第82話 鼎談(ていだん)~大人の責任・子どもの権利~ Bパート

文字数 4,330文字


 私は教頭先生の意図を汲んで少しだけ思い返してみる。
 私としては、本当に友達なら言い易い蒼ちゃんだけじゃなくて、私に不満があったなら私にちゃんと言って欲しかった。私の親友である蒼ちゃんを傷つけて欲しくなかった。
 対してあの時実祝さんは、蒼ちゃんの事ばかりではなく、実祝さんを友達として見てくれているのならば、ちゃんと私に向き合って欲しかった。蒼ちゃんのついでみたいな付き合いはして欲しくなかった。
 そして蒼ちゃんの方は純粋に私の事を友達と思ってくれていた実祝さんともっと仲良くしたかった。“姫”の件も乗り越えたかった。
 三人共の想い。気持ちを思い返してみてもちゃんとお互いの事を思った意見や主張はある。間違っても女子グループが蒼ちゃんや実祝さんに向けるようなやっかみや、嫉妬の気持ちだけじゃないと言い切れる。
 だから私は胸を張って
「はい。地面は元よりもしっかりと踏み固められると信じられます」
 言い切る。
「……確かに養護教諭からの話の通り、良い笑顔ですね」
 そんな私の顔を見た教頭先生が、いや生活指導の先生までもがまた驚く。
「そう言えば保健の先生から時々教頭先生の名前をお伺いしますが、私の事で何かの話をされたんですか?」
「話したと言うより、イジメや喧嘩の原因や問題、解決方法などが無いかと言う職員会議での話になった時、あのテスト順位の交渉の時の話をしたんですよ」
 あのイジメとやっかみの話なのかもしれない。
「お前らが他人の足を引っ張る事しか考えないから、俺らも余計な事を考えないといけなくなるんだ。俺らの時は弱きを助け強きを挫くの精神を学んで来たのに、今の子は何だ。自分ばかりを可愛がりよって……人に優しくする気持ちは持てんのか」
 対して生活指導の先生は間違ってはいないとは思うけれど、昔の考え方を口にする。
「ちなみに職員会議では岡本さんの名前は出してはいませんよ。後から養護教諭の話を聞いて、名前を出しても良いかと、いや、出す必要があるかと判断してお伝えしています」
 さっきの個人情報の話、教頭先生は概ね同意だと言ってくれた。
 だけれど今回は本人の承諾が無くても出す必要があったと、言い直した事を考えると、本当に必要だったのかも知れない――そしてふと気になる。
 何気なくの中でそのまま受け入れそうになってはいるけれど、どうして勝手に名前を出されていたにもかかわらず、~かも知れないなどと、真偽を確かめもしない内から教頭先生の事を信用しそうになっているのか。
 もちろん信用していなわけでも無いのだから、悪くはないのだけれど、おかしい。
 ジョハリの窓から言っても“解放の窓”言わば共通の窓はほとんど開いていないはずなのに、どうしてなのか。一度朱先輩に聞いてみようと思う。
「でも保健の先生も私から話を聞き出そうとするだけで、私からの質問には何も答えてくれません」
「さすがは養護教諭。人が悪い」
 教頭先生もまた穂高先生は腹黒いと思ってくれていたのか、私の言葉に苦笑いを見せてくれた後、
「養護教諭には特別な守秘義務がありますから、余程必要との判断をしない限り口は開かないと思います」
 ああ、さらさら言う気も無いのに匂わせるだけ匂わせるのか、あの腹黒は。
 ただまあ、喧嘩やイジメに関する話だけだったら、他でも無いこの軟禁された場所で私も踏み込んでしている。
「それってイジメや、やっかみのような話がった場合、私たちにも知らされていない事があるって言う事ですか?」
 聞いても中々口を割ってくれない蒼ちゃんの事、一向に口を滑らせる気配の無い女子グループ。この場でもこんなにも匂わされているのに、私の親友の事なのに教えてもらえないのか。
 私は親友の力になれないのか。思わず悔しさが滲み出てしまう。
「……岡本さんは知らない事は罪だと思いますか?」
「……」
 柔和な笑みを消した教頭先生がまっすぐに私を射抜く。
「無知は罪って言いますよね」
 私が迷いなく答えると、
「養護教諭が口を割らない理由が分かりました」
「なんですかそれ! そうやって大人は何でも隠して、私達の事を子ども扱いするんですかっ!」
 誰に何をいくら聞いても答えてもらえない鬱憤が思いがけず教頭先生相手に爆発する。
「おい岡本っ! なんだその口の利き方はっ!――」
「――先生結構です。これは“鼎談(ていだん)”です。それに、こういう教育が学校ではなく、本来大人が未来を担う子供たちに教える事だと私は思いますよ――」
「――教頭先生がそうおっしゃるなら……」
 教頭先生の冷静な対応に、不承不承と言った体で引き下がる生活指導の先生。
 そして所々に出て来る“鼎談(ていだん)”と言う言葉。まるで私とこうなる事を予測したかのような教頭先生の冷静さ。
 私が考えている間に、
「では岡本さんに次の課題です。どうして養護教諭が岡本さんに口を割らないのかを考えて下さい。先ほども言った通り、養護教諭の中にもちゃんとした理由があります。もちろんその理由は守秘義務とは別の理由です」
 私に対してあらかじめ用意していたかのような課題。私の中で教頭先生に対する疑念が強くなる。

 対して教頭先生はあくまで冷静に私に対応するその姿に、疑念は持ち続けたまま、冷静さを取り戻す。
「ただ、これだけだと分からないと思いますので、ヒントと考え方を出します。まずヒントの方ですが、“無知は罪”と言う考え方は、

であると思って下さい。そしてもう一つが『善意の第三者』これを考えて下さい。岡本さんの事ですからすぐに

調

、その言葉の意味を知ることになるとは思いますが、どうしてそう言う意味に、取り扱いになるのかをよく考えてみて下さい。そしてその答えが分かった時点で、担任の先生を通す必要はありませんから、私か養護教諭に答えを述べて下さい。合っていれば恐らくは岡本さんが知りたいと思っている事のほとんどに答える事が出来ると思います。ほとんどと言いましたのは、一部相手の同意、意思の尊重が必要になるからです。それ以外の他意も底意もありませんよ」
 何と学校の先生が無知は罪ではないと言う。
「良いですか? この問いは相手の気持ちに、

では分かりませんよ。

ないと分かりませんよ。でも私は岡本さんなら分かると、気付けると踏んでこの問いを出しています。一度ゆっくりと考えてみて下さい」
「分かり……ました」
 教頭先生が言うのならばと納得している自分も不思議だけれど、どうもはぐらかされた気がしないでもない。
 ただ、教頭先生は真剣だったし、また聞いたことの無い言葉も出て来た。
 それに第三者って……自分の事も分からないのにこれは本当に難しそうだ。
「それと岡本さんには言っておきますが、学校側としてもその片鱗くらいは把握しています。そしてこのまま黙認すると言う事だけはありませんから、そこだけは安心してください」
 私の事を気遣ってか、つまりは学校側としても

、何かを掴んでいるって事で。
「ちょっと教頭先生。いくらなんでもそれは――」
「――大丈夫です。個人情報やプライバシーに関しては、統括会の書記をやっているくらいです。巻本先生や養護教諭の話からしても、恐らくはこの学校の生徒で一番信頼を置けると思って良いと思います」
 それにしても教頭先生からもいつの間にか信頼されているような気がしないでも無いけれど、ホント何でかな。
「それでは岡本さんとの鼎談(ていだん)はこんなものでしょうか? 生活指導の先生からは何かありますか?」
「いえ私は元々教頭先生の付き添いみたいなものでしたから」
「そうですか。それでは次に雪野さんを呼んで来てもらえますか? 思ったより岡本さんと鼎談(ていだん)をしていたので、外で待っていると思います」
 そして気が付けば本題が始まらないまま終わろうとしているのを慌てて止めにかかる。
「あの! 会長の倉本君から雪野さん交代の話を聞くためだって聞いていたんですけれど」
 本題無しでこれだけ長い時間喋って、はい終わりなんてあるのか。
「はい。もう岡本さんからは“雪野議長の交代は反対”だと聞きましたが違いましたか?」
「――??」
 どうして知っているのか。いや、どうして分かったのかが正しいのか。
 今の会話の中で雪野さんの“ゆ”の字も出ていないし、交代の“こ”の言葉も無かったはずなのに。
「いえ。それで合っています」
 でも私の考えだけは分かったと言うのか。
 なんかもう交渉とかそんな次元ですらなかった。いつ何の話をしていたのかが分からない。
 気が付けばいつの間にか終わってしまっていたと言う感想が正しいのかもしれない。
 ただその理由だけはちゃんと伝えておいた方が良いと思って、
「あのその理由は――」
 もう一声かけたのだけれど
「――建前と本音があるみたいですが、今は考えを聞いただけですから、また交渉の場まで岡本さんの考え方は楽しみに取っておきます」
「――っ?!」
 そしてその理由すら話せないまま、私の用意している理由まで分かったのだろう、教頭先生がその日を楽しみにしていると言う。
 いやでもこれ、いつ話をしたのかも分からない。
 どうして私の考え方、意見が分かったのかも、分からない。
 しかも理由まで二つある事まで分かったと言う。
 さっきの教頭先生からの問いよりもこっちの方がよっぽど難しいんじゃないだろうか。
 こんな先生相手に雪野さんの交渉するとか、ホントに出来るのか。
「それじゃあ。改めて雪野さんをお願いして良いですか?」
「――はい」
 そして結局何がどうなったのか、気が付けば教頭先生から新しく課題を貰って、人生初の私の“鼎談(ていだん)”は終わった。


「失礼しました」
 私が廊下側の扉から応接室を出ると、
「……お疲れ様です」
 何故か私に対して不満そうな視線を投げた後、
「――失礼します」
 雪野さんが何かを言う前に応接室の中に入って行く。
 私はそれを見届けた後、取り敢えず部活棟三階にある役員室へと向かう事にする。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
         「倉本君近いって! ちょっと離れてよ」
           そしてどんどん積極的になる会長
    「おい倉本。そんな愛美さんばっかり見てたら相手に失礼だろ」
            当然それを快く思わない優希君
             「……遅くなりました」
            鼎談から遅れて入室する議長

     「今日はその手で雪野さんにたくさん触れたんだから嫌だよ」

      83話  人を育てる難しさ ~怒ると叱るの使い分け~
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