第87話 彼氏づくし(後)~ 二つの信頼「関係」~ Bパート 

文字数 4,219文字


 駅に向かう帰りのバスの中、人が少ないのもあって少し広めに席を使わせてもらう。
「……そう言えば今日、私がスカートだったらどうしたの?」
 結果的にはなだらかな遊歩道だったから良かったものの、普通に考えてスカートで出かけるような場所じゃない。
 それに優希君以外に恥ずかしい所を見せたくもないし、優希君もそう言うのは望んでないはずだし。
 ……まあ優希君に見せるのも恥ずかしすぎるから、ちょっと無理そうだけれど。
「……」
「……優希君?」
 黙る優希君を見て、男の人特有って言って良いのか分からないけれど、下心に気付く。
 でも不思議な事にあれほどメガネ男子に視線を向けられるだけで、例の大学生っぽい男の人に誘われるだけで嫌だったり、嫌悪感だったり、恐怖心だったりと後ろ向きな感情しか出て来なかったのに、優希君相手だと全くそんな気持ちにならない。
 それどころか、またいつもと違う優希君を見つけて、嬉しくさえもある。
「いや。それなら今日は別の場所にしようって思ってたし」
 何が別の場所なんだか。これだけしっかりと私の事も考えて準備して来てくれたのによく言うよ。
「そのカバンで? ……優希君のエッチ」
 そして気づけばまた私の唇を見ている優希君。
「いや待ってそれは誤解だって。万一の場合は優珠のトレッキングパンツを持って来てたから」
 私の言葉に大慌てで言い訳と言うか、種明かしをする優希君。
 優希君でも

には単純で分かり易い思考になるんだなって、また新たな一面を見た気がする。
 ――だからお付き合いを始めてからその人の色々な面を知るために二人で出かけるんだよ――
 本当に朱先輩の言う通りだなって思う。
 これを知っているって言う事は、朱先輩にもちゃんと想い人がいるのか一度聞いてみたい気もするけれど、
「……」
 あの時のナオくんって言う人の名前を出しただけで、すごい乙女顔になった朱先輩を思い出す。
 あの時は顔を真っ赤にして、目も潤ませて……別人かと思うくらい可愛かった。
 でもあれ以来名前を聞く事もないし、朱先輩がその人と会っている話も、朱先輩の家に毎週お邪魔しているけれど一度も見かけた事が無い。
 だから勘違いだったら大変だし、迂闊な事も聞きにくかったりする。
「……愛美さん? 怒った?」
 私が朱先輩の事を考えていると、そのまま黙ってしまったからか優希君が不安そうにしてくる。
「怒らないって。ただ優希君も男の人なんだなって考えてただけだよ」
 優希君の事から始まった寄り道思考なんだから、別に嘘をついているとは言えないはずだ。
「……誤解だから、僕に変な警戒心は持たないで」
 そうは言うものの、今度は私の胸部と唇に交互に視線を送る優希君。まあ男の人って仕方がないみたいだけれど。
「そんなにエッチだと、私も怖くて勇気が出ないかも」
 そう言いもって、もう一回人差し指を自分の口に持って行くと
「――っっ」
 優希君が見たことの無い表情を見せてくれる。
 私だけが優希君に夢中な訳じゃ無いって分かって、何とか優希君にもドキドキして欲しかった私は内心で満足する。

 そして最後。行きに2時間かかったのだから、帰りも2時間電車に揺られるに決まってる。
 帰りもクロスシートの窓側に座らせてもらえたのだけれど、いつの間にか眠ってしまっていたのか、車窓から見える景色がなんだか見覚えのある景色に変わっていた。
「……ん」
 私が少し体勢を整えようと身じろぎをすると、何故か窓側の方から手の感触がしたからギョッとして目をやると、なんと優希君が私の肩に手を回してくれている上、私が優希君の方にもたれ易い様に、優希君が私の頭に高さを合わせるように、肩の高さを合わせてくれているみたいだった。
「……」
 だったら今日は日曜日で遊び帰りの人が多い電車内。
 他人からは見えない様に、優希君とつないでいた手を恋人つなぎに変えて、優希君の腕を抱き枕代わりにして、優希君の肩に頭を載せて、もうひと眠りさせてもらう。
 そんな私の肩を、優しく眠りに誘うように叩いてくれたような気がした。


 そして最寄り駅にて途中下車をしてまで私を見送ってくれる優希君。
「今日は本当に楽しかった。ありがとう。でも今度は二人でちゃんと荷物を持って行こうね」
「ありがとう。愛美さんに喜んでもらえて本当に良かった。まだまだ愛美さんと見たい景色、行って見たい場所もたくさんあるから、

欲しい。それと僕が一緒にデートを楽しみたいって思うのは愛美さんだけだから。僕以外の男の人に慣れるとか本当にやめて欲しい。どうしてもって言うなら“僕”で“僕

”で慣れて欲しい」
「分かったよ。もう他の男の人となんて考えないし言わないから。ごめんね。それとありがとう。後、もしまた連れて行って貰えるのなら、優希君とお揃いのリュックとか水筒とか揃えたい」
雪野さんとの逢瀬を見て以来、私の手元から消えたお弁当箱と水筒。もしこれが優希君とお揃いで戻って来るのなら、少しは気持ちが紛れるかもしれない。
 ただあの空色の水筒は、私にとってお気に入りだったから寂しい気持ちは消えないと思う。
「分かった。その事はまた考えとく。とにかく今日は疲れたと思うから早く帰ってゆっくり休んで欲しい。そしてまた明日学校で愛美さんを見たい」
 そして優希君の口から出て来た、二人で一緒にって言う言葉と、自然に出て来る次のデートの約束。
 こんなに嬉しい事は無い。
「ありがとう。優希君も今日はゆっくり休んでね」
 そしてその幸せな気持ちを胸に、明日からはまた色々ありそうだと思いながら、自分の家へと帰る。


 優希君の言ってくれた通り、本当に疲れていたのか
「ただいま」
 時間的にはいつもの図書館帰りよりも少し遅いくらいの時間だったのに、家に帰ったとたんどっと疲れが押し寄せて来る。
「ごめん。さすがに今日は疲れてるから外食か出前でも良い?」
 私は疲れた体に鞭を打って……と言うほどでもないけれど、先にお風呂の準備だけはする。
 今日はたくさん歩いて汗もかいてるから――ひょっとして幸せ過ぎて気づかなかったけれど、優希君に汗臭いとか思われて無いだろうか。それに寝顔だって見られたんじゃないのか。
「……」
「……愛美?」
 優希君にどう思われているのか気になって疲れも忘れて立ち止まった私を不思議そうに見るお父さん。
「私、今汗臭いと思うから、自分の部屋にいる。だからお風呂が終わったら呼んでくれたら入るから」
 どうして気付かなかったのか。優希君の視線ばかりを気にしていて、自分の事をおろそかにするなんて、女子としては割と大きな失態じゃないのか。
 これじゃあ優希君の事ばかり言えない。自意識過剰にも程がある。
「分かった。じゃあ出前は寿司で良いか? ……」
「おっしゃあ! ……」
 お父さんの返事に大喜びする慶。だけれどいつもと違ってそこから先が続かない。
「何?」
 そう、疲れて帰って来た私を男二人が気にしているのだ。その上に私の汗臭い発言。
 私の家の男連中が気にしないはずが無かった。どうも優希君の事になると色んな私が顔を出すみたいだ。
「なあ愛美。今日は疲れるほど羽を伸ばしてきたのか? それもそんなに汗をかくほど」
「ねーちゃん今日は勉強じゃねーのかよ」
 私が二階へ避難しようかと思ったところに男二人共から声を掛けられる。
 でも今日の優希君とのデートの事、その中身の事は家の男連中に言う訳にはいかない。言ったら最後、お父さんがどう言う反応をするのか分からない。
 慶には別に良いのかもしれないけれど。ただそこからお父さんに回る事は想像に難しくないから、やっぱり慶にも言えない。
「金曜日に思いっきり羽を伸ばすって言ったでしょ。ただそれだけだって。それよりも私も早く入りたいから、お風呂沸いたら先に入ってよ」
 だから私は適当にはぐらかせて自室へ向かおうと――
「相手は誰だ? 友達か?」
「お母さん今、時間大丈――」
「悪かった。だから母さんにだけは――」
 お父さんが慶の前でまた良からぬ事を聞こうとしてきたから、お母さんに“カラ”電話をすると、お父さんが急に謝り出す。
 お母さんなんて怖くてお父さんは出来ないんじゃなかったのか。
「私、その事は

お母さんからちゃんと聞いてねって言ったよ? 次同じ事聞いたら

電話するからね」
 それに気が付いたお父さんが途中で言葉を止めたから、追い打ちを掛けさせてもらう。
「……最近母さんに似てき過ぎじゃないのか? 愛美」
 そりゃ親子なんだから多少は似るに決まってる。あんなに情熱的じゃないからあくまで多少だけれど。
「でも最近お母さん怖くないんでしょ? お母さんが怖くてお父さんなんて出来ないってよく言ってるじゃない」
「……」
 私の一言にすぐに沈黙するお父さん。私の家のお父さんはちょっと弱すぎるんじゃないかと思う。
「もうこのパターン定番じゃねーか。オヤジだっせぇ……」
 私は慶のトドメに近い一言を背に一度自分の部屋で休ませてもらう。


 その後お風呂を頂いて、出前のお寿司を何故か沈んだ空気の中で食べて、今日はそのまま明日の用意だけをして、早々に布団に入る。

題名:ハレンチ女
本文:ちょっとアンタ。わたしのお兄ちゃんに何吹き込んだのよ。くちびる唇ってだらしない顔
   ――じゃなくて必死でわたしに言い寄って来るんだけど。アンタだけのお兄ちゃんじゃな
   いんだから、カッコ良いお兄ちゃんを返しなさいよ。わたしだって考える事多いんだか
   ら、わたしにこれ以上面倒事を持って来ないでよ。いろんな事を真剣に考えてるわたしが
   バカらしくなるじゃない。後、わたしの目の黒い内はハレンチな事は認めないから

 優珠希ちゃんからのメッセージに気付くことなく。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
          「お父さん。今日のお昼の足しにしてよ」
              お父さんへの小さな感謝
           「ちょっと咲夜さんこっちで話そう」
              様子のおかしい咲夜さん
         「先輩方はもうお噂を耳にされましたか?」
               それは何の噂話なのか

     「……愛先輩って自分の事になると途端に頑固になるんですね」


           88話  表面化 ~ 見えない綻び ~
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