第84話 束の間の日常 ~小さなトラブルの種~ Bパート 

文字数 5,362文字


 翌日いつもの時間に目を覚ました私は、昨日用意しておいた服に着替えて、新着のメッセージランプが点滅していたから、目を通すと

題名:今日はお泊りなんだよ
本文:今日は愛さんが全部喋ってくれるまで家に帰さないんだよ。それにわたしは愛さんが
   とっても大好きなんだよ。

 何を想像したのか、突然どうしたのか、朱先輩からの突然の泊りのメッセージに、私への気持ちを書いたメッセージが返信されていた。
 文面から伝わる朱先輩から私への気持ちに嬉しくて心がポカポカしたところで、いつも通り晴れている方の飲み物と昨日の私への労いの言葉は何だったのか、まあお父さんの方は私達のために頑張ってくれているから小言をうつもりは無いけれど。
 ただ作るつもりは全く無いけれど、お弁当の件はもう良いのか、慶の口先だけの中途半端さにため息をつきながら、まだ眠っている男二人の分の朝ごはんも合わせて用意しておく。
 お母さんのいない朝の静かなリビング。明日優希君が私にどんなデートを誘ってくれるのか楽しみに想像しながらのんびりと過ごす。
 まあ昨日のあの感じからすると手は絶対につなぐことになるだろうけれど、それだといつもと変わらない。
「……」
 私は自分の手を見つめる。
 この手は男の人だと優希君くらいしか繋いだ事が無い。もちろんお父さんとは繋いだ事はあるけれど、さすがにこの
 年になって繋ぐ事はない……事も無いけれど、さすがに親子なら数に入れなくても良いよね。
 一度は性的な目で見られた慶とはもちろん繋いだ事は無いのだから、個人的には優希君以外とは繋いだ事は無いと言い切っても良いはずだ。ただ優希君の方はどうなんだろう。お付き合いを始める直前には妹さんと出かける事は
 結構あるって言っていたし、何より雪野さんとは手を繋ぐどころか、腕を組んで歩いているような事を妹さんや、中条さんから聞いた事もある。
「……」
 思い出しただけで嫌な気持ちと言うか、何に対してか分からない嫉妬が生まれるけれど、今の問題はそこじゃ無い。
 私が優希君の彼女なんだから、私で一番ドキドキしてもらわないといけない。
 と言うより、私だけがドキドキしていて、優希君だけがいつもお澄ましと言うのが納得いかない。
「んー」
 どうしたら優希君がもっと私でドキドキしてくれるのかを考えている間に、いつもの時間になったから結局どっちも起きて来なかった男二人に
『今日もゆっくり外で食べて来るから、昨日買った材料でホイコーローとブリの醬油煮が作れるから今日はお願いね』
 書置きだけをして朱先輩との待ち合わせ場所であるいつもの公園に向かう。


 私がいつもの公園に近づくと、いつも通り朱先輩が公園の出入り口で私を待ってくれているのが目に入る。
「愛さんこっちこっち。一週間ぶりなんだよ」
 メールにも滲み出ていたけれど、いつもにも増して機嫌が良いのか、朱先輩も私を見つけて嬉しそうに私に小さく手を振ってくれる。
 それでも先々週の事があったからか、無意識に朱先輩の元へ駆け寄ろうとした足が止まる。
 あの私より少しだけ年上の男の人と、私の視線が合ってしまったから。
 そして思い出してしまう。そう言えば私、優希君以外の男の人と不可抗力とは言え手を握ったんだった。
「……」
 そう思い至ると何となく優希君に悪い事をした気になってしまって私の気分が落ちる。
「大丈夫なんだよ。わたしが何とでもするんだよ――このレディにまだ何か用ですか? この子は今週もわたしとパートナーを組むので他を当たって下さい」
 当然朱先輩がそんな私に気付かない訳が無くて、私の手を取ってにっこり微笑んだ後、私を背中に隠すようにして男の人に塩対応をする。
 姿を見ただけで、視線を合わせただけで今日は何をされたと言う訳でもないのに、こんなに動揺してしまうものなのか。思ったよりショックを受けてしまっていた事に、二重のショックが私を襲う。
「用って言うか、何回か一緒にパートナーを組んでもう知らない仲じゃ無いんだし、先週いなかったから気になったんですよ」
 言いながら私の姿を一目見ようとしているのか、朱先輩の横から私を覗き込もうとしているのが分かる。
「私は大丈夫ですから……」
 少しでも早くこの気まずい空気をどうにかしたくて、自分から姿を現すものの、その先の言葉が出ない。
 なんでいつもの学校の時のようにハッキリと断れないのか。そんな自分に首をかしげながら自己嫌悪に陥っていると
「わたしの可愛いレディを困ら『なんだい! 騒がしいと思ったらせっかく来てくれた

の尻をまた追っかけてるのかい! 全く情けない。女から声を掛けられるくらいにならないでどうすんのさっ! ――ってなんだいそのモヤシみたいな体は! こんなんで痛がるなんてホンっと情けない男だねぇ。分かったらとっとと余所行きな!』――あなたなんてお呼びじゃないんだよ」
 前の時も助けてくれたおばさんが、朱先輩よりもすごい迫力であっという間に文字通り

帰してしまう。
「……」
 背中から結構な音がしていたけれど、かなり痛かったんじゃないかって思う。
「二週間前に続いて情けない男に目を付けられて災難だったねぇ。あんなしょうもない男に気を遣う必要なんてないよ。ああ言ったしょうもない男には、むしろハッキリとお断りって言ってやった方が相手の為になるってもんさ」
「先々週に続いてありがとうございました」
「別に良いってもんだけど、ハッキリ断って、男にこれじゃ駄目だって教えてやって、良い男にしてやるのも良い女の務めだからね。断り辛いんならそう考えると良いんだよ。それとそっちのお嬢ちゃんもいつまでも顔を真っ赤にして怒ってると、せっかくのベッピンさんが台無しだよ」
 それだけを言って満足したのか、そのまま公園に入って良く後ろ姿にありがとうございましたともう一度声を掛けながら見送っていると
「ちょっと朱先輩。何で機嫌が悪くなってるんですか」
 顔を赤くして頬を膨らませた朱先輩が私の方に振り返る。
「わたしだって愛さんのために頑張ったんだよ」
 今まで無意識で緊張していたのか、朱先輩の言葉に思わず吹き出してしまう。
「あ~愛さんが今わたしの事、笑ったんだよ」
「違いますよ。いつも通りの朱先輩で安心しただけですよ」
「愛さんがわたしに嘘をつくんだよ」
 本当の事を言っているのに何故か拗ねてしまった朱先輩と、朝から問答を始める事に。
「朱先輩は私の事を信用してくれないんですか?」
「……あのおばさまの事は?」
「これで助けられたのは二回目ですね」
「あ。愛さんが浮気なんだよ。また、またっ。あのおばさまに良い所だけ持って行かれてしまったんだよ」
 そう言って顔を真っ赤にしたまま目を潤ませる朱先輩。本当にこの人はどれだけキレイな上に可愛いのか。
 なんか優希君と朱先輩を合わせたらいけない気がする。そうは思ったとしても、私のその気持ちと、朱先輩に対する私自身の気持ちはやっぱり別だから、
「そんな事無いですよ。今回の事だけじゃなくて、朱先輩には感謝してもしきれないくらい、たくさんの事を私に教えてくれたり、私の心も含めて守ってくれたりしてくれているじゃないですか。本当にたくさんの事でいつもありが『もう良いんだよ。愛さんがわたしの事をそう思ってくれてるだけで嬉しいんだよ』――とうございます」
 朱先輩にお礼を口にすると、その途中で朱先輩に抱きしめられる。
 少しの間そうしていると、
「じゃあ今から一緒に道具を貰いに行って河川敷まで行くんだよ」
 そう言って今回も一波乱ありはしたものの、朱先輩と二人でいつも通りの美化活動が始まる。


 いつもなら朱先輩と二人でゴミを集めて行くはずなのに、
「今日はうちらがビンやら缶やらを集めて行くからね」
「燃えないゴミはこっちで集めて行くから、燃えるごみを中心に集めてもらっても良いかな」
「ありがとうございます?」
 どう言う訳か、主に私の方に入れ代わり立ち代わり女の人が声を掛けてくれる。
 嬉しいのは確かだけれど、朱先輩と喋る時間と言うのか、間合いが無いのが逆にもどかしかったりするけれど、朱先輩の方はどうなのかなと思って様子を窺ってみると
「ええもう大丈夫ですよ。ありがとうございます」
 別の人と普通に対応しているようには見えるけれど、何となく少しだけれどご機嫌が傾いている気がする。
 そんな少し物足りなくも、もどかしい活動をつづけながら河川敷まで来た所で、待機していたゴミトラックにゴミを一度積む。
 それから美化活動の後半戦、河川敷のゴミ拾いをしようと朱先輩と遊歩道の方へ足を向けた時
「本日はお二方様ともご参加いただけて良かったです」
 主催者らしき人から声を掛けられる。
「えっと。それはどいう事でしょう?」
 手を繋いだままもう片方の手で私がゴミ袋を、朱先輩がトングを手に聞き返す。
「いえ、先週お二方様ともご参加なされなかったので、あの男性の件でご参加を辞められたのかと不安になっていたのですよ」
 例の男の人の話だったからなのか、私の手を握る朱先輩の力が一瞬だけ強くなった気がする。
「先週はこのレディの試験がありましたので、その勉強を一緒にしていただけです。それにわたしの方に用事がある時も、たまに参加を見送っていますよ」
 そして朱先輩の対応を聞いて、ご機嫌が傾いている事を確信する。
「それなら良いのですが、先々週に続き今日もトラブルがあったとお伺いしまして、もしお二方様がご希望されるのでありましたら、先方様には何か理由を付けてご辞退頂く事も可能ではございますが、如何致しましょうか」
 そのタイミングでの主催者からの提案。今の朱先輩ならあるいはの返事をしてしまいそうだからと、今度は私が朱先輩を握る手に力を込める。
「お気持ちは嬉しく思わない事は無いですけれど、あの男性も善意で参加してくれているんでしょうから、そこまでしなくても私の方は大丈夫です」
「でも今このレディが言った事をあの男性に伝えるのはくれぐれもお控えくださいね」
 私の言葉に慌てて付け足す朱先輩。
「分かりました。では相手の男性にはこちらからは特に何もお伝えしませんので。お二方様のご厚意に感謝申し上げます」
 そして少しだけご機嫌が傾いている朱先輩との美化活動後半戦が始まる。


「愛さんがとっても優しいのは嬉しいんだけど、みんなに優しいのは納得が行かないんだよ」
 朱先輩が拾ったゴミを私が持つゴミ袋中に入れながら、おもむろに優希君と同じような事を口にする。
「優しいって言うか、善意まで否定する事は無いと思いますし、言われる側の立場に立つのは大切だって朱先輩が私に教えてくれたんじゃないですか」
 そして遊歩道沿いに落ちているゴミを拾い集めて行く。
「そうなんだけど。愛さんだってあの男性から言われる側の立場になるんだよ。それにこの前、愛さんの手が震えていた事をわたしはまだ覚えてるんだよ」
 朱先輩が私の事を心配してくれているのがにじみ出ているくらいには分かる。
「でも朱先輩の近くにいたらさっきみたいに守ってくれるんですよね」
 さっきのおばさんの事を思うと答えは一つだ。
「もちろんなんだよ。あんなどこぞの分からないおばさまに愛さんを任せられないんだよ」
 だけれど朱先輩の私に対する想いは、私が思うよりもまだ深いみたいだ。
「それはさすがにあのおばさんに失礼ですよ」
 その気持ちは嬉しいのだけれど、いつもの朱先輩らしくない。
「愛さんの言ってる事は分かるんだけど、それだと納得いかないんだよ」
 明確に言葉には出来ないけれど、朱先輩の言いたい事は分からないでもない。今日の事、先週くらいから私に対して隠す事が無くなりつつある倉本君の好意の事を思うと、
「やっぱり

男性慣れしないと駄目だなぁ」
 どうしてもそう言う結論になってしまうのだ。
「……愛さん? それだけは絶対ダメなんだよ。そんな事を考えるなら、今からでも主催者さんに言って、あの男性には辞退してもらうんだよ」
 でもこの件に関しては朱先輩も何故か敏感になって私を止める。
「あの男性の事も無いではないんですが、理由はそれだけじゃないんですよ」
「ひょっとしメッセージにあった“男の人ってすごい”ってあった?」
 そして一発で思い当ててくる朱先輩。
「そうなんですが、その事はお昼にお話ししますね」
 そう言った直後からの朱先輩の動きは、早くゴミ袋を一杯にしようと思ったのか、かなり早かった気がする。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
       「そんなに急がなくてもちゃんと話しますって」
               早く聞きたい朱先輩
       「それにしてもあのお姉ちゃん人気者ですよね」
               ある少女との会話
      「……朱先輩。今ものすごく機嫌良くないですか?」
         人の気持ちは色とりどりの万華鏡のように

     「夜も食べて帰って来るって朝から晩まで出かけるのか?」

      85話  信頼「関係」の自立 ~信頼と依存の違い~
           サブタイトル:わたしの秘密の窓
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