第84話 束の間の日常 ~小さなトラブルの種~ Aパート

文字数 6,476文字


 大体今までの傾向からしてこのくらいの時間まで遅くなると、私の家の男連中二人、特に慶の方は何もせずに“遅い”とか“腹減った”とか文句を言って来るだけだったりする。
 そこそこかかる夕飯の支度中に文句を言われ続けるのもたまったもんじゃないからと、お父さんの分も合わせて菓子パンやおにぎりみたいな何か摘まめるものも合わせて買ってから、
「ただいま、遅くなってごめん。今からご飯の用意をするから」
 挨拶もそこそこにリビングへ足を踏み入れる。
「おかえり愛美。試験も終わったはずなのに遅くまで頑張ってるんだな。今回は愛美の分もあるからな」
「……」
 私の姿を見たお父さんがねぎらいの言葉をかけてくれるけれど、どうも行動と言葉がチグハグなのは気のせいだろうか。お父さんの手元と言うか、口の中に入れた状態で私の事を迎えてくれるお父さんを目にすると、どうしてもそう思えて仕方がない。
「……」
 慶に至っては、口の中に食べ物が入っているから視線だけを合わせて、挨拶すら出来る感じじゃない。
「……お父さん、これは何? 私の分もあるっていうけれど、夜ご飯はどうするの?」
 優希君との二人きりの時間をもっと楽しみたかったのに、家の事は何もしない我が家の男二人の為に早々に切り上げて帰って来たにも拘らず、これはどう言う事か。
 私の分もあるって言ってくれたけれど、どうも前回の学習の仕方が違う気がするのは私だけなのか。それにお母さんの前では絶対にしないこの所業。私の前だけでするとはどういう了見なのか。
 こっちは一度お父さんい聞いてみたい。
 私はスーパーで買って来た買い物袋をテーブルの上に置きたかったのだけれど、お父さんと慶がテーブルの上にお菓子やらなんやらを並べていたから仕方なしに台所の方へ置く。
「それに慶。あんた今朝お小遣い足りない、少ないって言ってたんじゃないの?」
 口に入れたものを咀嚼していて喋れない慶を問い質す。
 私に対して言っていた朝の話、いや昨晩からのあの殊勝な態度は本当に何だったのか。
 言葉、行動、態度が全く一貫していない気もする。いや、支離滅裂な気がする。
「まぁ愛美の気持ちも分かるが、育ち盛りの男ってどうしても腹が減るんだよ」
「……」
「私、慶に聞いたはずなのにどうしてお父さんが答えるの? それに育ちざかりって……お父さんも育ちざかりなの? 最近お父さん、慶に甘いんじゃない?」
 代わりに答えてくれたお父さんを、隠れ蓑にした慶がだんまりを決め込もうとしているんだろうけれど、私がそれを許す訳がない。
「まあ慶がそれで良いって、だんまりを決め込むんだったら、これからは自分で用意すると良いんじゃない?」
 好き放題文句を言って、お小遣いが足りないと言っていたにもかかわらず、自分で用意しているんだからつくづく慶に甘い顔をしなくて良かったと思う。
「いやちょっと待ってくれよ。これは俺じゃなくてオヤジが買ってくれたんだって。それにこれだけで足りる訳ねーだろ」
 口の中を無くした慶が慌てて抗議してくるけれど、朝の文句を忘れたとは言わせない。
「そうだぞ。だから慶は悪くないぞ。それに学校でも頑張ってる愛美にもゆっくりして欲しいから、部屋の掃除と洗い物は俺たちでやっといたからな。ああ、もちろん風呂と洗濯だけはしてないから安心してくれ」
 私が慶を問い詰めようとしたら、お父さんが慶をかばうように家の事はある程度済ませたと言う。
 しかもまた何かを企んでいるっぽい上に、お風呂とか、洗濯とか中途半端に言わなくても良い事を口にするから、お礼よりもどうしても先にため息が漏れてしまう。
 たまにどうしてお母さんがお父さんを選んだのか分からなくなる。もちろんお父さんの事は嫌いじゃないし、お母さんがお父さんを選んでくれたから私は今ここにいるわけで。
「だから今日は愛美も疲れてるだろうから、外食にしようと思ってるんだが、愛美も先に着替えて来たらどうだ?」
 私が男二人に対して心の中で色々注文を付けていると、更に聞き捨てならない提案をしてくるお父さん。
「マジか! さすがはオヤジ! ババァやねーちゃんと違って話が分かるぜ! もう毎週オヤジが帰って来てくれよ」
 お父さんの好き勝手な提案に慶が大喜びするけれど、ちょっと待って欲しい。
「外食にするって、この今日買って来たものはどうするのよ」
 いやまあ嬉しくないと言えばウソにはなるけれど、こっちの準備も気持ちも何も考えないで何を好き勝手な提案をして盛り上がっているのか。帰って来た時の食べ散らかしたゴミと言い、買って来た食材の事と言い、もうちょっとこっちの身にもなって先に電話なり、連絡なりをしてくれないのか。
 ホントどうして男ってこんなに勝手なのか。
 こんな事ならもう少しだけでも優希君との二人だけの時間を楽しめたのに。
「まあ一日くらいなら冷蔵庫に入れとけば大丈夫だろ。それよりも週末くらいは愛美にゆっくりして欲しいって言うのはお母さんと同じ気持ちだからな」
 一聞調子の良い事を言っているように聞こえるけれど、一日って事は、明日は私が作ることになってるのか。
 私としては、むしろ明日朱先輩と会ってゆっくりしたいのに。
 少しは優希君を見習って台所に立って――
「分かったよ。お父さんがそう言ってくれるんなら、週末はゆっくりさせてもらうよ」
 ――お父さんが私にゆっくりして欲しいって言ってくれるんなら、今日買った食材で明日の夜は二人で夕飯を作ってもらう事にしようと、今日はお父さんの言葉に甘えてゆっくりさせてもらう事にする。
 そうと決めてしまえば後は自分の部屋に戻って、制服から外出用の服に着替えるだけだ。
 ちなみに今日の夜ご飯の予定は、ホイコーローとブリの醤油煮、それに生野菜サラダだったりする。
 おかしな食べ合わせのような気もするけれど、男連中の好みと私の好みを一緒にすると、だいたいはこんな感じになってしまう。
「お待たせお父さん」
 そして着替えを済ませた私を一目見て、どうしてだかお父さんが満足そうな表情を浮かべる。
「それじゃあ行こうか」
 お父さんの言葉に嬉しそうにはしゃぐ慶。私は明日の男二人の反応を楽しみに、せっかくのお父さんの気遣い。
 考えてみれば久々の外食に、私は気持ちを切り替えて楽しむことにする。


 そして久しぶりの外食を楽しんで帰って来た私は、先にお風呂の準備をするために、軽く浴槽を掃除してからお湯を張る。そして今週の全統模試で解けなかった問題、分からなかった問題を、覚えている間に復習しようと、
「お風呂沸いたら先に入ってくれて良いから」
 だらしなくくつろいでいる男連中二人に一声かけて自室へと戻りかけたところで、
「愛美。少し時間良いか?」
 やっぱり何か企んでいたのか、慶を引き連れてリビングのテーブル席に着く。
 何となくピンと来た私は二人の正面に腰掛けて、
「時間は別に良いけれど、また慶の事での話?」
 先に牽制をかけさせてもらう。何かのお願い事、言いたい事がある時だけご機嫌を取るために家の事をする。
 ホント私の家の男二人は、単純と言うか分かり易いと思う。
 優希君のように中々見せてもらえない一面の事を思うと、こんなに単純で分かり易くて本当に大丈夫なのかと、逆に心配になってしまうくらいだ。
「いやまあそうなんだが……慶の事はもう許す気になってくれたんだよな?」
 慶が隣にいるのに、本人は何も言わずにお父さんが口火を切る。
「許すって……私は別に怒っても無いし、今更あの話を蒸し返す事もしないけれど、許すんじゃなくて水に流すだけで良いって、あの時言ってくれたんじゃないの?」
「いやまあ、確かにそうなんだが……」
 けれど私の一言で会話が終わってしまった。
 テストも終わったばかりで時間にも余裕がある私はどうしようかと思い、しばらく待ってみたけれど、お父さんも当の本人である慶も口を開く様子が無いからと立ち上がったところで、
「口ではそう言いながら、ねーちゃんやっぱり怒ってるんじゃねーか」
 慶が私に見当違いな文句を垂れる。
「はぁ? お姉ちゃん怒ってるなんて一言も言ってないって。ただ呆れてるだけ。じゃあお姉ちゃん自分の部屋で勉強してるから」
 なにも分かっていない慶にアホらしさを感じた私は、そのまま部屋へ戻ろうとしたら、男二人が私の事を信じられないと言った表情で見て来る。
「……何? なんか文句でもあるの?」
 不満があるのは慶の表情を見れば分かるから、文句があるかどうかを聞くけれど、どうしてそんなに信じられない表情になるのか。
「いや部屋で勉強って……ねーちゃんもテスト終わったばっかじゃねーの?」
「今週くらいは自分にご褒美で何もせずにゆっくりしたら良いんじゃないのか?」
 それに対して返ってきた答えに私の方が逆に驚く羽目になる。
 しかもお父さんまで同じ事を言い出すなんて、先週した進路相談は一体何だったのか。今年私が受験生だって事を忘れてるんじゃないだろうか、この男二人は。
 他のご家庭の事はよく分からないけれど、普通は親の方が子供に向かって勉強しろって言うもんじゃないのか。
 ……まあこの家の両親は、勉強勉強ってうるさくは言わないけれど、それでも慶に対してたまに高説をしていたはずだ。
「先週お父さんたちと話し合った志望校合格のために、私は全力で取り組みたいだけだって」
 私はこれ見よがしとばかりに、二人の前で溜息をついて自室へ引き上げる。


 しばらく模試の復習に集中していると、外からお父さんがノックをして、お父さんたちはもう上がったからと知らせてくれたから、適当な所で切り上げて私もお風呂を頂く事にする。
 さすがに身内とは言え、お母さんに注意されたからって訳でも無いけれど、男二人の前で寝間着になる訳にもいかないからと、部屋着に着替えてからリビングに顔を出すと、今度はお父さん一人で私を待っていたみたいだった。
「愛美。もうちょっとだけお父さんに時間を貰えないか?」
 だから私はもう一度テーブル席に着く。
 私の事を見てくれている人は、私がテレビを見ているところを見た事は無いかもしれないけれど、私の家にも、もちろんテレビはあるし、全く見ない訳じゃ無い。
 だけれど家族全員が揃うのは週末しかないって事で、基本的には私も慶も用事のある時にしかリビングにはいないし、テレビをつける事は無い。
 その上家族全員が揃う週末には家族の時間を一番に優先するって事でテレビがあるとそっちに気が行って家族の会話が減る、ないしは無くなってしまうからとまずテレビが付く事は無い。あるとすれば自然災害の時くらいしかないかも知れない。
 そこだけは慶も分かっているからか、同年代に比べたら圧倒的に画面を見ている時間は短いと思う。
 ……まあ、私のいない時や、夜寝静まってから時々夜中にコソコソと何かをしていると感じる時もあるけれど、私は別に慶の親と言う訳じゃ無いのだから、余計な口出しはしないようにしている。
「別に良いけれど、さっきの慶の話の続き?」
 そんな理由で静かなリビングの中、親子の会話みたいなのが始まる。
「それもあるけど愛美。テスト良くなかったのか?」
 お父さんの心配そうな表情で、さっきのお父さんの反応に合点がいく。
「そんな事無いよ。いつも通りだったし全国となると分からないけれど、校内順位だったらそんなに変わらないんじゃないかな?」
 単純な慶とは違って、やっぱりお父さんはちゃんと私の事を応援、心配してくれているんだなって分かると、自然笑顔になる。
「でも、高い受験料を払ってもらうんだから、少しでも結果が出せるように準備をしていたいだけだよ」
 だから私の素直な気持ちを伝えると、お父さんも嬉しそうに表情を綻ばせてくれる。
「そうか。愛美のその気持ちは立派だとは思うけど、休む時はしっかり休まないと根を詰めすぎても集中力は続かないし、それでいざと言う時に体を壊したら泣くに泣けないからな」
 そしてさっきの慶と一緒の時とは違って、親子の会話の時は私の事を気遣ってくれるお父さん。
 だからそんなお父さんの気持ちを和らげようと、
「大丈夫だって。明日、特に明後日の日曜は私も思いっきり羽を伸ばすつもりだから」
 日曜日の優希君とのデートを思い浮かべて、自然楽しみになった私は、答える。
「思いっきり羽を伸ばすって言う事は、誰かとどっかへ出かけるのか?」
 さっきまでは確かに親子の会話をしていたはずなのに、気が付けばお父さんから捨てられそうな子犬のような目を向けられる。
「お父さん。あんまり娘の事に干渉し過ぎるとまたお母さんに言うよ? それに娘にうっとおしがられるよ」
 前の事があるからか、具体的に誰がどうとかは言わずに、それでもお父さんが何を気にしているかは分かるから、先に釘だけは刺しておく。
 私だって大好きなお父さんとはもうケンカなんてしたくない。
「う?! うっとお?! いや、お。お母さんが怖くてお父さんが務まるか! 男か女かいや、友達かどうかだけでもお父さんに教えてくれ!」
 私の言葉に対する動揺もそこそこに、最近はどうしたのか、お母さんがいない時限定だけれど、お父さんの強気発言が目立つ気がする。
 お父さんの動揺も気にはなるけれど、それならそれで私には好都合だったりする。
「お父さんには彼氏が出来ても言わないって前に言ったよね。お母さんが怖く無いなら、実際の話はお母さんからちゃんと聞いてね」
「いや愛美。その言い方だともう既にか『じゃあ私、模試の復習の続きするから部屋に戻るね』――っ?!?!」
 だからお父さんから私に彼氏がいる事を言い当てられてしまう前に、私はお父さんの言葉を途中で遮って、お父さん相手にこう言う隠し事するってなかなか難しいなって思いながら、自分の部屋に戻る事にする。
「ちょっとオヤジうるせぇ――って! うぉっ? どうしたんだよ?!」
「愛美が、お姉ちゃんが、スマン慶久。お前の話すら出来なかった」
「んだよ。またこのパターンかよ。オヤジダッセェ」
 慶とお父さんの会話を背にやっぱりかと思いながら。

 私は自室にこもって念のために鍵をしてもうひと頑張り、テストの復習をしてから
 
 題名:明日は両方参加します
 本文
 朱先輩とテスト勉強をしたおかげで大丈夫そうなので、明日の町美化活動と課外活動の両方に参加します。それにしても男の人ってすごいですね。

 いつも通り朱先輩にメッセージを送った後、そう言えばと思い出して、教頭先生からの課題を少しだけ調べる事にする。
 私は机の下の大きな引き出しから国語辞典を取り出して『善意の第三者』の意味を調べる。そうしたら辞書にはこう書いてあった。

 意味:甲の所有物を、乙が盗んで、丙に譲渡した場合、盗んだ事を知らなければ丙は善意の第三者であり、乙の共犯とはみなされない

 所有物って事はこれは物のやり取りと言うか、盗んでとあるから窃盗か何かの犯罪の事なのか。
「蒼ちゃんか戸塚君が何か学校の物を盗んでいる?」
 いやそれだと、直接先生がその現場を押さえたら済む話なんじゃないのか。それに先生は何かを掴んだ上でこのまま黙認する気は無いって言っていたから……どうもイマイチ要領を得ない気がする。
 そもそも蒼ちゃんの前腕についたアザとか、たまに私に痛がる素振りを見せるのがものすごく気になるのであって、盗みの事を知りたいわけじゃない。
 それに蒼ちゃんが学校の物を盗む理由も無ければ、その必要性も分からない。
 しかも教頭先生は “無知は罪” ではないと、この場合は当てはまらないと言っていた。それはこの辞書にある、丙の事なのか、それとも全く別の話なのか……いくら考えてもどうにもつながるような気がしない。
 本当はもう少し考えてみたかったのだけれど、明日は朱先輩と会うのだからと、一応の意味だけ頭の中に入れておいて、明日の服を用意して布団に入る。


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