第85話 信頼「関係」の自立 ~信頼と依存の違い~ Bパート

文字数 5,510文字


 暑い夏だからとエアコンを入れてから、愛さんの前には冷たいココアを、わたしの前には冷えた紅茶を用意して話を続ける。
「それだと空木くんはちっとも安心できないし、倉本くんも期待してしまうんだよ」
「優希君も確かにそんな事を言ってましたけれど、私の意見って言うか気持ちも聞いて理解もしてくれましたよ」
 愛さんが不満そうにするけど空木くんの気苦労は手に取るように分かるし、なによりよっぽど愛さんの事が好きなのか心が広すぎるんだよ。
「愛さん天然って言われたことない?」
「……先週も朱先輩。同じ事言ってました」
 そう言えば先週、空木くんからもそんな事言われたって言ってた気がするんだよ。どう聞いたって同じ感想しか出そうにないんだからこればっかりは仕方が無いんだよ。
 先週に続いて同じ事を言った不満なのか、わたしにふくれっ面をしてくるけど、よく考えたら愛さんの一番の理解者でいたいわたしよりも先に、わたしの知らない愛さんを見つけた空木くんにはちょっと物申したいんだよ。
「愛さん? 空木くんの前で倉本君を褒める理由が分からないんだよ。それに逆の立場になったら、空木くんが雪野さんを褒めたら愛さんはとっても悲しくなると思うんだよ」
「そうなればとても悲しいとは思いますが、私、倉本君を(ねぎら)っても優しくした事は無いですよ。昨日も彩風さんに酷い事言った倉本君に対して、キツ目の事も言ってますし」
 人によって態度を変えないのは愛さんの数少ない悪いところの一つなだけで、愛さんが空木くん以外に興味が無いのは分かるけど……空木くんもご愁傷様なんだよ。
 でも空木くんは愛さんの良さをちゃんと分かってくれているみたいだから、わたしの中には嬉しい気持ちもある。
 だからちょっとだけおせっかいを焼いて、空木くんにも少しは安心してもらえるようにするんだよ。
「愛さんのその悩みだったら、男性慣れをしなくても良い話だから、一度空木くんと話し合ってみると良いんだよ。それにその倉本くんを褒めたり、労ったりするのはもう一人の幼馴染さんの彩風さんにお任せしておけば良いんだよ」
 空木くんがそんな事を望んでる訳が無いのだから、男性慣れだけは辞めてもらうように考え直してもらう。
 と言うか愛さんの事が大好きな空木くんなら、怒るんじゃなくて、愛さんの気持ちを聞いた上で、一緒に考えて、愛さんを納得させてくれそうな気がするんだよ。
 それに何となくだけど、そう言う話が出来るだけの信頼「関係」はもうある気がするんだよ。
「……分かりました。明日のデートの時、思い切って私が思ってる事を優希君に聞いてみる事にします」
 少し考えはしたものの、抵抗なく出て来た空木くんの名前とデートと言う単語。
 そして空木くんに依存することなく、愛さん自身の意見もちゃんと言えているみたいだから、本当良い関係の中で信頼「関係」を築きつつあることも分かる。
「またどうなったかを教えてくれると、わたしも安心できるんだよ。じゃあそろそろ夜ご飯の準備をするんだよ」
「いつもありがとうございます」
 そして何とか愛さんの男性慣れを止める事は出来る算段が付いたところで、夜ご飯の準備を今日は二人で始める。


 そして夕食も終わって帰るまでのひと時、テストの結果と穂高先生の事を聞こうと話を振る。
「テストは朱先輩に教えてもらいましたから大丈夫でしたけれど、あの腹――保健の先生、私を見た瞬間嫌な顔をするわ、無視をするわ、親友をエサにするわでもう最悪でしたよ」
 わたしが一言聞いただけで愛さんの中の穂高先生の印象が次々と出て来る。
「挙句の果てに自分から時間稼ぎをしておいて私に追い縋って話を聞こうとするわ。失礼な事を聞きますけれど、朱先輩とあの腹ぐ――あの先生って仲良かったんですか?」
 本来なら怒るところかもしれないけど、先週の事を思い返すと、わたしにとっては嬉しい事でしかない。
 それに愛さんの言う通り穂高先生と仲が良かったわけじゃない。ただ口は堅くて良識を持っていて信用

出来そうだったから、あの手この手を使ってわたしの “お願い” を聞いてもらっていただけなんだよ。
 それとちょうど1週間前に愛さんの話を聞いたわたしが、久しぶりに穂高先生の声が聞きたくなって、電話をした時に直接愛さんの事を“お願い”しただけなんだよ。
「仲はともかく信用

しても大丈夫なんだよ。愛さんが思ってるほど穂高先生は悪い人じゃないんだよ。だから愛さんがあの先生に対してワガママを言ってもちゃんと受け止めてくれるんだよ」
 そう、ちょっと色々と不器用なだけで根はまじめで、とっても良い先生なのは間違いないんだよ。
「……朱先輩。今ものすごく機嫌良くないですか?」
 何を言い出すかと思えば、そんなの当たり前なんだよ。
 穂高先生なんかに愛さんが気を許す訳が無いんだよ。
「愛さんと喋る時はわたしはいつも嬉しいんだよ」
 でもこの事はわたしだけが知っている、わたしだけの“秘密の窓”。たとえ愛さんが相手でもこの窓は開けない。
「分かりました。朱先輩がそう言ってくれるなら私もちゃんとあの腹ぐ――先生と話をしてみます」
 愛さんがあの穂高先生の事を腹黒と言いかけるのを耳にしていると、いくらお世話になった先生と言っても、ポッと出の先生なんかに愛さんを任せられないと考えているわたしの心が、甘さで満たされる。

 愛さんの話を聞いていたら、親友の事、イジメっぽい何かがある事、担任の事、空木くん・倉本くんの事、たくさんの事があって忙しそうなんだよ。
 それは愛さんにとってかけがえのない経験と宝物になる事は間違い無いだろうけど、愛さんが疲れてしまわないかとっても心配なんだよ。
 だからって訳じゃ無いけど、せめてわたしといる時は、ううん。これからは信頼「関係」の自立が成立しつつある空木くんと一緒にいる時も含めて、願わくば愛さんを大切にしてくれるだけじゃなくて、広い心で愛さんの良い所も分かってくれている空木くんにも、愛さんの絶対の味方になって欲しいと思う。
「愛さん。わたしと愛さんの間では遠慮は無しなんだよ。本当にいつでも何時でもどんな事でも、連絡をくれて良いから。私の前では取り繕う必要は無いんだよ」
 そしていつもの言葉を愛さんにかける。でもこの言葉ももう少ししたら変わるのかもしれない。
「わたしはどんな事があっても愛さんの味方だから。だから愛さんはもう少しワガママになっても良いんだよ。だから今度は愛さんの気持ちを空木くんにもぶつけてみると良いんだよ。愛さんの事が大好きな空木くんならとっても素敵な答えを出してくれると思うんだよ」
 今まで三年間同じ言葉を言い続けて来ただけに、この言葉を変えるのは嬉しくもあり寂しくもある。
 それはわたしと愛さんを繋いだ大切な言葉だから。この事はいつかどこかで語る日が来るような気がする。
 でもわたしの気持ちよりも、何かに怯える愛さんが一人ぼっちになってしまわない様に、可能な限り愛さんの力になれたらと願う。
「いつもいつも本当にありがとうございます。また明日優希君と話した事を、朱先輩に話しますね」
 その名前以上に可愛い笑顔を消したくなくて。


―――――――――――☆ わたしの秘密の窓  完  ☆―――――――――――


 朱先輩と話し込んで遅くなった私が家へ帰る途中、優希君から明日の連絡が無いなと寂しさを胸に携帯を手にすると、

題名:明日の予定
本文:連絡遅くなってごめん。明日、少し遠出になるから早い時間だけど午前八時に駅前で待ち
   合わせでも良いかな? どこで何をするかは明日の楽しみにして欲しいから今は内緒で。

 少し前に優希君がメッセージで連絡をしてくれていた。さっきまで感じていた寂しさはどこへやら。
 私が優希君からのメッセージに目を通した後は、明日はいつもの図書館じゃ無さそうな、遠出のデートを楽しみに、

題名:楽しみにしてる
本文:明日遠出するんなら私、お弁当作ろうか? それと明日はスカートの方が良い?

 まだまだ優希君や妹さんに及ぶ自信は無いけれど、それでも優希君の彼女として、優希君に喜んで欲しくて、私を、私だけを可愛いと思って欲しくて、優希君の希望を聞く。
 そしてしばらく間を空けた家に着く直前に

題名:もっと好きになって欲しい
本文:明日は愛美さんに喜んで欲しいから、準備は全部こっちでする。僕はどんな愛美さんでも
   好きだけど、あんまり可愛すぎて倉本みたいな男が現れるのは嫌かな。明日は一日愛美さ
   んと一緒にいたい。

 届いた優希君からのメッセージを迷わず保存する。
 倉本君に対しての嫉妬とか、私が可愛いとか、それにこれ以上私を優希君に夢中にさせてどうしたいのか。
 やっぱり単純な我が家の男二人とは違って、このメッセージの中のやり取りの中から明日優希君が喜んでくれそうな服の組み合わせを考えながら
「ただいまー」
 家の中へと入る。


 私がとても幸せな気持ちで家の中に入ったとたんに鼻につくスパイスの匂い。
 嫌な予感がして少し速足でリビングに顔を出すと
「おかえり愛美。少し残ってるの食べるか?」
「ねーちゃん。今日は外で飯食って来るって言ってたよな」
 出前を取ったのか、ピザとコーラを口にしている二人。
 昨日の食材であるとか、今朝置いておいた書置きの紙であるとか、言いたい事、聞きたい事はたくさんあるけれど。
 まずはせっかく優希君からの嬉しすぎるメッセージを貰って、気分良く帰って来たのに、そのほとんどが台無しだ。
「お父さん。私が朝書置きしていた紙は? 昨日の食材はどうしたの?」
 いやそうは言ってもやっぱり聞かずにはいられない。
 明日まで置くとなると、お野菜は使えると思うけれど生ものである魚はもう無理なんじゃないか。
「いや、やっぱり俺たちでは作るの無理だったから、出前にした」
 悪びれも無く答えるお父さん。
 出前で良いのなら明日も出前にしたら良いと思う。
「……分かったよ。じゃあ明日からお父さんと慶は出前ね。私一人分しか作らないから」
 そう言い残してまずはお風呂の準備を済ませる。
 その時点でやっと私の機嫌が悪い事に気が付いたのか、
「いやっちょっと待て。俺たちじゃこんなの作れないから出前にしたんだよ。ほら、今日は愛美もゆっくりするって言ってたから、わざわざ夜ご飯の為に連絡なんて出来ないだろ」
 最もらしい理由をこねて来るけれど、ただの言い訳にしか聞こえない。
「だったら昨日は私がご飯作って、今日二人で食べに行っても良かったんじゃない? この食材どうするの? 私捨てるの嫌だよ?」
「慶も美味しそうに食べてるけれど、お姉ちゃんのご飯よりもピザが好きなら、明後日からは自分で用意しなよ」
 自分だけ知らんフリなんて私がさせるわけがない。
「いやこれもオヤジが頼んでくれたんじゃねーか。なんで俺のせいになるんだよ?」
 そんなの同罪に決まってる。
「ちょうど良いんじゃない? 慶、今月お小遣いが少なくてお姉ちゃんにお弁当作って欲しかったんでしょ? だったら今お父さんに頼んでお小遣い増やしてもらったら良いじゃない。そしたら毎日ピザでも食べられるよ」
 もう慶にお弁当は作らないって私は決めてしまう。
「おい親父! どうしてくれんだよ?! 親父がねーちゃんに頼んでくれるって話だったんじゃねーのかよ?」
「スマン慶久。お父さんの力じゃ多分もう無理だ。せめてお母さんに慶のお小遣いを増やすように頼んでやるから」
「話が違うじゃねーか。だいたいあのババァに頼んで小遣い増えんのかよ」
「じゃあ慶久がお姉ちゃんに頼めるのか? 無理だからお父さんに頼んで来たんじゃないのか?」
「ば?! 何でねーちゃんの前でその話をすんだよ」
 そして始まる情けない親子での責任の押し付け合い。
 本当に優希君と違い過ぎて溜息すら出る気がしない。
「私。明日早いから、お風呂沸いたらすぐに入ってね」
 この上明日の予定にまで差し支えたら笑えないからと、男二人をせっつく。
「明日の予定って……明日も朝から出かけるのか? 夜ご飯はどうするんだ?」
 今の自分たちを差し置いて何を言い出すのか。
「ちなみに夜ご飯、明日も食べて帰って来るかも知れないから、お父さんたちは自分で用意してね」
「夜も食べて帰って来るって朝から晩まで出かけるのか?」
 ご飯を心配しているのか、私の相手を気にしているのか、父さんの言葉がだんだんと支離滅裂になりつつある。
 何でお父さんにそんな事を正直に答えないといけないのか。それにその件はお母さんに聞いてって昨日お願いしたばかりなのに。
「じゃあ私。明日の為の準備をするからお風呂早く入ってよ……そうそう。さすがに今日の事はお母さんに電話しておくから。ご飯を作る人の身にもなってね」
 私はそれだけを言い残して、明日の服装を決めないといけないからと自分の部屋へと向かう。
 その背中でお父さんと慶の断末魔みたいな叫び声を聞きながら。
 ホントにこっちが叫びたいよ。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
        「ありがとう。じゃあ行こうか。はいこれ切符」
              気合の入った遠出プラン
          「今日はたくさん手を繋げそうでしょ」
              手を繋ぐためのプラン?
       「そうだよ。金曜日の日は残念で仕方なかったから」
               優希君の素直な気持ち

             「……優希君のイジワル」

     86話  彼氏づくし(前) ~二人の時間・開く秘密の窓~
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