第9話

文字数 1,013文字

作品31 作品名 
『魔物』

「俺の物だ。俺の物だ。世界中の金塊は全て、俺の物だ」
 西の国の人達は口々に叫び、争いだした。


「許さねぇ。ふざけるな。殺してやる」
 北の国の人達は憎しみに溢れ、ありとあらゆる暴力に染まっていった。

 やがて、西の国の人達の欲望と、北の国の人達の憎悪は、よその国へも向っていった。

 南の国の人達は、巨大な欲望と、強力な暴力の前では、なす術もなかった。
 或る日、南の国の人達の中で、立ち上がる人物が現れた。強いリーダーシップを発揮して、軍事組織を作り対抗した。
 南の国のリーダーは、西の国の強欲にも、北の国の憎悪にも、負けないパワーで戦った。
 長い年月の戦いで土は枯れ果て、人々は飢えていった。今や南の国のリーダーも欲望と憎悪に満ちていた。
 救世主がいない事を知り、南の国の人達は正気を失い、考える事を止めた。
 人々の瞳から光が消え、世界中の生物の中で最も惨めな生命体となった。


 四方を山に囲まれた東の国には一冊の古い本があった。
「おじいちゃん、この本には何が書いてあるの」
「この本には、大昔の魔物の事が書いてあるんじゃよ」
「魔物って、何なの」
「魔物は、三匹おってのぉ。『強欲』、『憎悪』、『無知』と呼ばれていたんじゃ」
「魔物って怖いの」
「それは、それは恐ろしい物じゃ。だから、わしらは決して、魔物に捕まらないようにしなくてはいけないんじゃ」
「どうすれば、イイの」
「欲に溺れずに質素に生きる。憎しみを捨てて赦す。常に自分で物事を考え、知恵を身につけるんじゃ」

 だが、魔物達は山を越えて、東の国にもやってきた。
 魔物達は、容赦なく、東の国の人達に襲いかかり苦しめた。
 東の国の人達は古い本を信じて、魔物達に捕まらないように努力したが、永い苦しみに疲れ果てていた。
 倒れそうになった時に、小さな光明が灯を燈した。それは小さな子供の祈りから始まった。
 目に見えないものを信じて、只々、祈るだけだったが、魔物達は祈り続ける子供達に近づく事は無かった。
 その祈りは人間が目に見えないものに祈る事を忘れて以来、数千年ぶりの祈りだった。

 長い時間が経ち、祈る人達が土を耕し、目に見えないものに感謝して暮らしだした。

「ありがとうございます。いただきます」

(了)

905文字
※あらすじ
圧倒的な絶望が訪れた時には、祈る事しか出来ない。
目に見えないものへの祈りだけが平穏な暮らしへと導いた。
人間とは祈る者の事だ。



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