第6話

文字数 711文字

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 乗り合いの路線バスは、音をゴトゴトと立てて走っていた。夏の光が、やはり鈍く光っている。隆章は目を瞑って、じっと静かで深い深呼吸を繰り返していた。抜けるよう、としかやはり形容するしかない青空が、入道雲を抱え込むようにして頭上に広がっていた。
 恵利子は、先ほどからしきりにハンカチで首元をぬぐっている。それは、隆章が無事に退院をすませたことへの安堵感からか、もしくは八月に入ってからの、この炎天下の陽気の暑さのためか、隆章には分からなかった。
「母さん」隆章が、恵利子に声をかけた。
「うん……?」恵利子が、手元のハンカチの動きを止めて隆章に聞いた。
「送るのは、駅まででいいから――久しぶりにちょっと散歩したいと思っている」
「荷物はどうするの? こんなに沢山パジャマとか、荷物があるじゃない?」
「夕方、父さんがアパートまで車で届けてくれれば良いよ。ちょっと重いかもしれないけど、父さんと一緒に頼む」
 隆章が頼む、と言うと啓造が様子を察したのか、頷いた。啓造もまた、隆章の無事の退院に、安心している様だった。
「お腹は空いていない? 何か食べたいものとかあったら。たっちゃん、ハンバーガーとか好きだったわよね」恵利子が、隆章に言った。
「病院で食ってきたから大丈夫だよ。それより――俺の財布どうしたかな?」
 財布と聞いて、恵利子は運んでいたバッグから、隆章の財布を出して、隆章に差し出した。少し、不安の色が、恵利子の顔に浮かんでいる。
「これ……病院のおやつ代の残りも入っているから。でも、変なことに使わないでよ。お母さんは心配。また難しい本を買ったり……」
 大丈夫、メシを食うだけだから、と言って隆章は恵利子から財布を受け取った。
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