第10話

文字数 530文字

「まあ、体は大事にしてよね。そんなに深く訊く気はないからさ――」
「そうだね。ありがとう」
 隆章が「ありがとう」と打ち、メッセージを返すと、そこで会話が止まってしまった。
「本多君って、いつも深く考えているように見えるから、何処かに失踪したのかと思ったよ」
 隆章は、涼香の打った文章の【失踪】という、文字を暫くの間見つめていた。これまで有りそうでなかった発想であったので、不意に隆章は、胸を突かれたような気分になった。
「本多君って[倫理的人間]って、感じだよね。いや、最近読んだ本に、さっきのが出てきたんだけどさ……」
「俺のことが倫理的?」隆章が少し、急き立てられるような気分になり、返信をした。
「うん。今の時代とは合わない真面目な感じかも(笑)より心配になるよ」
「倫理ってドストエフスキー的な――」
 隆章は、そう小さな画面に、文字を打ち込みながら、一体俺は何を涼香に言っているのだろう、と思った。
「本多君は、どっちかって言うと仏教的だよ」
「仏教?」
「うん――世を疎んで、卒業するまでに出家とかしないでよね」
 涼香と会話をしながら、隆章は急に目眩を感じた。
【俺は――一体今何処にいるんだ?】
 八月の蝉が、空の高い所で、強く深く鳴いているのが、隆章の耳に届いていた。
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