第3話

文字数 635文字

「本多さん」
 隆章が、スープから目を上げると、医師の本郷がいた。いつの間にか、隆章の様子を見に、病室に入って来たようだ。本郷は、隆章のよい聞き役の、若いほっそりとした医師である。
「今日の午後は、お父さんとお母さんの面会があります」
 本郷が、言葉を選ぶようにして、ゆっくりと言った。隆章は頷いた。
「はい」
 本郷がそのまま病室を出ていこうとした。
「今日はお散歩の時間は――ありますか?」隆章が、去り際の本郷に聞いた。
「午後、ラジオ体操をしたら、ぜひしましょう」
 本郷が、優しい声で言った。

 この病院は、古くからある。隆章は、体育館でそう思った。いや――そう確信したのではなく、人聞きの話や、雰囲気からそう感じたのだ。
 ラジオ体操をすませて、中庭に出た。軽いレクリエーション活動の時間だが、隆章は、輪の外に、
のんびりと立っていた。
「本郷先生は、今いらっしゃいますか?」隆章は、職員の看護師の中里に聞いた。
「本郷先生は、今お仕事に出ていらっしゃいますよ」中里が言った。
 中里は、若い女性の看護師で、隆章が入院した時から、付き添っている看護師である。
「そうですか……」隆章が言った。
「伝言もできますよ」中里が言った。
「いえ――本当に大したことじゃないので、大丈夫です」
 (本当に大したこと?)自分の言った言葉に、隆章は違和感を覚えた。俺は……一体何を言っているんだろう。隆章は、静かに思った。
 鷹揚とした、のんびりと空が広がっている。隆章は、大学のキャンパスのことを思い出した。
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