第82話 鼎談(ていだん)~大人の責任・子どもの権利~ Aパート

文字数 6,260文字

 昼休み、咲夜さんとちゃんと話してスッキリとまでは行かないけれど、やっぱり実祝さんとの事を咲夜さんに任せて良かったなって思いながらの午後の授業が終わる。
 ただ、目を赤くしながらでも私と一緒に教室を出て行った時と比べて、明らかに晴れやかな空気を纏っていれば、当然咲夜さんグループが面白くないのは分かる。
「おい咲夜。昼休み岡本と何話したんだよ」
「いや、そんな大した話はしてないって」
「そんな訳ないだろ。目を赤くしてそう言うって事は、岡本に脅されたのか?」
 咲夜さんから話を聞こうとするまでは勝手にしたら良いけれど、そこに悪意の誘導を聞いて取れるから、本当面倒臭い。
「え? せっかく友達の背中を押して会長との仲を取り持ったり、あの男子の紹介までしたのに?」
「岡本って男も選び放題だから調子乗ってんだよな」
「いやあたしは友達の――う……うん。なんか他に好きな人がいるらしくて……」
「――それって担任か?」
「そうじゃなく――『おい咲夜。みんな咲夜の事心配してんだから、正直に言えって。でないと――』――担任だから秘密にして欲しいって」
 終礼までの短い時間、咲夜さんをグループみんなで取り囲んで、咲夜さんの言葉をことごとく封殺して話を作り上げて行く咲夜さんグループ。
 これで咲夜さんの事を友達、心配してるって言うんだから、本当におかしい。
 ニュースで流れるいじめの話を聞く度に、友達と仲良く喋っていただけって言う状況がこう言う状況なのだと思わせるような模範にしか見えない。
 さっき咲夜さんが私に言った
 ――あたしには愛美さんのグループに入れって言ってくれないの――
 言葉を覚えているから、間違いなく無意識だろうけれど、私には見せてくれつつあると分かる咲夜さんの秘密の窓。
 だから私は咲夜さんグループのやり取りを茶番劇のように見えていたのだけれど、
「……」
 蒼ちゃんは無表情で、一方実祝さんは、私の危惧している通り悲しそうな表情で、それぞれ咲夜さんグループのやり取りを見ている。

 私は、時々でも咲夜さんとのやり取りをしているから、二人よりかは咲夜さんの葛藤、心情を理解しているつもりだ。
 職員会議か何かが長引いているのか、担任の先生もまだ来る気配の無い教室内、私の中では“まだ”咲夜さんを叱ったりするつもりは無いし、昼休み私が(こいねが)った事を口にするつもりもまたなかったりする。
 けれど、せめて咲夜さんが自分で自分の気持ちに気が付いた時、いわば“盲目の窓”を開けることが出来た時、少しでも動き易い様に、ほんの少しでもわだかまりが早くなくなるように、そして蒼ちゃんや実祝さんが仲良く、温かな関係が作れるように、私は咲夜さんの味方をしようと、確実に咲夜さんに対して良い印象をもう持っていないであろう蒼ちゃんの元に足を運ぶ。
「愛ちゃん。本当は昼休み

人と何を話したの?」
 そして蒼ちゃんからの開口一番の一言に、私の危惧している事が現実になりつつあることを思い知らされる。
 ただ蒼ちゃんにはそんな呼び方はして欲しくなくて、

人って誰の事?」
 蒼ちゃんの口から名前を呼んでもらおうと聞き返す。
「愛ちゃんの気持ちは分かるけど、蒼依にとっても愛ちゃんは特別だから、さ――アノ人の事は名前で呼びたくない」
 でも蒼ちゃんから返って来た言葉は、嬉しくも寂しい上、自分が口にした言葉で蒼ちゃん自身もまた、傷ついてしまっていると、その痛々しい表情で分かってしまう。
 そんな蒼ちゃんの表情を見てしまうと、みんながいる教室内、蒼ちゃんに喋りかけるクラスメイトはもういないにしても、この話はするべきではないと判断する。
「蒼ちゃん。今日の夜電話しても良い?」
 だから、場所や時間を変えてゆっくりと話が出来ればと思ったのだけれど、
「蒼依はもちろん大丈夫だけど、今日愛ちゃんの家って、ご両親が帰って来るんだよね。それに電話で話をするだけで満足出来る? 納得出来る?」
 両親を、

家族を大事にしている私にとっては痛い所をついてくる。
 もちろん私としても、口ではああ言ったとしても、お父さんと慶が一緒に寝たりしている話をお母さんから聞く限り、慶にとってもだとは思うけれど、両親が帰って来てくれるのはとても嬉しい。
 でも私にとっては蒼ちゃんとする話もとても大切なのだからどちらかを選ぶなんて事は出来ない。
「確かに電話でする話じゃ無いとは思うけれど……」
 かと言って教室内でする話でも無いし。
 女の子二人だけで夜、外で話をするのもアレだし。
 今日は面談と統括会、明日は朱先輩とのテスト明けのボランティアと課外活動だし、日曜日は優希君からいつ誘ってもらっても良いように空けておきたいけれど、蒼ちゃんを放っておいたまま優希君と二人の時間を楽しめるわけも無いし……時間のやりくりを考えている間に
「スマン遅くなった」
 担任の先生が来てしまったから、話も約束も中途で終わってしまう。


「先生ー。俺たちも部活に行きたいんですけど何してたんですかー?」
 先生を真似たお馴染みの間延び口調で、男子生徒が落ち着きなく聞く。
「ああ悪い。来週の二者面談の日程を組むのに時間がかかった」
 そう言って私の方にまた視線を送る。
 まさかとは思うけれど、進路を決める大切な二者面談の時に、話を聞くとか言い出すつもりなのか。
「そんなの明日で良いんで、文字通り今年で最後の夏の大会なんですから早く俺たちに部活させて下さいよ」
「おまえなー明日で良いって言うが、明日は土曜日だぞー。それでも良いってんなら俺はかまわんけどなー」
「それならもっと早くしてくださいよー」
「お前らなー。休み返上で働いている俺たちの事も少しは(ねぎら)えよー」
 男子生徒の軽口に冗談交じりに返す先生。みんなの前でだけ見せる先生と、私の前でだけ見せる先生。
 穂高先生と同じようにどっちが本当の先生なのか。
「じゃあ必要な連絡事項は朝礼の時に済ませてあるから、日にちと時間の書いた面談用紙を渡した者から流れ解散にするからなー」
 いつもより大きめの喧騒の中、先生がうまく教室内の生徒をさばいていく。
 ある程度名簿順に二者面談の日程用紙を配っているはずなのに、蒼ちゃんの方が先に面談用紙を受け取る。
 蒼ちゃんが先生から面談用紙を受け取ったのを見て、さっきの話の続きをしようと、
「蒼――」
 声を掛けた時、先生が私の名前を呼ぶ。
「――……」
 私は開けた口を一度ふさいで、先生の所へ向かうのを蒼ちゃんだけが見ている。
 先生から渡された紙にざっと目を通すと、来週の水曜日、15日の夕方からだった。
「……少し待たせる事になるが、ゆっくり話。しような」
 私が軽く目を通した間合いを見計らって、先生が口を開く。
「……先生。それは進路の話だけなんですよね」
 人が減ったとは言え、教室の中。蒼ちゃんの事、相談の事、穂高先生とのやり取り、その全てにおいて先生には話すつもりはないと言う事を、遠回しに牽制する。
「……」
 その牽制に対して先生の方は図星だったのか、言葉を詰まらせる。
「今から私、教頭先生と生活指導の先生との面談なんですよね。大体の時間と言うか、放課後と言うのは伺いましたが、場所はどこですか?」
 先生が答えないと言うのなら、私の方からはこれ以上する話なんてない。
「……応接室だが、職員室に顔を出してくれれば、後は話が通っているはずだ。なぁ岡本――『じゃあこの後統括会もあるので失礼します』――」
 私は先生の話には取り合わず、あの穂高先生と喋った応接室へと向かう為に準備をする。
 私達が話し込んでいたにもかかわらず、不穏な視線も空気も感じないなと思っていたら、蒼ちゃんを含むほとんどの生徒が教室からいなくなっていた。
 私は放課後の教室。先生と二人きりはゴメンだとばかりに、足早に応接室へと足を運ぶ。


 私が職員室に顔を出すと、
「何をしてたんだ! 生徒の模範となる人間が時間も守れんのか」
 生活指導の先生が噂に違わず、高圧的な態度で私に注意してくる。
「生活指導とは言っても、頭ごなしに生徒を注意すると言うのは頂けませんよ――こうして顔を合わせるのは久しぶりですね。岡本さん」
 そしてその後ろから教頭先生が私の名前を出して労ってくれる。
「ですが教頭先生。社会に出る前に時間を守ることの大切さを教える事も、我々の――」
「――ですがではありませんよ。取引相手が遅れたからと言って、相手の言い分も聞かずに頭ごなしに決めてかかる人間を我々の学校から送り出してどうするんですか。昨今は人命優先。途中で何か事故などの現場に居合わせた時、時間よりも救助・介護の方が優先される時代ですよ。時代に合った教育を行うのも我々学校側の責任です。ですから理由を聞いてからです」
 先生たちのやり取りを見て、毒気を抜かれた私は
「いえ。こちらこそ来週の面談の日程の話をしていて遅れました。お待たせしてすみません」
 経緯はどうあれ、お待たせさせたのには間違いないのだからと私は、頭を下げる。
「……これは失礼しました。生徒の前でする話ではありませんでしたね。それではこちらへどうぞ」
 そして私は二回目となる応接室へと、教頭先生に案内される。


「会長である倉本君にはお伝えしてありましたが、今日は面談とは言っても“鼎談(ていだん)”ですから気楽にして下さい――“鼎談(ていだん)”と言う言葉は知っていましたか?」
 場を柔らかくするためか、教頭先生が目元を柔らかくして私に尋ねて来る。
「いいえ。初めて聞く言葉で知りませんでしたので、辞書を引きました」
 確か面談の三人版みたいな事が書いてあったはずだ。
「まあ学生の間で経験する事はほとんどの生徒が無いはずですから、これも良い経験として下さい」
 教頭先生があの柔和な顔を浮かべる。
「そう言えば岡本さんとは、巻本先生を通して“雨降って地固まる”の話をしましたね。覚えていますか?」
 本当に気楽にして良いのか、倉本君から聞いていた本題である雪野さん交代の話はまだしないつもりみたいだ。
 その証拠に何の関係も無い、以前の話を持ち出してくる教頭先生。
「はい。覚えています。確かあの時はお互いの主張や意見をぶつけ合った場合のケンカなら“雨降って地固まる”のことわざは使えますが、主張や意見をお互いが持たない、あるいは一方的な意見の押しつけや、やっかみなんかはケンカにもならないと言う話を、担任の先生を通してしたかと思います」
 あの日、巻本先生から口頭での質問を受けて以来、音沙汰がなくてずっと気にはなっていたのだから、忘れる訳がない。
「そう言えばあの時、岡本さんはあの時その場で即答したそうですね」
「はい。少しは考えましたが、私なりの経験を通して答えたつもりです」
 確かあの時巻本先生もその場で即答して驚いていた……ような気がする。
 正直先生の事はあんまり覚えていない。
「そうですか。今までも学生なりに良い経験を積んできているのですね」
「ありがとう……ございます?」
 そしてそれはどいう言う意味なのか、いや褒めてもらえているのか、おじいちゃんみたいな柔和な笑みに変わる。
 いやこの教頭先生はまだだいぶ若そうではあるけれど。
「なんだその返事の仕方は」
 生活指導の先生が私に対して物申そうとしたところで
「構いませんよ。これは鼎談(ていだん)ですし、今のがそれほど失礼に当たるとは限りません」
 生活指導の先生をたしなめた後
「では岡本さん。あれ以来岡本さんは誰かと喧嘩をしましたか?」
 さっきの質問の直後にこの質問。ケンカの意図を問われているのだろうか。少なくとも普通一般的な喧嘩とは意味合いが違うと言う事だけは分かる。
「はいあります。と言うか今ケンカ中です」
 私は実祝さんとの事を思い浮かべて答えるとそんなに私が喧嘩する事が意外だったのか驚く二人。
「それは誰と、いつ、どこで、誰から、どのようにして、理由は何ですか?」
 ただ驚くのは一瞬。柔和な表情で、目だけは鋭くする教頭先生。
「巻本先生に答えてから、しばらく後の放課後の教室で、私の方から友達とお互い口を利かないと言うケンカをしています」
 明確にどっちからって言うのはハッキリとは言えないけれど、いくら私にも考えがあるとは言え、みんなの意見を聞かずに口を利かないと決めて実行しているのは私なのだからこれで良いはずだ。
「私は岡本さんに理由も聞いたと思うのですが。理由は無いんですか?」
 ただあの教頭先生が、意図した私の答えを聞き逃すはずがない。
「それについては言えません」
 ただ私の方も、それは当事者だけの話なのだから、ただですら事情も知らない部外者が首を突っ込んで話がややこしくなって、いじめみたいになってんのに、巻本先生を見ていると、たとえ教師だろうがペラペラ他人に喋るような事じゃないとしか思えない。
 それに今この話に限っても、あくまで私と実祝さんとの話であって、たとえ先生相手でも部外者を巻き込むつもりはない。
 余計な先入観を持たずにその人の感性、物の見方で人と接して欲しいと思う気持ちがあるからだ。
「おい岡本! 教師に対してその口の利き方は何だ! 社会に出ても上司に向かってそんな口の利き方をするのか」
 するとしばらく黙って聞いていた生活指導の先生が、私に向かって注意をしてくるけれど、今度は教頭先生も何か考えがあるのか、今度は生活指導の先生をたしなめたりする気はないみたいだ。
「失礼ですが、業務上・学校運営での話なら話す必要はありますが、今している私個人の話は下手をしたら個人情報の話になりますよね。いくら今喧嘩しているとは言え、相手の同意を得ずに他人にこの話をしようとは思いません」
 だったら私の方も自分の意見を言わせてもらう。
 これは鼎談(ていだん)だって言うのなら、私だって言いたい事は言っても良いはずだ。
 ……それを分かっているから私は、蒼ちゃんから無理やり聞き出すと言う事も出来ないし、担任にも話すような事はしていない。
「統括会の人間が屁理屈をこねるようでは話にならんな」
 生活指導の先生に対して納得が行かなかった私は、そのまま反論させてもらう。
「お言葉ですが、私が統括会だからですよ。生徒間同士のトラブルを解決するのに、他の生徒の事を平気で喋る、学校側との話し合いの事・食い違いの事をペラペラ喋る統括会の事、学校側として、何より一人の人間として先生は信用できますか?」
 人の話を聞くのが楽しい事は間違いない。聞く側に立っている時はそれで良いかもしれないけれど、言われる側に立った時、同じように楽しいと思える人間は果たしてどのくらいいるのか。
 信用出来ると思って勇気を出して打ち明けたにもかかわらず、自分の知らない所で平然と口にされていた事を知った時、どう思うだろうか。
 自分が反対側に立った時の事を思えば、考えるまでも無い事だとは思うけれど。
 私が言い切ったのを確認して、生活指導の先生が何かを言いかけた時、初め職員室で顔を合わせた時のように、目元までを柔和な表情に変えたと言うか、戻した教頭先生がそれを止めてしまう。
「岡本さんの言いたい事は分かりました。私もその考え方には概ね賛成です。ですので少しだけ質問を変えます。この質問ならちゃんと答えられるはずです――岡本さんとその友達との喧嘩が無事に終わって仲直り出来た時、ちゃんと地面は固まりますか?」


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