第87話 彼氏づくし(後)~ 二つの信頼「関係」~ Aパート

文字数 8,327文字


 私はトイレで一度自分の心を落ち着けてから、優希君の元へ戻る。
「愛美さん。あっち見てみて」
 私の姿を見つけた優希君が見て欲しい方角に指を向ける。何となくだけれど周りの人たちも同じ方向に顔を――
「すごい! 小さいけれどハッキリ見えるんだ」
 ――その先に見えていたこの国の一番を見て思考が止まる。
「僕もこんなにきれいに見えるとは思ってなかったよ」
 そう言って今度は湖畔を横目にする形で座り直す。
 でもこれは何とかして二人並んだ写真が欲しい。
「ねえあの人に少し声かけて来ても良いかな?」
 私は少し遠いけれど、おばさんたちが座ってるところを指さす。
「別に良いけど、どうしたの?」
「せっかくだから優希君と二人並んだ写真が一枚だけでも良いから欲しいなって」
「分かったすぐに行こう!」
 私の意見を聞いた優希君がそのまま立ちあがる。
 優希君も大賛成みたいで、私もすごく嬉しくなる。
 本当に今日は嬉しくなって、喜んでばかりいる気がする。


 そして年配のおばちゃんたちに色々(はや)されはしたけれど、本当に人が良さそうな人ばかりで写真をお願いした時も快く引き受けてくれた。
 しかも私たちが恋人同士だと分かったのか、ちゃんと手を繋ぐようにとか、もっと近寄らないととか、恥ずかしい思いもしたけれど私の携帯と優希君の携帯で何枚かとり直しもしてくれた。
「私この写真消さないで保存しておくね」
 優希君と並んで一枚の写真に納まったのは、よく考えなくてもこれが初めてだ。
 本当はこれを待ち受け画面にしたいところだけれど、これを家の男連中が見るかもしれないかと思うと、さすがにそんな冒険は出来ない。
「僕はこれ待ち受けにしようかな」
 そしたらまたまさかの優希君の発言。最近優希君と意見が合う事は増えている気がしなくも無くて、そこも嬉しい所だったりする。
「……ありがとう。私は少し恥ずかしいからもう少しゴメンね――っ?!」
 私の方も待ち受けに出来れば良いんだけれど、やっぱり家男連中の事を思うと何とも言えない。
 特にお父さんにだけはまだバレない様にしないといけない。そう考えていた所にまさかの優希君の行動。
 私は優希君が手を繋ごうとしてくれたから、それに応えようとしたところ、
 優希君がして来たのは、今までとは違うつなぎ方だった。
「突然過ぎた? 嫌だったら辞『ううん。このままで――このままが良い』――ありがとう」
 私の指と優希君の指が一本一本互い違いになるようなつなぎ方。交互に指を組むようなつなぎ方って言った方は伝わりやすいのかな。これならほんの少し握るだけで力を入れる事無く解けなくなる。
 恋愛初心者の私でも知っている繋ぎ方、恋人繋ぎ。
 山の中の湖畔。周りに知っている人は絶対にいない。夏だから暑いけれど湖畔のすぐ近くだから涼も取れる。
 私は心の中で一人言い訳を全て潰してから、いつもにもまして積極的な優希君の力も借りて、思い切って――隣に座る優希君の肩に頭を乗せる。
「――っ?!」
 優希君の肩に力が入るも、動く素振りも全く無いし、恋人繋ぎをしている手を振りほどく気配も全く感じない。
「暑いけれど、心地良いね」
 私としては山の中の湖畔前ってすごく涼しいねって意味で言ったんだけれど、
「愛美さんって二人だとすごく大胆になるんだね」
「――っ?!」
 優希君の言葉に大慌てで、頭をって言うか体を起こす。
「ち、違うよ? 私ははしたなくは無い……はず」
「ごめんごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど……僕はそんなふうに恥ずかしがる愛美さんも可愛いって思ってるけど、愛美さんは僕の事どう思ってくれてるの?」
「そりゃカッコ良いに決まっ……」
 言わされたと気づくも遅し。恋人繋ぎをしている優希君の手に力が入るのが分かる。
 でも優希君が喜んでくれているのも伝わるから、私の本心。無かった事にも隠したくも訂正もしたくはない。
「そうだよ。もう旅の恥は掻き捨てって言うから白状するけれど、優希君の事カッコ良いって思ってるし、これ以上私を優希君に夢中にさせてどうしたいのかなって思ってるし、昨日貰ったメッセージだってすごく嬉しかったから、保存までしてるんだからね」
 私も優希君にドキドキして欲しくて、私の思っている事をある程度口にしてしまう。
 その甲斐もあってか優希君の照れて赤らめた顔を見る事は出来たけれど、
「確かに旅の恥は掻き捨てって言うけど、僕は学校に戻ってもいるよ?」
「――っっ?!?!」
 もう穴があったら入りたい。しかも逃げようにもこのつなぎ方だと逃げられない。
「……優希君のイジワル。そう言うのは気づいてても口にしないのが優しだと思うケド」
「でも愛美さんの照れた表情、久しぶりにたくさん見られて僕はすごく嬉しいよ」
 しかもそんな言い方をされてしまったら、私の方は怒る事も言い返すことも出来ない。
「じゃあそろそろ帰ろうか」
 そんな空気にひとしきり浸ったところで、レジャーシートを片付けて、もう一度この国の一番の山を目に焼き付けて帰路に就き始める。


 帰りは峠を目指して歩くみたいで、ただひたすらになだらかなくだりではあったのだけれど、左手がガケ、右手が斜面になっていて、その間に人ひとり分の幅の道があるだけだった。
 ただ秋や冬でもないのに、その道は土ではなくて枯れ落ち葉がまるで絨毯のように土の上に敷き詰められたような道だった。
 そしてさっきの池でゆっくりと休憩をしたと言う事で、途中に休憩するためのベンチとテーブルが(しつら)えてあったのだけれど、そのまま通り過ぎてしまう。
 さらに歩き続けること30分程。それは実に唐突に表れる。
「はい。もうゴールだね。愛美さんもお疲れ様」
 久しぶりに見た気がするアスファルトの地面。もう高度が落ちているからか、鬱蒼とした木々の中だけれど、慣れ親しんだアスファルトを見ると帰って来てしまったんだなって思う。
「後はこの国の文化財に指定されている隧道(すいどう)を抜けたら終わりだから」
「……水道を抜ける?」
 私が疑問に思うと思わず優希君が笑う。
「違う違う。水道じゃなくて隧道(すいどう)。トンネルの事だよ」
 ならトンネルって分かり易く言ってくれれば良いのにと、優希君の後に続いて入り口まで来た時、トンネルの入り口に確かに隧道(すいどう)って書いてあって、長さ510mとの表記も合わせてしてあるのが目に入る。
「重要文化財だからそのまま読んだだけで、決して愛美さんにイジワルするためじゃないから」
 そう言って小さくごめんねって言ってくれる優希君。
 本当は文句も言いたかったけれど、標識を見ても何を見てもトンネルなんて書いてないし、優希君が謝るような事でもない。
「ううん良いよ。って言うか、よくそんな言葉知ってたね」
「こういうところ歩いてると、時々こう言う表記のしてあるトンネルがあるんだよ」
 そう言って説明までしてくれる。今日は色んな優希君を見てばっかりだ。
 本当に朱先輩の言う通り、二人でお出かけするデートって言うのはただ楽しむだけじゃなくて、より深くお互いの事を知るためには、大切な事なのかもしれない。
「じゃあゴールまでもうひと頑張り行こうか」
 そう言って優希君が先に歩いて行こうとするから、
「ちょっと待ってよ」
 元は車道だったっぽいアスファルト。私も優希君の隣に並んで歩く。
「このトンネル。510mって言う割には長そうに見えるね」
 車道だったとはいえ一車線しかないトンネル――隧道(すいどう)。その分だけ長く見えているのかもしれない。
 ただ今は使われていないからか、トンネル内部に明かりはあるけれど数が少ないから、どうしても薄暗い。
「5分かからないくらいだからすぐだって」
「……」
 別に怖い訳じゃ無いけれど、優希君の腕を借りる事にする。優希君も私の意図を分かってくれたのか、腕を掴み易い様に、体から腕を浮かせてくれる。
 この気遣いは雪野さんにはして欲しくないなって思いながら、薄暗い文化財の中、私は思い切って口を開く。

「私、何とかして男の人にもう少し慣れようと思うんだけれど、優希君は『そう言うのは辞めて欲しい。やっぱり僕じゃ不満?』――ううん違う。そうじゃない。そんな訳ない」
 薄暗い文化財の中、優希君が立ち止まる。
「私、倉本君の誘いを断りたいけれど、中々断れなくてそれを優希君に誤解されるのは嫌なの。それで優希君と喧嘩みたいになるのは嫌なの。倉本君に勝手な期待をされるのも嫌なの。だから簡単に倉本君からの誘いを断れるように男の人に対する耐性を付けたいの」
 だから私も立ち止まって、薄暗いトンネルの中、私も優希君もお互いの顔が見えない中、確かな温もりだけを感じて私の本音・心を優希君にぶつける。
「いつもの愛さんらしくない。どうして

男慣れする必要があるの?」
 言われて、気づいて、びっくりする。倉本君の誘いを断る

男性慣れをする。
 ほんの少し言葉を変えてしまうだけで、そう言う意味だとはっきりしてしまう。
「……ごめん。確かにおかしいよね」
 親友に言われても、朱先輩に言われても中々納得出来なかったのが嘘のように、一言で腑に落ちてしまった。
「愛美さんの心が僕から離れてしまった『そんな事絶対に――』仕方がないけど、そうじゃないなら愛美さんを誰にも渡したくない。今はまだ学生の身だから言うしか、言葉でしか僕の気持ちを伝えることが出来ないけど、愛美さんに対する気持ちは誰にも負けてないって言い切れる」
 姿や表情が見えていなくても、その気持ち・感情が全て私の方に向いているのが分かる、伝わる。
「確かに倉本と喋ってるのを見るだけで気分も悪くなるし、不愉快にもなるけど、愛美さんが男慣れとか言い出すくらいなら、全部我慢した方がマシだから。それでも僕以外の男と喋るなって言うのも無理だって事くらいは分かってはいるつもりだから」
「じゃあ倉本君に押し切られても良いの? 優希君がいない時だと断り切れない時だってあるよ」
 自分でもズルいって思う。自分が断れないのを人のせいにしようとしてるんだから。自分が普通に断れば済む話なのに。
 やっぱり自分でも私って面倒くさいなって思う。
「だったら僕で慣れてよ。僕以外の男に慣れる必要なんてない。前にも言った通り、ハッキリ言ってどんな男であっても、どんな理由であっても僕は愛美さんが他の男と仲良くしてるのを見るのは嫌だ。それに逆に考えて、僕だって雪野さんの事を断り切れてないからって、他の女の人で女性慣『そんなの嫌に決まってる。何でそんな悲しい……あ』――だから、これからも僕たちの間で、倉本や雪野さんの事で色々あると思うけど、僕は愛美さん以外の女の人と慣れる気は無いから、愛美さんも僕以外の男の人で慣れるのは辞めて欲しい」
 反対の立場で考えて

分かる事だったのに……
「分かったよごめん。さっきのは忘れて」
「嫌だ。愛美さんが何を考えていたかを忘れたくない」
「――っ!」
 だけれど、私が他の男の人と喋らないって言うのは無理だとしても、私がその時考えた事、思った事は知っておきたい、覚えておきたいと口にしてくれる優希君。
「ありがとう。じゃあ今まで以上に私が困ってたら助けてね。機嫌悪くなったら嫌だよ」
「それも多分無理だけど、愛美さんの事をもっと考えて行動するから」
 こんなに面倒くさい私でも良いって言ってくれるんだから、ありのままの私で良いって言ってくれたに等しい優希君の事、もっと好きになるに決まってる。
「じゃあ私の方も雪野さんとの事で目に余るようなら、口を挟むね」
「うんお願いする。こうやってお互いで少しずつでも分かり合って行ければいいね」
「――っ! うんそうだね」
“お互いに” “共に”私の目指していた言葉を口にしてくれた優希君に対して温かな気持ちが広がる。
「じゃあ行こうか」
「そうだね」
 薄暗いトンネルの中、腕を組んで歩くけれど、もうさっきまでの怖さは全く無くなっていた。


 そしてトンネルから出た時、久しぶりの明るさで目がくらむ中、今度は優希君が口を開く。
「出来れば明日からも優珠とは仲良くして欲しい」
 唐突の内容にもびっくりするけれど、さっきまでとは違って優希君の口調が固い。
「私もそう思ってるから今更だけれど、何かあったの?」
 トンネルを出た先にちょっとした休憩スペースと、公衆トイレがあったけれど、横目にそのまま通り過ぎる。
「まあ嫌でも明日学校に行けば何かの形で耳にすると思うけど、今回の件も優珠(ゆず)は悪くないって事だけは分かって欲しい」
 恋人繋ぎの上に、私が離れてしまわないようにかはちょっと分からないけれど、私が抱きかかえるようにしている方の腕を閉じてしまう。だから私の方が優希君に引き寄せられる形になってしまう。
優珠(ゆず)には確かに暴力的なところもあるし、制服もあんなんだけど家での優珠(ゆず)は全く違うから。愛美さんが見たら絶対びっくりすると思う」
 ひょっとして優希君はあの日の続きを話してくれているのか。
 今まで何度願っても中々口を開いてくれなかった、その度に信頼「関係」が足りないのだと涙を呑み続けて来た話を。
 私は少しでも優希君の近くで聞きたくて抱き込んでいる腕に力を込める。
「違うって家ではもっとお(しと)やかなの?」
 あの公園での所作、保健室であの腹黒を相手にしていた時のあの礼儀正しい受け答えが脳裏をかすめる。
「お(しと)やかって言うか、元々僕以外、いや僕と佳奈ちゃんだったかな? 以外はほとんど口を利かないくらい内向的な子だよ」
 私以外に名前呼びをする女の子がいる事に、嫉妬が沸きあがるけれど、それ以上の驚きが私の耳からもたらされる。
「内向的って……でも初めから私には遠慮も無かったし、手は出され――て無いけれど敵意はむき出しにされていたよ?」
 今更私の頬の事を蒸し返す必要は無かったはずなのに、思わず口が滑る。
「……隠さなくてもちゃんと愛美さんの気持ちは受け取ってるから大丈夫だって――だからその頬が優珠(ゆず)の事だってすぐには気づけなかったんだけど」
 そう言いながら私の頬の事を気にしてくれているような気がする。
「その事はもう良いって。私も綺麗に治ったし気にしてないから」
 その気持ちは嬉しいけれど、今は妹さんの話だ。
「多分優珠(ゆず)の中で、愛美さんの事を信用出来る“かも知れない”って無意識に感じ取っていたんじゃないかな。でないと優珠(ゆず)から喋りかける事なんて本当に無いよ」
 ――ホンマはそんな事思ってへんやろ? ホンマに優珠ちゃんがアカン思うたら口も利かへんし、目線も合わせへんやん――
 いつかの図書館でのやり取りを、盗み聞きみたいにしてしまった時の事を思い出す。
 あの時も私の事を話題にしていたみたいだったから、何となくは覚えてる。
 そして一つが繋がり始めると、気づきにくい事も多いけれど、今までの妹さんのアレコレに合点が行き始める。
「だから何の理由も無く優珠(ゆず)の方からトラブルを起こすなんて事は無いんだ」
「その理由とか、原因とか妹さんから聞いたの?」
「聞いていないって言うか、完全に塞ぎ込んでて金曜から一言しか口を利いてない」
 そして二人の間に見え隠れする全幅に近い信頼「関係」。妹さんの事と言い、自分の家の事をペラペラ他人に喋るもんじゃない事を差し引いたとしても、中々口を開いてくれない優希君にしてもまだ知らない事は多そうだ。
 ――間違いなく理不尽な事・しんどい事の方が多いから――
 その上あの時の妹さんの言葉。まだまだ口を開いて貰えてなさそうな事も多そうだけれど、あの日聞かせてもらえなかった事を聞かせてもらえたって事は、それだけ私に対して信頼を置いてくれているって事の裏返しって取れなくもない。
「でもそれなら優珠希ちゃんの事、放っておいて良かったの? 優希君優珠希ちゃんの事大切にしてたよね」
 今日みたいなデートは想像した事も、見聞きした事も無かったけれどすごく楽しかったし綺麗だった。
 映画やカラオケだと見たり歌ったりだけで、一緒にいても会話は出来ないけれど、今日みたいなのだと喋る事も手を繋ぐことも出来る。だけれど、悔しい事に優希君の中では“まだ”妹さんの方が信頼は高いし、大切にもしているはずなのだ。
「そうだけど、僕にとって愛美さんは誰にも渡したくないくらいには大切な人だからどっちかなんて選べない。だから今日のデート、愛美さんにとって楽しかったかどうか、本音でちゃんと教えて欲しい」
 優希君が緊張しているのが伝わる。そして優希君が私の顔と言うか、ある一点に集中しているのが分かる。
 でもこれ以上は恥ずかしすぎるからその視線には気づかないフリをさせてもらう。そうしないと恥ずかしすぎてどうにかなってしまいそうだから。
「……初めは何をするのかも、あんなところ入って行ってどうするのかも分からなかったから、怖い気持ちの方が強かったけれど、一緒に山の中を歩いて、知らない優希君の表情や一面を見て新しい優希君を知ることが出来たし、何より上から見えた景色はとてもキレイだった。それに空があんなに近くに来るのも初めてだった。だから楽しかったって言うよりかは、また優希君と一緒に歩きたい。ただ次から私も優希君と一緒にリュックを担いで一緒に歩きたい」
 私が本音で長々と返事をすると、優希君からの告白を受けた時のように下に垂らした手で拳を作ってくれる。
 本当に嬉しかった時にだけ見せてくれる優希君の癖なのかもしれない。
 それでも視線だけは私のある一点から外れない。
 私だって知らないフリをしているだけで気づいてはいるのだから、恥ずかしさはどんどん上がっていく。
「……」
 だから視線を少し外してもらおうと、ネックレスに手を触れる。
「――っ! ま、まあ、ありがとう。優珠も喜ぶよ」
「喜ぶ?」
 優希君の視線の先に私が気付いている事に気が付いたのか、大慌てで視線を逸らす優希君。
「そう。優珠の中で自然が好きな人、本当に花が好きな人に悪い人はいないって考えを持ってるから」
 そう言えばあの髪飾りも、大きめの傘にも、あのお弁当の包みも、そして手紙への封緘(ふうかん)にも全てなにがしらの花柄を使っていたっけ。
 ひょっとしたら妹さんの事だから、その花にも意味があるのかもしれない。
「それにこれは優珠にバレたら怒られそうだけど、今日迷った僕の背中を押してくれたのは優珠だよ」
 ――あのオンナの前で余計な事ゆうと怒るわよ――
 本当に人の信頼「関係」って目に見えにくいけれど、こう言ったふとした時に感じるものなんだなって改めて実感する。
 そしてなんだかんだ言ってあのお兄ちゃん子の妹さんが私の応援をしてくれていると思うと、学校では色々とややこしいけれど、自信と力が漲って来る。
「分かった。じゃあ私も優珠希ちゃんの事を信じるよ」
 信頼には信頼を。信用には誠実を。私を応援してくれているのなら、私に対して何かしらでも信用できるかもしれないと思って話しかけて来てくれた妹さんならば、私の好きな人も全幅の信頼を置いてくれているのもあるし、何より私自身がもっと妹さんと仲良くなりたいから。
 だったら私の方からも妹さんに気持ちが届くように行動しないといけない。
「ありがとう愛美さん。本当に愛美さんが彼女になってくれて良かった。愛美さんを好きになって良かった」
 一体今日はどうしたと言うのか。さっきから私のネックレスには一向に目を向けずに、優希君がまた私のある一点を見つめながら、私への想いを口にしてくれる。
 そして目の前に現れる国道とバス停。どうやら初めとは違う場所に出て来たみたいだ。
「優希君? 今日は色々な事を教えてくれてありがとう。でもこれ以上は“まだ”恥ずかしいから」
 バス停でバスを待つしばらくの間、私は自分の人差し指を、自分の唇に持って行く。
「……」
 それを目で追った優希君の喉が鳴る。
「それか、優希君が雪野さんをはっきり断ってくれたらね――」
「――え?! でもそれは愛美さんの方がフォローしてくれるって――」
「――あのバスで良いんだよね?」
 もちろんさっきの今だから自分の言った事くらいは覚えているに決まってる。
 でも私だって女の子なんだから、好きな男の人の前では少しくらいワガママになりたい。
 それに女心としても理解して欲しいし、私にドキドキもして欲しい。
 つまるところ私に対する“好き”を頑張って欲しかったりするのだ。
 こんなの自分でも面倒くさい女だって思うけれど、他の誰でもない、優希君がそれでも良い、私が可愛いって言ってくれたんだから、甘えさせてもらうのだ。


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