第4話

文字数 692文字

 隆章にとっての、大学での居場所は図書館であった。講義を聞いた合間、図書館の椅子に座って、心理学書と哲学書に、丁寧に目を通していった。
 社交的な性格とは自認してなかったので、サークル活動や恋人を作ることなど、縁がなかった。いや――隆章にとって、選択肢になかったといってよい。友人も少ない、隆章はこうして青春のひとときを、病室で過ごしていることは、他人様から見たら、幸が薄いのかもしれなかったが、隆章はそれもまた認めていなかった。
「少し歩きましょうか」中里が隆章に提案した。
「ええ。はい」隆章が素直に返答した。
 大きな病院とは似つかわしくなく、小ぶりな庭を、隆章は中里と歩いた。中里は、隆章を刺激しないようにしているのか、普段はそれほど多くを尋ねて来なかった。
「退院――したら、したいこととかありますか?」中里は隆章に聞いた。
「ええ――一応はあります」隆章が言った。
 良かったですね、と中里が言った。隆章は頷いた。
「思ったよりも話しを聞いて頂けて――良かったです」
「ふふ……本多さんはいつも、本当に丁寧に話して下さるんですね」
 中里が、ほんの少し頬を朱に染めて言った。隆章は、指摘されたことがなかったことであったので、しばらく考えて黙ってしまった。
「ありがとうござます」
「ううん」
 中里が、ううんと言って地面を見ていた。隆章は、ふと空に目を上げる。
 七月の光が濃い。この病院を退院したら、身の振り方を考えなければいけない。まだ青年とはいえ、もう法律上は、成人した男性であった。【ええ――一応はあります】隆章が中里に言った言葉は、嘘であったので、隆章は小さな罪悪感の棘を、心に覚えていた。
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