─12─

文字数 3,347文字

 畑の枝拾いは想像より手酷く腰と膝をやられた。
 かがんで枝を拾って姿勢を戻してそれから数歩進んでまたかがんで枝を拾って、それをひたすら繰り返す。確かに難しいことはなかったが、地味な作業なのに体がきつくて驚いてしまった。
 内海と崎、キヨさん、それとキヨさんのご家族、数人でいっせいに取り掛かり、キヨさんの家の裏の畑と山の中にある畑をやっつける。昼前に作業は終わったとはいえ、ほんの数時間そうして枝を拾っただけで二十代の自分でもかなり疲弊しているというのに、このように地味ながら体力を削る作業を高齢の農家が毎日やっているのかと思うと頭が上がらない。
「今日はもう上がっていいって」
 お駄賃代わりにもらったパンとジュースを口に運んでいると、崎がそう言った。
「もういいんだ……他にやることは?」
「キヨさんとこはいいみたい。でもさっきお隣の畑のノムさんに声かけられたから午後は草刈り行くよ」
「草刈り……」
 急遽舞い込む次の仕事の驚いた。事前の約束も何もない。そもそも契約をして仕事を受けるようなやり方ではないのだから、突然こうして手伝いに呼ばれることは不思議ではないのかもしれないが、それにしても急ではないだろうか。
「いつもこうなの……?」
「そうだねえ。でもすぐ慣れるよ」
 フルーツジュースを一口飲んで笑った崎の笑顔に少しだけ尊敬の念を抱いた。こんなに突然声を掛けられて仕事が増えまくって。それでも嫌がらずに引き受けるのだから。
 これからは共に仕事をするようになるのだ。内海は姿勢を正し、崎にばかり負担をかけないよう努力をしようと決心した。

 一度畑から出てコンビニでおにぎりを買って駐車場で食べ、その足で再び畑のある山へ戻る。今度はキヨさんの畑の隣。到着するとすぐ、崎は誰もいない畑に入っていった。
 その後ろについて行くと、畑の端の方に一台の大型の機械があった。まるでレースゲームに出てくるようなバギーというかゴーカートというか、そういった小型の車のようなものだ。
「これ草刈り機ね。勝手にやっちゃっていいって言われてるから」
「これが!? 車じゃん」
「そうよー乗り込んでガーッと刈っちゃうわけ。ひとりいれば終わるんだけど、いい機会だから乗り方覚えていってね。俺が別の仕事してるときでもささっとミミちゃんだけでもやれちゃうようにさ」
 はい乗って、とそのゴーカートのような車に乗せられる。車の免許は持っているが、そもそもアクセルもブレーキもシフトレバーもすべてが自動車とは違う。それに加えてシートの隣にあるレバーで草刈り機能を操作するらしかった。
 こうしてこうだよ~と軽い調子で説明する崎の言う通り、ひとまずエンジンを始動させる。ドドドド、と低い音でエンジンが動き出してアイドリングが始まり、その音を聞くとさらに緊張が増す。
「最初は草刈りしなくていいからまずは進んでみて」
 言われた通りに右足側にあるアクセルペダルを少し踏み込む。自動車とは違い、急にグンと動き出して恐ろしかった。そして焦るあまり左足側にあるブレーキペダルをぐっと踏み込むとまたグンと止まる。その左足でブレーキというのも自動車とは違っていて感覚が慣れない。
 今度はゆっくり。きっとできる。走るだけ、走るだけ。再びアクセルをそっと踏み込み、ゆっくりと畑の端っこを走ってゆく。崎は嬉しそうに笑うと軽く拍手をして徒歩で隣を進んでいた。
「できんじゃーん。上出来上出来。ハンドルは車動かすのと一緒だから心配ないかな。一回畑の端まで行って、奥の木を目印にUターンしてみ」
 崎の指示の通り、ゆっくり進んで畑の一番奥まで行ってみる。といっても隣の畑との明確な区切りがあるわけではなく、それとなく土が盛り上がっていたり、境目を作るように低木や花が植えられているだけだ。間違って隣の畑に行ってしまわないよう、注意してなんとか盛り土で区切られている端まで到達した。
 畑に植えられている木は等間隔ではなく、まばらに位置する。どの木の間も一応は草刈り機が通れそうな幅はあるが、もし木にぶつかってしまったらと思うと気が気ではなかった。なんとか慎重にUターンをして、木と木の間を通り抜けるように少しだけ進んでブレーキを踏んだ。
「できた!」
「すごいじゃーん。じゃあ次、椅子の横のレバー引いたら草刈りできるから。ゆっくりで大丈夫だから、ちょっとやってみ」
 はいどうぞ、と言われるがまま、レバーを引いてみる。するとエンジン音とは別の轟音が響き渡った。ぎゃりぎゃりともガーガーとも言い難い機械の騒音に驚く。その音の大きさに一瞬パニックになるかと思ったが、気を取り直してゆっくりとアクセルを踏み込む。轟音を上げながら草刈り機を進め、一本先の木まで到達する頃に再度ブレーキを掛けた。後ろを振り返ると、まだ短くはあるが伸び始めていた雑草たちが切られて地面に寝ていた。青々とした植物のにおいがする。どうやら無事にできているらしい。
 草刈り機から少し離れた位置を歩いてついてきていた崎の方を見ると、にやりと笑って親指を立てて見せた後、GO~と人差し指で進行方向を指し示される。これならなんとかできそうだ。内海はハンドルを強く握り、先ほどより少しだけアクセルを強めに踏み込んだ。

   ***

 畑の半分ほどを刈り進んだ頃。こうたーいと崎の間延びした声が聞こえたので草刈り機を止め、崎とバトンタッチをする。彼が作業する間休んでいていいと言われ、適当な木陰に入ってキヨさんからもらったジュースを飲む。緊張していたからか喉がカラカラだった。
 ぐびぐびとペットボトルを呷っていると、崎は手慣れた様子でぐんぐんと草を刈っていく。いつか自分もこれくらい早く運転できるようにならなくてはと思いつつも、今日の自分だって花丸百点をあげてもいいだろうと思った。朝から枝拾い、それから午後は使ったことのない機械に乗って、事故も起こさず怪我もせずに作業ができたのだから。
 ノムさんの畑はさほど広くはないようで、それに植えられている木の数も多くはない。内海の初の練習にはちょうど良かったようだが、作業になれている崎にかかれば残り半分の草刈りなどあっという間だった。仕上げに、一番最初に草を刈らずに走行だけの練習をした部分を刈りこんで作業は終了だ。一時間もせずに終わったが、体感としてはもっともっと長かったように思う。初めてのことをして気疲れしたからだろうか。
「上手だったじゃん、おつかれ。よくがんばりました~」
 いえーいと片手を挙げてこちらに歩み寄ってくる崎と手袋越しにハイタッチをする。ぼふと気の抜けた音がした。
「……俺免許はあるけどペーパードライバーだから、めっちゃ緊張した……」
「まじ? あはは、じゃあ帰りについでに軽トラ運転の練習もする?」
「マニュアルだろ!?」
「え、そうだけど、まさかミミちゃんオートマ限定で免許取った?」
「いや普通自動車で取ったけど……」
「じゃあいいじゃん、自車校の復習だね」
「冗談だろ……」
「いや~乗れるようになってくれないと~、一緒に仕事するんだしお互いできることは多い方がいいっしょ」

 結局、帰りにだだっ広い田んぼ道でトラックの運転練習もさせられた。それはもう散々だった。都内に一人暮らしをしていると基本的には徒歩と電車で事足りるのだから自家用車など持っているはずもなく、つまりは運転することもなく。さらにマニュアル車ともなると、免許を取って数年経っている今は運転操作の仕方も一切忘れてしまっていた。
 しかも免許だって合宿免許取得で詰め込みで無理矢理合格したもので、とりあえず免許を取れさえすればよくて実際運転することは考えていなかったのだ。
 クラッチがどうのシフトがどうのと言われても感覚がわからず、両手両足すべて違う動きをするのにも混乱しエンストを起こしまくる。ガスンとエンジンが止まってトラックが急停車するたびに、助手席に座った崎は手を叩いて笑って喜んでいた。今に見てろよ絶対運転上手くなってやるからな。今にその猿のように手を叩いて笑っているのを、感動の拍手に変えさせてやるからな。内海は心の中で決心しつつ、再度エンストを起こして隣から高らかに聞こえる笑い声に舌打ちをするのであった。
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登場人物紹介

◆内海 満弦《うつみ みつる》

男性。いろいろなことに疲れてしまった。

◆崎 出帆 《さき いずほ》

男性。山で不法投棄と証拠隠滅を図る。

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