第85話 信頼「関係」の自立 ~信頼と依存の違い~ Aパート

文字数 6,672文字


 よっぽど私の話を聞きたいって思ってくれたのか、本当に早々にゴミ袋の中を一杯にしてしまう朱先輩。
 課外活動の後半である河川敷での活動は美化活動の前半と違って、後半は参加者も幾分少なくなるからか、前半のように私に声を掛けてくれる女の人が少なくはあった。
 だから他の参加者がまだ活動している中、朱先輩が早くもくつろぎ態勢に入る。
「愛さん早く来るんだよ。そしてわたしがじっくりお話を聞くんだよ」
 朝一のあのご機嫌っぷりはどこへ行ってしまったのか、あの大学生らしき男の人以来、ずっとご機嫌が傾いたままだ。
「そんなに急がなくてもちゃんと話しますって」
 だけれど朝一のあのおばさんとの事を思い返しても、私の事を考えてくれているのが分かるから、悪い気は全くしない。
 私は苦笑いを浮かべながら川辺の涼が取れる場所に、今の空と同じ柄のレジャーシートを広げて、朱先輩と並んで腰を落ち着ける。
 こういう時はキュロットだと色々気にする必要が無いからやっぱり楽だったりする。
「……朱先輩のご機嫌、朝に比べて傾いてないですか?」
 もう夏本番と言って良い晴天の中、川辺の風で涼を取りながら腰を落ち着けたものの、他の参加者の事もあってか、お弁当を出さない朱先輩に確認する。
「わたしの事よりも、さっきから他の人とばっかり喋って、浮気してる愛さんの話を早く聞きたいんだよ」
 朱先輩の事よりもって言いながらも、理由をちゃんと話してくれるところに朱先輩らしさを感じながら、朱先輩相手に別にもったいぶる必要も無し“素直に”口を開く。
「どう言えば良いのかよく分からないんですけれど、先週くらいに優希君の思っていた事を聞いてから、私に対して優希君が独占欲みたいなのを見せてくれるようになったんですけれど、男の人って一回口にしてしまうとすごいんですね。昨日なんて男が勘違いするから、気軽に男の人を褒めたり持ち上げたりしないでくれって、私に対して隠す事なく独占欲をむき出しにしてくれるんですよ」
 私は男の人の知らなかった一面と言うか、男の人からしたら自分の彼女を束縛する彼氏と言うのか、とにかく男の人のむき出しの感情に初めて触れた感想を改めて朱先輩に伝える。
 ただ私が他の人と違ってと言って良いのかは分からないけれど、私が優希君以外の男の人を知らないから、どうしてもこういう言い方になってしまうけれど、たまに学校の女子から聞いていたような、優希君も気にしてくれていたような、他の女の人みたいに束縛に対する息苦しさとか、窮屈さは感じない。
「それは愛さんと空木くんの間で信頼「関係」が出来つつある証拠なんだよ。だから空木くんの中で愛さんには、少しずつ本音で言えるように、正直に言っても大丈夫だって言う安心感みたいなのが芽生え始めてるんだよ。それはつまりお互いの事をちゃんと理解しようと思い合えている証拠でもあるんだよ」
 私の話を聞いてくれた朱先輩が、一番初めに私に見せてくれた笑顔を私に向けてくれる。
 そして優希君が見せてくれるようになった私に対する独占欲や、しようとしてくる束縛に対して決して押し付けじゃなくて、私の話 “何も喋れなくなってしまう” にもちゃんと耳を傾けてくれる上で、私の事を第一に考えてくれているのも伝わるから、息苦しさどころか嬉しくて仕方がない。
「だからやっぱり私は、優希君の気持ちに応えるためにも男性慣れをしないといけないと思うんですよ」
 だからあのとても寂しく感じた時のような喧嘩を優希君としたくなくて、改めて私の気持ちを朱先輩に伝える。
「えっと朱先輩? どこ行くんですか?」
 今しがたまで私の話を嬉しそうに聞いてくれていた朱先輩が、スッと立ち上がる。
「どこって。あの主催者さんの所に行って、あの男の人に辞退してもらうように言って来るんだよ」
「ちょっ?! ちょっと待って下さい。どうしてそう言う結論になるんですか」
「せっかく愛さんと空木くんの間で信頼「関係」が出来そうなのに、それを邪魔するような、壊そうとするようなあんな男の人なんていらないんだよ。他の男の人と喋って欲しくないとまで言ってくれた空木くんが、愛さんに男性慣れをするような事なんて望んでる訳無いんだよ」
 そんな朱先輩を大慌てで止めるも、当意即妙な受け答えをするように、私に返してくる朱先輩。
 これも最近分かって来た事ではあるけれど、私の事になると妙に早とちりをする傾向にある気がする。
「ちょっと待って下さい朱先輩。私の話はまだ途中ですって。それにあの男の人の責任だけじゃないんです」
 それでも止まらない朱先輩に、私の話の続きを聞いて欲しい事を伝えると、
「前に話したと思うけど、あんな男の人にまで優しくしてたら、空木くんもやきもちを妬いて大変だし、何より勘違いしてしまう男の人がたくさん増えるだけなんだよ」
 実は私の知らない間に朱先輩と優希君がどこかで会っているんじゃないかと思うくらい、まさかの優希君とほぼ同じ発言。
「じゃあもう良いです。あの男の人にどう思われても良いですから止めません」
 先週も同じ事を感じたけれど、朱先輩にいくら感謝していて、信頼もしているはずなのに、優希君の事になるとどうしても駄目だ。
 私の心の中がそんな訳がない。朱先輩は私の幸せを願ってくれているって分かってはいても、優希君を渡したくない気持ちで一杯になってしまう。
「……愛さん?」
「……」
 理屈では分かってはいても、その感情と言うか、気持ちの出どころが分からなくて、朱先輩に対してソッポを向いてしまう。
 本当にどうして蒼ちゃんには感じないこの気持ちを、信頼しているはずの朱先輩に感じてしまうのか。
「ごめんなんだよ。ちゃんと愛さんの話を最後まで聞くし、もう主催者さんには言わないから機嫌を直して欲しいんだよ」
 そしてすぐに私の気持ちに気付いた朱先輩が、再びレジャーシートの上に腰を落ち着けて
「せっかく愛さんと一緒にいるのに喋れないなんてそんなの悲しすぎるんだよ」
 本当に悲しそうな表情を作るって言うか、本気で悲しんでくれているのが分かる。
 そんな表情を見てしまうと、私もさっきの活動中にもどかしさを感じてしまっていた手前、朱先輩の気持ちが分かってしまうと言うか、私も同じ気持ちだったりする。
「ごめんなさい。私も寂しいです。でも何でそんなに優希君の気持ちが分かるんですか? 優希君も私の気持ちは分かるけど――とは言ってくれたんですが、倉本君が勘違いするような事は口にしないでくれって言ってたんです」
 だから朱先輩に私の気持ちを伝える。
 ……よく思い返してみると、優希君の気持ちが分かるとかそんなんじゃなくて、男の人って言うか、優希君の分からない所、考え方の事を朱先輩に聞き過ぎているから、私よりも朱先輩の方が優希君の事を知ってしまっている気がする。
「……」
 優希君は朱先輩とお付き合いをしているんじゃなくて、私とお付き合いをしているんだから、何でも朱先輩に聞くんじゃなくて、もう少し自分で考えるようにした方が良いのかもしれない。
「……さっきの話は忘れて下さい。その代わり倉本君の話を――」
 聞いて下さいと言おうとしたところで、後ろから私の肩をツンツンと突っついて来たから誰かと思って振り返ると、最近私に懐いてくれるようになった男子児童が立っていた。
 時間を確認するともう少しで昼からの課外活動が始まると言う時間だったから、私の側から離れたがらない男子児童と三人で先にお昼をする。


―――――――――――――☆ わたしの秘密の窓 ☆―――――――――――――


 それにしてもさっきは肝が冷えたんだよ。さっきのわたしに向けられた嫉妬を含んだ愛さんの表情。
 それにわたしに投げかけられた愛さんからの質問。聡い愛さんにわたしへ向けて嫉妬をさせてはいけないって気を付けていたはずなのに。
 愛さんの事がどうしても大好きなわたしは分かってはいても、愛さんの色々な表情を見たくて、余計な事を言ったり見たりと、わたし自身の気持ちを優先してしまう。
 そのおかげで初めて愛さんの子供っぽく拗ねてしまう表情を見る事は出来はしたけど。
 だけどまるでわたしの事は話さなくても良い、愛さんにわたしとの信頼「関係」が築けて

事は悟られなくても良いと言わんばかりのタイミングで、愛さんに対する気持ちの答え合わせを先週した男子児童が姿を現す。
 わたしははその流れに身を任せるように愛さんとのお昼へと移る。

 愛さんには空木くんがいるから当たり前だけど、愛さんから離れたがらない男子児童と仲良くしている姿を微笑ましく見ながらお昼を終えたところで、
「今日はお姉さんに言いたい事と聞きたい事があるので、みんなと一緒に遊ぶ代わりに私の話を聞いて欲しいんだけど良いですか?」
 私の元へ先週の少女がやって来る。
 気付けばもうそんな時間になっていたみたいで、児童たちが集まって来てる。
「じゃあ受付に行ってここを使えるように受付でお願いして来るから、少しだけ待ってるんだよ」
「私は良い子なので待ってます」
 私はしゃがんでその少女の頭を一撫でしてから、児童の集団に押し出されるような形になってしまった男子児童を横目に、広場の申請に向かう。

 せっかくの広い河川敷での敷地内で今日は何をするつもりなのか、何人かの児童が長短さまざまな棒を持って地面に何かを書いている。念のためさっき押し出されてしまった形になった男子児童に目をやると、あまり面白くなさそうな表情ではあるけど、他の児童たちとそれなりに楽しんでいるのを確認したところで、さっきの少女の話を聞こうと足を向ける。

 二人並んでベンチに腰掛けたところでその少女の癖なのか、わたしの手が気に入ったのかまたわたしの手をふにふにと揉んで来る。
「お姉さんの言った通りその友達と二人だけの秘密を作ったら、すぐに喋るようになりました」
 わたしの助言でうまく行ったとは言ってくれたけど、その表情は考え方が違い過ぎて話が続かないって所なのかまだ思案顔に見える。
「お姉さんとあのお姉ちゃんって、ずっと一緒にいますけど、喧嘩とかしないんですか?」
 ところがわたしの予想していた段階は終わっていたみたいなんだよ。
「ケンカはしないんだよ。それにわたしと愛さんくらいになると、話が続かないって言う事も無いんだよ」
 思い出すだけで悲しくなるから、さっき愛さんにソッポを向かれたことは無かった事にしてしまうんだよ。
「あのお姉ちゃんと喧嘩しないのも、私に話す事が無い事も分かるなんてお姉さんはやっぱりすごいです」
 ふにふにと揉んでいたわたしの手を今度は頬に当てながら、わたしの言葉に今度は目をキラキラさせて来る少女。
 ……ちょっとだけ罪悪感を感じない事も無いけど、わたしと愛さんはとっても仲良しだから気にしない事にする。
「相手の子と喧嘩したくなかったら、わたしはこう思うんだけど、誰々はどうかなって言い方で、いつも自分の事を言いながらでも、相手の事を思いやる気持ちを見せていれば、相手もちゃんと分ってくれるんだよ」
 もちろん色んな人がいるこの世の中。そんなに簡単な、綺麗事だけで済む人間関係だけじゃない。
 でも子供の間は、児童と呼ばれる年齢の間くらいは相手を思う気持ちで関係を作って行って欲しいって考えてしまう。
「それにしてもあのお姉ちゃん人気者ですよね」
 何人かの児童が、少し離れた所に立っている男子児童を気にする愛さんの前に何かの列を作って、それを順番に相手をして行く愛さんを見ていた少女が、また頭を撫でて欲しいのかわたしの手を頭に持って行く。
 少し離れた所ですっかり元気を無くした男子児童を見ながら、そのまま優しく少女の頭の上で手を動かす。
 これだけ人に触れたがるって事はこの少女が甘えん坊なのか、不安に思う事があるのか、それともご両親が厳しく育てているのかのどれかかもしれない。
「あのお姉ちゃんは子供が大好きな優しいお姉ちゃんなんだよ。自分が好意を持っていたら相手もその好意に気付いてくれることが多いんだよ。だからあのお姉ちゃんは子供たちに人気があるんだよ」
 せっかくだからと、この少女にもっと仲良くなれるコツみたいなのを教えてあげていると、愛さんの回りにいた児童たちが何かの返事をしたと思ったら、大半の児童がこっちへ戻ってきて持ってきていた水筒を手にする。
 少女が戻って来た児童たちと口々に会話を始めるのを見届けてから、愛さんの所へ足を向けようとして――愛さんが男子児童の方へ足を向けるのを見てわたしは、足を止める。
 代わりに、
「はーい。あのお姉ちゃんと何して遊んでたのかなー?」
 児童たちに愛さんと何をしてたのか分からなかったから児童たちに聞くと
「マルペケー」
 地面に3×3の格子を書いてそのまま児童たちで遊び始めてしまう。
 それを見ていて遊び方が分かったわたしは、体を動かす事が苦手なわたしでもこれなら参加出来ると思い、後半からは愛さんがあの児童の相手をゆっくりと出来るように、わたしも参加する。


 後半はわたしが参加した事もあって、前半はあまり面白くなさそうにしていた男子児童も愛さんと十分に楽しめたのか、笑顔を取り戻していた。
 愛さんが児童たちに挨拶をしている間にさっきの少女が来て、
「じゃあ今度は相手の言いなりにならない様に、相手の事を考えながら喋ってみます」
 わたしと話したことを目標にする。
 愛さんが男子児童の頭をポンポンと撫でるのを見てから、
「じゃあ来週また話の続きを聞かせて欲しいんだよ」
 わたしも少女の頭を撫でる。
「じゃあこの事も私とお姉さんだけの秘密ですね」
「もちろん。あのお姉ちゃんにも言わないんだよ」
 わたしが少女との約束をしている間に、愛さんの話も終わったのか、あの男子児童を含めた全員が今週も笑顔を浮かべながら次々と帰って行く。

 最後まで愛さんから離れたがらなかった男子児童も何とか帰して、わたしの家へ向かう途中
「やっぱり児童たちと体を動かすと、私も元気を貰えます」
 スッキリとした表情を浮かべる。
 さっきわたしに向けていた嫉妬の色が無くなっている事を確認出来たわたしは
「じゃあさっきの話の続きの、倉本くんと男性慣れの事を教えて欲しいんだよ」
 今度はあの軽薄そうな男性の事は口にしない様に気を付けながら話の続きを聞く。
「優希君が私に対して男子側の、優希君の思ってる事を私に言ってくれるようになったのは嬉しいんですけれど、どう言う訳かそれに合わせるような形で倉本君が今まで以上に私に好意を見せて来ていて、最近じゃ優希君がいる前でも私にお昼を誘ってきたり、贈り物を渡そうとしてくるんです。それに断り切れない私に対して優希君も不機嫌になっていってしまって……私たちの間での考え方の違いで喧嘩するならいざ知らず、他人の好意で喧嘩するなんて嫌なので、優希君の不安に思う気持ちも分かるだけに、優希君の前で倉本君の誘いを断りたいんですけれど、それが出来なくて……」
 一通りのあらましを説明してくれたところで溜息をつく愛さん。
 愛さんの口からその倉本って人の話を聞く度に愛さんの事を好きになっていってる気がするんだよ。
 本気になった男の人――ああ。だからメッセージで男の人ってすごいですねって送ってくれたんだ。てっきり空木くんが、その手の方面の事を何も知らなさそうな愛さんにお手付きをしたのかと早合点をしてしまっていたんだよ。
「何かその倉本って人に優しい言葉とかかけてる?」
 わたしは疑問に思った事を口にしただけなのに、驚いた愛さんがこっちを見る。
「どうして優希君の言ってる事が分かったんですか?」
 愛さんが質問で返してくれるけれど、何となくしかその会話は想像できない。
 だから順に、初めは名前呼びだけだったのが、愛さんを気遣うようになって、みんなの前で愛さんが断りにくい様に愛さんを誘って、今度は空木くんの前で誘い、贈り物まで用意している事。段階をちゃんと踏んで積極的になっていっている事を愛さんに説明する。
「私は統括会として、頑張っている倉本君を(ねぎら)っただけで、好き嫌いの話なんて一回も……ってどうしたんですか? 朱先輩」
 思わず愛さんの顔を覗き込んでしまったところで、
「愛さん。それは男性慣れの問題じゃないんだよ」
 わたしの家に着いたからと、また会話を中断する。


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