっかり暗くなり、闇が訪れる。
 鈴虫の()が僕を包む。
 鳥居越しに、真っ白な満月が浮いている。

 この神社の境内を抜け、裏通りに出れば近道だ。
 ザァッ、ザァッ、ザァッ。
 玉砂利の音。
 鳥居をくぐった所で、ティーシャツにジーパン姿の男が立っていた。
 幼馴染の仁史だ。
「やぁ、仁史じゃないか。どうしたんだよ。何をしているの」
「あぁ。君が迷わないように待っていたんだ」
「えっ。何の事だい」
「君が書いていた童話。結末が、まだだろう。待っているんだよ」
「えっ、僕が童話を書いていたって」
「じゃ、結末を待っているからね」

 仁史は素っ気無く行ってしまった。
 暗闇の中で僕は独りだった。

 ピィーピィー、ヒィラァッヒィ、ピィー、ドンッ、ドンッ。
 ピィーピィー、ヒィラァッヒィ、ピィー、ドンッ、ドンッ。
 風にのって、祭囃子が聞こえてくる。
 甘い飴の薫り。焼けたソースの匂い。
 暖色の灯かりに浮かび上がる空間。
 秋祭りの縁日。
 人混みの境内を抜け、裏通りに出ると夜が()りてきた。
 鈴虫が語りかけてくる。
 誰も居なくなった街を独りで歩いて帰る。

 部屋の灯かりを付けるとパソコンが起動する。
 メッセージ一通。

『貴殿の論文を拝読いたしました。是非、我が社に御助力ください。
 人間と人工知能の融合により、世界の価値観を均一化して、一緒に理想郷を創りましょう』

 僕はパソコンの電源を落とした。

 小学生の時に書きかけだった童話を完成させなくては。

『おこりん坊の裕君。自信過剰の晃君。気配り上手の静ちゃんも居る。
 独りぼっちだった僕は、勇気を出して、みんなが居る砂場に入った。 著作 田中仁史』

(了)

1053文字
※あらすじ
子供の頃、孤独だった主人公が、その殻を破る。

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