第7話

文字数 875文字

 路線バスを下車すると、隆章は恵利子と啓造と別れた。心配だから、アパートまで必ず着いて行く、という助言を断っての別れだった。
 隆章は、バス停の最寄りの駅に行くと、自宅付近の駅までの切符を買おうとした。電子マネーというか、スイカで電車に乗ったほうがスムーズだが、隆章はそのまま切符を買った。
 人が、多い。平日であるが、夏の賑やかさに溶け込むようにして、ひとびとが行き交っている。
 隆章は、少し頭に鈍い痛みを感じて、駅前広場のベンチに切符を持ったまま、座って休むことにした。
 【俺は出て来た……病院を……】
 隆章は、ベンチに腰掛けながら、その感慨を覚えていた。
 退院するにあたって、本郷から様々なアドバイスや、家族への提言があった。なによりもまず、隆章は、外の濃い空気を肌に感じていたかった。
 おそらく大学には、戻らないだろう、と隆章は思った。ならば、病院で考えていた【身の振り方】を、決めなければならない。
 隆章は、立ち上がると、ゆっくりと駅の方へ、また歩き出した。切符を改札に通して、電車に乗ることにした。今度は、真っ直ぐに家へと帰る心づもりだった。

 自宅近くの地元の駅に着いたころには、陽が若干傾き始めていた。
 隆章は、地元駅の懐かしいと思える匂いを感じながら、また改札を抜けて言った。
 【このまま、家に帰るか……特に寄る場所も、会いたい人もいないし――】
 先ほどは、腹が減っていないと恵利子に言ったが、ふと張っていた気が緩んだためか、空腹を覚え始めていた。
 ふらり、と駅ナカのそば屋に入る。衒学的な隆章であったが、根は大食漢である。
 食券を買い、渡し、良い匂いのする蕎麦が運ばれてくると、七味をたくさん振りかけて、儀式的にそばつゆを啜った。
 そばを箸ですくい、必死になって食べていると、妙な違和感に気が付いた。スマホ、である。隆章の入院していた病院は、静かで療養するために、スマホの持ち込みは禁止されていた。
 街中では、また駅ナカのそば屋では、みな当たり前の様に、片手に持ったスマホや、テーブルの上に置いたスマホを気にして、時々眼を落としている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み