第83話 人を育てる難しさ ~怒ると叱るの使い分け~ Bパート

文字数 5,691文字


 一方、ひと睨みされた彩風さんは、雪野さんとは視線すらも合わせず、もちろん挨拶もしない。
 険悪な雰囲気になっているのは明らかだ。
「どうしたんですか? ワタシを交代させる話を続ければ良いじゃないですか」
「冬ちゃん盗み聞き?」
「バカにしないで下さいっ! 今の面談で聞いた事を考えると聞くまでも無く分かるに決まってるじゃないですかっ!」
 険悪なまま彩風さんに掴みかかろうとするのを抑える優希君と、
「そんな喧嘩腰で話なんか出来ないって」
 彩風さんをたしなめる私。
「そんな何でも分かってるみたいな言い方するんだったら、先輩たちの気持ちも少しは分かる努力をしたらどうなの?」
「何話をすり替えてるんです? ワタシを辞めさせたいならワタシのいる前で堂々と話を続ければ良いじゃないですかって言ってるんです!」
「アタシは辞めて欲しいって思っても、ちゃんと先輩たちの意見も聞くし、人の話を聞かない冬ちゃんと一緒にしないで!」
 よっぽど二人の仲が険悪になっているのか、私達が抑えている甲斐も無くますます感情的になる二人。
「人の話って生徒の声にも耳を傾けて、バイトの件だって話をしてるのに、耳を傾けないのはそっちじゃないですかっ!」
「嘘つき。聞いてるって言うんなら何で冬ちゃんの事を心配してくれてる他のメンバーに耳を傾けないの?」
「嘘つきってどっちがですか! 霧ちゃんがワタシに辞めて欲しいだけなんじゃないんですかっ!」
「ちょ――『何それ。そこまで言うんなら今すぐ統括会降りて――』――」
「――いい加減にしろっ霧華! ケンカするんなら今すぐ帰れ!」
 止まらない言い合いの二人に、私があんまりな一言を放った

物申そうとしたら、倉本君の一喝が

入るけれど
「ちょっと倉本君! そんな言い方あんまりだって」
 さっきまでの彩風さんの気持ちを聞いていてくれたんじゃないのか。なのにどうして彩風さんにだけきつく言うのか。
 言うならばその前の雪野さんの発言じゃないのか。倉本君に言われたのがショックだったのか、彩風さんが涙してしまう。
「雪野も何でこんな話が出て来たのか考えてくれてるのか?」
 しかも彩風さんの状態を全く意に介する事無く、そのまま意識を雪野さんに向けてしまう。
「統括会で話し合って、バイト抑止のポスターまで作ってるからって、協力してくれる生徒の声に耳を傾けているワタシが何で悪者なんですか! 納得できません」
「雪野さん落ち着いてって。そもそも雪野さんはさっきの鼎談(ていだん)でなんて言われたの? どんな話だったの?」
 優希君が雪野さんを落ち着かせるために肩や背中など、頭以外の体中をさするように撫でまわす。
 さすがにこんな時だから嫌な感情とかは全然浮かばないけれど、と言うかこっちはそれどころじゃない。
「ちょっと倉本君。さっきの“帰れ”って言うのはあんまりじゃないの?」
 私は倉本君からの視線をさえぎるために、彩風さんと倉本君の間へと座る位置を入れ替える。
「でも何とかして雪野の交代を阻止しようとしてるのに降りろって言うのは――」
「――確かにひどいかもしれないけれど、彩風さんの気持ち、意見もちゃんと聞いてくれてたんじゃないの? 彩風さんなりに雪野さんの事を考えて、自分の気持ちに折り合いをつけて話してくれてるの、分かってたんじゃないの? それに倉本君が帰れって言うのは

なんじゃないの?」
「そうかも知れんが……」
「それに彩風さんの気も知らないで、酷い事を言った雪野さんにはなんで注意しないの? それはちょっと酷すぎると思うんだけれど。倉本君、ちょっと雪野さんに甘いんじゃない?」
「……」
 私の反論に口をつぐむ倉本君。
 でも倉本君の場合は私の言った事が分からないんじゃなくて、男の人の良く分からない意地が邪魔をして認めるのが嫌なんだと思う。
 だけれどそんな男の人のよく分からない意地で涙を流さないといけない女の子側からしたら、たまったモンじゃない。
「倉本君がちゃんと彩風さんに謝ってくれないなら、後が酷いよ」
 私にとっても可愛くて大切な後輩。彩風さんの恋愛感情を抜きにしても看過出来る事じゃない。
「……悪かった霧華。俺が言い過ぎた」
 しばらくして気まずそうに頭を下げる。
「……どうする? 倉本君が謝ってくれたけれど、あれで納得できる?」
 私はそれを見届けた後、彩風さんに確認を取ると
「……(コクン)」
 涙声になるからだと思うけれど、声は出さずに首を縦に振る。
 そんな彩風さんを見て、雪野さんの方も冷静になったのか
「ワタシも言葉が過ぎました。すみませんでした」
 驚いた事に軽くではあったけれど、頭を下げる。
 やっぱり雪野さんも頭が固すぎるだけで、根は良い子なんだなって再認識する。


「じゃあ僕たちは雪野さんの交代に関する賛否の鼎談(ていだん)だったんだけど、当事者だった雪野さんはどうだった?」
 そして優希君が気分を落ち着かせるためだとは思うけれど、今度は雪野さんの肩を揉みながら、雪野さんから話を聞き出す。
「統括会としてはワタシを交代させないために話をして下さるとは思いますが、学校側としては方針に変更は無いそうです」
 雪野さんの話を聞いて違和感に気付く。
 みんな雪野さん交代の話を直接されているのだ。なのにどうして私だけが “雨降って地固まる” の話だったのか。
「雪野さんはそれで納得したの?」
 それに私には交渉の場での私の理由を楽しみにしておくと言っていた教頭先生が、私の同席は認めないと言う。
「いいえ。納得出来ませんって言ったら統括会とは終業式の前日である7月22日の火曜日に話をするので、それまでに教頭先生自身を説得しろって言われました」
 優希君の答えにくいであろう問いにスラスラと答える雪野さん。
「ありがとう。答えにくい事に答えてくれて」
「俺たちもなんとか交渉するために、反対の理由をまとめていた所だ」
 そう言ってさっきまとめた二つの理由を私が渡した議事録を見て、倉本君が読み上げる。
「じゃあ雪野さんには個別で教頭先生を納得させられる言葉を考えてもらうとして、僕たちは僕たちで倉本と彩風さんが交渉出来るように、来週の金曜日までに考えをまとめて来るって事でどうかな」
「空木先輩。ワタシの相談って言いますか、一緒に考えてもらっても良いですか?」
「……」
 優希君がまとめた案に誰も反対しない代わりに、雪野さんのお願いに優希君が私に伺うような視線を向けて来る。
 自分の進退に関わる話、一人では荷が重いのも頷けるから、私はため息交じりに苦笑う。
「いつでもと言う訳にはいかないけれど、僕も協力するよ」
 そして優希君が色よい返事をしたところで、気が付けば部活動終了の時間は過ぎているっぽい。
「分かった。それで行こう。また来週までにみんなよろしく頼む。じゃあもう遅いから今日はここまでで」
 だから残りは各自が一旦自分で考えるって事で、今日の統括会は終わる。
「今日は悪かった霧華。お詫びに岡本さんと一緒に何か美味いモンでも食って帰るか?」
「……」
 そこでどうして私まで誘うのか。今日のお詫びと言うなら二人で行くのが普通じゃないのか。
 ただそれでも今日は素直に首を縦に振る彩風さん。
「私は今日はゆっくり考えたいし遠慮するよ」
「いやでも、岡本さんの気分も悪くしてしまったし……」
 いや私は倉本君に対して何とも思っていないのだから、こっちの事は気にしなくて良いのに、どうしてさっきみたいな気遣いを彩風さんに向けてはくれないのか。
「私に対してのお詫びって言うんなら、私にとって可愛い後輩である彩風さんの方をちゃんと大切にしてあげてよ」
 だから私は固辞する。それによく考えたら今日はお父さんしか帰って来ないから、夜ご飯の準備をしないといけない。
「分かった。じゃあまた来週一緒に昼飯楽しみにしてるな」
 そう言い残して、彩風さんを連れ帰ってしまった。


「えっと。私たちも帰る?」
 初めの勢いはどこへやら。でも直接言われてへこまない人間なんかいる訳が無くて、雪野さんと三人連れ立って帰る。
 そして言葉少なに校門を出たところで
「それじゃあワタシ帰る方向こっちなので」
 雪野さんと別れて優希君と二人っきりになる。そして優希君の方にも何か言いたい事があったのか、どちらともなくいつもの公園へ足を向ける。

 そして少しだけ間を開けて告白の前のベンチに腰掛ける。
 お互いに言いたい事、聞きたい事がある中で聞き辛いと言う空気が流れる。
「さっきのはごめん。ああなるんだったら初めから優希君に声かければよかった。私の不注意だった」
 私は少しでも早く気まずい空気を払拭したくて、間近に寄せられた倉本君の顔の事を口にする。
「……最近倉本と距離も近いけど何かあった?」
 疑うと言うよりかは不安そうにする優希君。あの時赤くなったであろう私を見ていれば勘違いをされてもおかしくはない。
「何も無いし、何かあったら私が困る。だからさっきは倉本君を止めてくれてありがとう」
 でも、優希君だけにはその勘違いはして欲しくないのだ。
「それと愛美さんが僕の事を想ってくれてるのは分かってるんだけど、愛美さんみたいに可愛い子にあれだけ言って貰えたら男って期待するから、僕以外の男相手に、特に倉本を持ち上げるのは辞めて欲しい」
 そして私には思っている事を言ってくれるようになりつつある優希君が、私の男の人の考え方と言うか、私がいくら考えても、時に慶に聞いても分からなかった男の人の捉え方を教えてくれる。
 そしてこの前と違って、今日優希君から言ってもらえる“可愛い”は嬉しい。
「でもそれだと私。何も言えなくなるよ」
 だから私の気持ちもそのまま口にする。
「いやそれも十分に分かるから、僕もどうしたら良いのか分からないけれど、倉本のあの表情を見たなら、僕の言ってる事も分かってはもらえると思う」
 ひょっとして彩風さんの表情の意味ってそう言う事だったのか。それが分かるって事は彩風さんは、あの時どう言えば良いのか知っているんじゃないのか。
 ただあの露骨な視線や表情から優希君の言う事も納得せざるを得ないけれど、これもどうしたら良いのか。
 女も面倒なところあるけれど、男の人にもそう言うのがあるのか。それとも単純だから喋りかけられただけで、勘違いを起こすって聞いたあれなのか。
 いや、男の人が単純と考えると世の中の男性にやっぱり失礼な気がする。
 色々考えるけれど、ただ一つ分かるのは、この面倒くさい性差と言って良いのか分からないけれど、が恋人同士での喧嘩が無くならない原因だって事だけは分かった気がする。
「期待されても私は困るだけだし、第一彩風さんに対してあの言い方は無いよ」
 女の子側から勝手な事を言わせてもらうと、もっと女の子は大切に扱って欲しい。
 私は倉本君に恋しているわけじゃないから別に良いけれど、あんな言い方されたら百年の恋も醒める……気がする。
 いや。やっぱり優希君相手なら醒めないかも知れないけれど。
「あれは僕もびっくりした。でもそれで雪野さんも落ち着いたし良かった……とは言えないか」
 そう言って優希君も溜息を一つつく。
「そう言えばあれから雪野さんとお昼した?」
 さっきの彩風さんの話だと、雪野さんの近くには気軽に話を出来る人、自分の気持ちを吐き出せる人はいない気がする。
「……うん。昨日、今日と」
 私の質問に答えにくそうに、でも正直に答えてくれる優希君。
「まあ彩風さんの言う通り、ワタシ間違った事は言ってないのに、どうしてワタシを避けるのか。最近一人の事が多いって言ってたよ」
 優希君には弱い部分、本音を話せているみたいだ。それはそれで安心ではあるのだけれど、逆にここで雪野さんが統括会を抜けてしまうと、本当に孤立しかねない。
「じゃあ何とかして雪野さんの交代を阻止しないとね」
「僕もそう思うよ」
 私の想いと同じだったのか、それが当たり前とばかりに同意してくれる。


 そして鼎談(ていだん)の後の荒れた統括会。もっと色んな話を、二人きりの時間を楽しみたかったのだけれど、もう結構な時間。さすがに帰らないとご飯が遅くなりすぎてしまう。
「優希君。今週の日曜日は?」
 だけれど今週の優希君とのデートの約束だけは取り付けたい。
「もちろん僕も愛美さんと会いたいけど……」
 言葉を途中で濁した優希君が、今度はハッキリと分かるように私の手に視線を注ぐ。
「じゃあ今日は家の事しないといけないから帰るけれど、また明日、日曜日の連絡を楽しみにしてるね」
 だけど理由はどうあれ、雪野さんにたくさん触れた優希君の手。私は気づかないフリをする。
「ちょっと待って。少しで良いから手を繋ぎたい」
 呼び止めてくれた優希君も分かってくれているのか、私の手

を掴んで引き止めてくれる。
 私は嬉しさで顔がニヤつかない様に、私の方から手を繋ぎたいのを我慢して
「今日はその手で雪野さんにたくさん触れたんだから嫌だよ」
 私が断ると
「今日愛美さん何も言わなかったし、怒って無かったんじゃ」
 すぐに優希君が抗議してくれる。それくらい私と手を繋ぎたいって思ってくれてると分かると、やっぱり顔に出てしまう。
「うん。怒ってないよ。でもこれは私と優希君だ二人だけの約束。だから日曜日はずっと手を繋げるのを楽しみにしてるね」
 だから私は、私なりのとびっきりの笑顔を優希君に向けて、スーパーへ寄ってから家に帰る事にする。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
        「育ち盛りの男ってどうしても腹が減るんだよ」
               確かにそうですが……
          「……何? なんか文句でもあるの?」
               誰に何を言われたのか
        「んだよ。またこのパターンかよ。オヤジダッセェ」
               定型化するやり取り

    「やっぱり

男性慣れしないと駄目なんですよね」

        84話  束の間の日常 ~小さなトラブルの種~
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