第83話 人を育てる難しさ ~怒ると叱るの使い分け~ Aパート

文字数 6,377文字


 私が役員室へ入ると
「愛先輩お疲れ様です」
 雪野さん以外の全員が揃っていた役員室の中、いつも通り彩風さんが声を掛けてくれる。
「ごめんね。なんか先生の話が長くなって」
 気が付けば1時間では済んでいないくらいは話し込んだんじゃないだろうか。
 前にも増して最近は本当に露骨になりつつある倉本君からの押しが無い事に私が安堵していると、
「……」
 どうも優希君と倉本君の仲がまた殺伐としている気がする。
 雪野さんが面談……じゃなくて鼎談中で、全員揃っていないからどうしようかと思ったのだけれど、このよく分からない殺伐とした空気の理由が聞きたくて、飲み物の準備をするために彩風さんに声を掛ける。
「いや、霧華は鼎談(ていだん)を昼休みにしたって聞いてるからたまには俺が手伝うぞ。だからゆっくり待っていてくれ」
 ところが彩風さんが椅子から立ち上がったところで、倉本君も同時に立ちあがって、彩風さんの頭を少しだけ乱暴に撫でる。
 それに対して彩風さんは不満げな表情をするも、そこだけは嬉しそうに返事をして椅子に座り直す。
「いつもスマンな。今度からは俺も手伝えることは何でも手伝うから気軽に呼んでくれ」
「……」
 そして私の所へ来て、その好意を隠すことなくみんなの前で出す倉本君。
 当たり前かもしれないけれど、そんな私たちを優希君が不満そうに見てる。
「ううん。お水を沸かすだけだから倉本君も座って待っててよ」
 元々は彩風さんから二人の間の空気について聞く口実と言うか、タイミングが欲しかっただけなのだ。
 ただ今のやり取りと雰囲気だけで何となく私が原因なのだけは分かってしまった。だから、私から倉本君に改めて聞くような事は何もないし、これが優希君ならもう少し出来る話もあったとは思うけれど、倉本君相手だとそれも無いから中々話が弾まない。
 それどころか、優希君の視線を感じる私としては倉本君よりも優希君の機嫌の方が気になって仕方がない。
 だから一人でも大丈夫だって事を倉本君に伝えたのだけれど、
「昼間の友達の事、大丈夫だったか?」
 何を思ったのか、倉本君の吐息がかかるくらい、私に顔を近づけてお昼の咲夜さんとの顛末の事を気にしはじめる。
「ちょっと清くんっ!」
 当然そうなると端から見たらどう見えるのか。と言うか、こういう所はやっぱり優希君と全く違う。
 押しの強い方が良いと言う人もいるとは思うけれど、好きでもない人からこれだけ押されると私としては困るとしか思えない。
 小声で話すという配慮をしてくれたつもりなんだろうけれど、それなら今話すのは辞めて欲しかった。
「倉本君近いって! ちょっと離れてよ」
 だから少しでも離れてもらおうと、さすがに倉本君を押しのけるために、倉本君に触れるのは抵抗があるから、私の方から一歩ではなく二歩下がらせてもらう。
 こんな至近距離で男の人の顔を見た事が無いから、好きとか嫌いとかではなくて生理反応としてどうしたって顔が熱を持つ。
「ちょっと副会長もこれから会議だって言うのに、何かないんですか?」
 私が優希君に助けを求める視線に気づいてくれたのか、私の代わりに彩風さんが声を掛けてくれるけれど、
「おい倉本。愛美さんの邪魔をするならここで座ってた方が早いだろ」
 優希君が私と視線を合わせてくれない。
「ほら。優希君も彩風さんもああ言ってくれているんだから、ゆっくり座っててよ」
 それでもここぞとばかりに倉本君に離れてもらう。
 そしてこの時期に熱い飲み物はどうかと思い、氷を入れて各々に配り、微妙な空気の中で
「えっと。雪野さんはいなくて良いの?」
「ああ。雪野抜きで確認したい話があるから先に始めたい」
 じゃあ私に気を回さずさっさと始めれば良いのにと心の中で思いながら、一旦雪野さんのいない統括会が始まる。


「もう先週から言って昨日・今日で雪野を除く全員が鼎談(ていだん)をしたと思う。そこで最後に確認だが、雪野をどうするのか三人の意見をもう一度だけ確認したい」
 議長である雪野さんの代わりに会長である倉本君が、私たちを見渡しながら話を進める。
「アタシは賛成です。バイトバイトってアタシ達が学校側と一緒になってどうするんですか。清くんや愛先輩が言ってくれているように、大切なチームだって言う“和”を壊してるのは冬ちゃんの方じゃないですか」
 そして間を置かずに交代に関して賛成の意を示す彩風さん。
「幸いにも今回は違反者がいなかったから良かったですけど、バイト以外にも中間の時にもあった部活動の件など見るところ、チェックする事も本来ならば学校側の耳に入る前にしなければいけなかったはずじゃないんですか?」
 更に理由まで一緒に口にする彩風さん。
 私とは全く考え方は違うけれど、言っている事の筋は通っているから、私は口を挟まずに耳を傾ける事にする。
「……空木はどうだ?」
「僕は愛美さんと“同じ”で、交代には反対する。理由に関しては組織の目標とか目的と言う意味では、まとまっている方が良いとは思うけど、だからってその考え方までは同じじゃなくて良いと思う」
 先々週くらいから聞こう聞こうと思いながら、色んな事が重なって中々聞く機会が無かった優希君の意見・言葉。
 先週も飛び出して行った雪野さんを追いかけて、昇降口で話している間に男子同士で話した事を倉本君から聞いただけだったから、直接優希君から聞けた意見が私と同じだったからかなり嬉しい。
 ただその理由についてはさすがに同じとまではいかなかったけれど。
 もちろんだけれどこの事も優希君とのお揃いのシャーペンで議事録には記録しておく。
「で、岡本さんは?」
 そして私が記入し終えたのを見計らったタイミングで、私の意見を聞いてくれる。
 こう言う所は本当にみんなの事を見て相手のペースに合わせてくれる倉本君。
 こういう所は本当に周りを見てくれるのだから、それを彩風さんにも生かしてくれれば女の子側としては言う事無いのに。
「……」
「私も優希君と“同じ”で、雪野さんの交代には反対。理由はやり方はどうあれ、雪野さんを含めてみんなが他の生徒が少しでも過ごしやすくなるように、一生懸命に行動・活動・考えているのを見ているし、その記録もつけてる。それなのにここで交代してしまうと私たち、特に倉本君の指導力不足も露呈してしまう事になってしまう。
みんなの記録を付けている私からすると、そこはどうしても納得出来ないかな」
 前に聞かれた時の建前の方の理由を口にする……さっきの鼎談(ていだん)での感じだと、教頭先生には全てバレてしまってそうだけれど。
「……」
 ただ何をどう取ったのか、私が口にした理由に倉本君は私の方に熱っぽい視線を向けて来るし、一方で優希君は私の方に不満そうな視線を向けて来る。
 私としては特に変な事も、誤解されるような事を言った覚えもないのだけれど、いったい何がいけないのか。男の人の考え方が分からない。この辺りの事も男の人慣れが出来れば全部解決する気がするんだけれど……。
 私の戸惑いとは関係なく、倉本君が私に熱っぽい視線を向けたまま
「と言う事は鼎談(ていだん)を終えた今でも、事前に聞いたのと変わりなく、交代の要望に対して賛成1・反対2って事だな」
 初めに言ってた通り倉本君自身の意見は全く入れずに、みんなの意見をまとめる。
「おい倉本。そんな愛美さんばっかり見てたら相手に失礼だろ」
 ただ倉本君の熱っぽい視線に対して私が視線を上げられないで困っていると、先週わたしを守ってくれると優希君が約束してくれた通り、彩風さんと一緒に助け舟を出してくれる。
「女子に対して露骨な視線は相手に対して失礼だって。そうでなくても男子の視線に女子は敏感なんだから」
「あ、ああ。それもそうだったな。岡本さんの俺への思いやりと言うか気遣いが嬉しくてな。スマン」
「……」
 ただそれに対して男性慣れをしていないからか、私の方はどうして倉本君からそんな感想が生まれて来るのか意味が分からない。その上、どうして熱っぽい視線を向けられるのかもイマイチ分かっていないから、彩風さんに視線で確認したら何でか驚きの表情をしているだけで、答えてはくれない。
 だから次の一言を言っても良いものかどうか迷いはしたのだけれど、私たちは一つのチームだと事あるごとに倉本君が言っていた事を思い出すと、
「私たちだけじゃなくて倉本君の意見も教えてよ。打算の入った意見って言うのがどう言うものか聞いてみたい気もするし、別に意見を言うくらいは良いよね」
 やっぱりみんなの意見を合わせてだと思う。
「それって倉本の意見だからとかじゃなくて、全員の意見って事?」
 私の質問に対して倉本君が答える前に、優希君が補足を入れる。
「まあそれもあるけれど、打算とか利害が入った意見ってどんなのか気になって」
 だから私がそのままを答えると、今度は何故か
「……」
 ため息をついた優希君と、苦笑いを浮かべた彩風さんが、どうも分かり合っている気がする……のが気に入らない。
「……まあ俺の意見としては、交代に関しては反対だ。ただ理由に関しては話してしまうと、意見を変えてしまう人がいるかもしれないから、伏せさせてもらう」
 私の質問に対して初めは嬉しそうにして、答える時には普通の表情になっていた。
「つまり四人の意見にしても反対は三つで賛成は一つで良いかな?」
 せめて倉本君も賛成だったなら、もう少し話の展開もあったとは思うけれど、管理者の立場からしたらやっぱりそれは無いのかもしれない。
 ただ、彩風さん一人だけが反対ってなると、みんなの意見をまとめるのも必要だからそれも仕方がないとは言えどうかと聞いてみると、
「いえ。アタシは大丈夫ですよ。ありがとうございます」
 その彩風さんからは今度はキラキラした目を向けられる。そして視線を感じて前を向くと、嬉しそうに表情を変えた優希君の視線に、さっきまでの疑問がどこかへ飛んで行ってしまう。
「じゃあ改めて交代に関しては反対って事で話を進めるけど、霧華もそれで良いか?」
「良いも悪いもアタシだけの意見で決められる事でもないし、賛成なりにアタシもちゃんと言う事だけは言わせてもらうし」
 そう言って倉本君ではなく私の方を見る彩風さん。
 こんなにも可愛い後輩を放っておいて、倉本君は一体何をしているのかと思う。


「じゃあその交渉する理由なんだが……」
 途中で言い淀んで倉本君が、さっきまでの視線とは違う種類の視線を私と彩風さんの方に送って来る。
 建前と本音の理由、私の理由・言い分を交渉の場まで楽しみに取っておくと言っていた教頭先生の言葉を思い出していると
「俺としては前回の部活禁止期間短縮の時の話もあるから、岡本さんにも来て欲しかったんだが、今回は俺と霧華

でと言う指定だから、スマンが岡本さんには参加せずに残ってもらいたい」
 私の予想とは真逆の事を口にする倉本君。楽しみにしていると言っておいて、交渉には参加させないと言う事前の根回し。教頭先生の考えている事がどうも分からない。
「だから俺と霧華で話をする前提で改めて理由を確認したいんだが――」
 そう言って交代に反対する理由を要約する。

①一つの目的に意識を揃える事は大切だけれど、考え方自体は色々な考え方を持って、画一的
 にならない方が良いと言う事。
②雪野さんを含めて、それぞれの役員たちが学校生活を楽しんでもらおうとしているのに、交
 代してしまえばこのチームでやって来た私たちの指導力とチームワーク、

倉本君の
 指導力不足を露呈する事になってしまう。

 私の方は建前の理由ではあるけれど、本音の部分での理由で話を進める。
「それって別に冬ちゃんの考え方でなくても良いし、今回は清くんの言う通りにしての結果だから、お二人の気持ちはわかりますけど、それだと否定出来ないんじゃないですか? 少なくともアタシは納得できません」
 なるほど。確かに同じ意見だとまとまりやすいけれど、違う意見が入ればまとまる代わりに意見や考え方が醸成するのか。意図した訳では無いだろうけれど、彩風さんの意見によって、優希君の反対した理由の意味がよく分かる。
「じゃあ雪野の代わりはいくらでもいるって言いたいのか?」
 対して管理者としては、代わりの人と言う考え方をしたくないと言うのは、倫理的に見ても他人で代用するなんて言うのは褒められた事ではないし、マネジメント・管理者から言っても明白だ。
「でも代わりを立てた人間が、必ずしも僕たちと仲良くしてくれるかも、統括会の考え方に賛同してくれるかも分からないよ」
 そして優希君は今よりも悪くなる、言わばリスクマネジメント的な事を口にする。
「それこそやってみなくちゃ分からないじゃないですか。それにこのまま続けてると冬ちゃん本当に孤立してしまうって」
 そして同じ二年だからこそ分かる事を交えながら反論する彩風さん。
 これで三対一だと彩風さんもしんどいかなと私は中立の立場に少し立ち位置を変える。
「孤立ってまた雪野さんと二年の誰かが揉めたの?」
 優希君からはそんな話は聞いていないけれど、何かあったのか。
 バイトの件、香水の件、そして彩風さんがやり合った明確に名前は出してはいなかったけれど、雪野さんの存在を匂わせていたあのサッカー部の男子の事。
 もちろんはっきりと名前を聞いたわけじゃないから、不用意にに名前を口にする事は出来ないけれど、それでも気になったままでいる事には変わりないのだ。
「いえ、新しく揉めたとかそんなんじゃないんですが、冬ちゃんが中条さんとバイトって言い出して揉めてから、中条さんのクラスで冬ちゃんの印象が良くない上に、香水の件で揉めた冬ちゃんのクラスの友達からも、あんまり良い話を聞かなくて」
 身から出た錆とは言え、雪野さんを取り巻く環境は厳しくなる一方みたいだ。中条さんの話を聞いた時点でこうなる事は予想出来てはいたけれど、それがあちこちとなって来るとやっぱり優希君にお願いして良かったと思ってしまう。
「だからアタシはこれ以上酷くなる前に冬ちゃんには交代してもらった方が良いって言ってるんです。清くんの判断が間違ってたから愛先輩が気にしてくれている指導力不足の件は仕方が無いし、代わりを立てる事で、統括会から少し距離を置く事で、周りの人の見方がまた少しでも変わるならそれもありだとアタシは思うんです。同じ仲間の、友達の悪い話を聞くのって、結構シンドイんですよ。それに前に少し調べましたけれど、任期中に成績の基準を満たせなくなって、途中交代も時々あった事は分かってます。だからない話でもないんじゃないですか?」
 そして反対の意見って言うだけで拒否・弾くのではなく、その内容にまでちゃんと耳を傾けると、彩風さんもまた形は違えど、雪野さんの事をちゃんと考えているのがよく分かる。
 もちろん統括会から身を引いたら、今まで抑えられていた不満が逆に爆発しかねないと言う危険も十二分に孕んではいるけれど。
「それを僕たちでフォローして行くって言うのは? 倉本も一つのチームだって言ってるから変な話ではないと思うけど」
 そして優希君が、私が雪野さんをお願いした意図と倉本君の考え方・方針を混ぜ込むと
「そうやって甘やかすからダメなんだと思います。アタシ達は完全な子供って訳でもないんですから、少しくらいは自分たちで責任を取るようにしないと――」
 彩風さんの言葉の途中で不意にドアが開いて、鼎談(ていだん)を終えた雪野さんが彩風さんの方を睨みつけてから、
「……遅くなりました」
 一声かけて鼎談(ていだん)で何の話をしたのか。いや、交代の話を聞かされたのだろう雪野さんが言葉少なに、いつもの席へ腰かける。


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