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文字数 4,857文字

「おじゃましまーす!!」
「はーいどうぞ~」
 元気いっぱいな声が家中に響き渡る。普段は崎と内海のふたりだけで静かな家の中、ユキの楽しそうな声が加わると一気に華やかになるようだった。
 崎の手にはピザの箱の入った袋と酒の入った袋、内海の手には寿司折りとフライドチキン、ユキの手にはドーナツとその他つまみ類がある。先日、ユキの手伝いで撮影したものの売り上げで打ち上げをすることになったのだ。三人で買い出しに出掛け、それぞれの食べたいもの、または打ち上げ、パーティといえばこれだろうと思うものを買い漁った。
 居間のローテーブルいっぱいに仕入れて来たものを並べる。テーブルだけではスペースが足りず、床に新聞紙を敷いてそこに無理矢理置いたりと適当この上ないパーティになりそうだった。
「えーユキちゃんほんとにいいの、俺らごちそうになっちゃうけど」
「いいのいいの! 元カレへの恨み晴らしに手伝ってもらってるんだから!」
「まさかここまでいろんなもの買うと思わなかったよ」
「まあまあ、いいとこのお店のディナーとかじゃなくてごめんねだけど、たーんとお食べ!」
「じゃあ遠慮なく。お酒も飲んじゃお、昼飲みだー贅沢だー」
「てかさーこういうときだからこそってあたしシャンパン買ってきたの!!」
「豪勢だ~」
「どれがいいとかわかんなかったから名前よく聞く高そうなやつにした! 飲も飲も!」
「俺もシャンパンとか飲んだことないよ」
「俺も~。ユキちゃん味見してみて」
「……なんか高そうな味! ミミちゃん飲んでみてよ」
「……うーんなんか……おしゃれな味するね。出帆は? 飲んでみて」
「……なんかぶっちゃけおいしいかどうかよくわかんないね~」
「わかんないよね~!!」
 カラカラとユキが笑う。その後も打ち上げは大盛り上がりだった。同年代三人で食って飲んで、日々の愚痴から恋の話から好きな映画の話から好きなアーティストの話、なんでもござれのおしゃべり大会だ。
 食べものも買いすぎではないだろうかと少し心配だったが、思いのほか三人ともよく食べた。そしてよく飲んだ。馬鹿話をして笑って遊んで、ほどよくアルコールが回って。いい感じに愉快になっていた。
「てかバッティングセンター行きたくない?」
「めちゃくちゃ急だな」
「えーみんなお酒飲んじゃったし運転できないよ」
「バスしかないね。ねえまじで行きたいんだけどちょっとねえ行こうよ」
「行くか~」
「いっちゃんマジ最高わかってる、ねえスニーカー貸してよあたしヒールで来ちゃった」
「いいよ~」
「ほんとに行くの?」
「行くでしょ全然」
 ユキは乗り気だ。崎も行くつもりはあるらしい。酒も回り腹も満たされ、これから運動をという調子ではなかったが、ふたりに背を押されて内海も外に連れ出されてしまった。
 崎の家からバス停までは徒歩で五分ほど。時刻表を見ると、運良くあと十分ほどで次のバスが到着するタイミングだ。
 ユキは崎のスニーカーを履いている。色の薄い細身のジーンズに対し、男物のごついスニーカーを履いている足元はなんだかアンバランスだ。歩きにくくないのかとか、脱げたりしないのかとか、その他適当に話をしているとバスが到着した。
 車内に人はまばらだが静かだった。週末の昼過ぎから酒を飲んで、やたらとうきうきとした足取りでユキがバスに乗り込み、あとから崎と内海が続く。どこに座ろうかと車内を見回すが、ユキが一番後ろの一列を陣取って手招きしていた。そこに三人揃って腰を落ち着ける。
「あたしバス何年ぶりに乗ったかわかんないよ」
「いやー非日常感あるね酒飲んでからバスで遊びに行くなんて」
「お前の生活はほとんど毎日非日常みたいなもんだろ」
「それを言うならミミちゃんも現実逃避してこの町に来てるんだから毎日非日常じゃん」
「はい静かにして他のお客さんもいるからね」
 そう言うと声量を抑えつつも、三人の会話は止まらない。ずっとぺちゃくちゃと喋っていると、途中で崎が降車ボタンを押した。内海はまだこの町のどこに何があるのか把握しきっていない。この辺りにバッティングセンターがあるのだろうか。ふたりがいそいそとバスを降りるその後ろについて、内海も道路に降り立った。
 バス停からさらに十五分ほど歩くと、かなり古ぼけた看板のバッティングセンターがひっそりとそこに佇んでいた。施設の四方を緑色のネットで囲い込み、敷地の外にボールが飛んで行かないようになっている。敷地自体もかなり狭く、だいぶ小規模の施設のようだった。
 受付を通過してバットを借り、三人それぞれのブースに入る。ブースの外には料金を入れる小さな箱型の機械が設置されており、ユキは意気揚々とそれに小銭を投入した。
「絶対当てるわ」
「ユキちゃんがんばれ~」
 すぐに、ブースから真正面の位置のピッチングマシンからボールが発射される。ぎゃあとかわいくはない悲鳴を上げ、ユキは見事に空振りした。それを見て崎が声を上げて楽しそうに笑い、それから自分のブースの機械に小銭を入れた。
 内海も見様見真似で小銭を機械に入れる。実はバッティングセンターに来るのは初めてだった。野球をした経験もなく、もちろんバットでボールを打ったこともない。できるのだろうか。不安だったが、豪快に空振りを続けるユキを見ているとなんだかおかしくなった。打てなくたっていいか。ちょっと笑えるだけ。そう考え、ブースに戻った。
 隣のブースでは崎がガンと音を立ててボールを打っていた。当てられるんだ、と感心し、横からはユキのすごーい! の声が聞こえるが、崎の打ったボールは遠くまでは飛ばずすぐその辺りに転がった。次は飛ばすぜ、という崎の声が聞こえる。
 内海も自分のブースの正面に向き直り、いつボールが飛んでくるかとハラハラしながらピッチングマシンの方を見る。発射されるボールの球数が表示されている、それが10から9に減った。来る。構え方もよくわからないままバットを握り、ボールを待つ。するとすぐに白いボールがこちらに向かって飛んできた。でもどこに向かっているのかよく見えない。とにかく、とにかくバットを振らなくてはとその思いだけでブンと振ってみると、ボールはバットとはまったく当たりもしなさそうな位置をすり抜けて背後のネットにぶつかって絡まった。
 高らかなユキの笑い声が聞こえたと思うと、ユキはこちらを指差して笑っていた。そんなに笑うもんかよ、と思ったがその直後にまたユキが悲鳴を上げて盛大に空振りをしていたので内海も笑ってしまう。そうして笑っていると崎はまたボールをバットで跳ね返していた。
「いっちゃん当ててるよ! ミミちゃんあたしたちも負けてられないよ!?」
「ふたりともどこに飛んでくるかボールじっくり見てからバット振ったらいいよ~」
「ねえ聞いた~!? 余裕綽々でアドバイスまでしてきたんですけど! やってやんなきゃだわこれは」
 意気込むユキの声に内海も気合が入る。が、その後もなかなかうまくは当てられなかった。やっと当たったと思っても跳ね返って自分に向かって来たり、思ったように打てなくてバットが手から抜けたり。次こそは次こそはと何度か小銭を費やし、少しは上達したかと思ったが、同時にユキも成長しておりガツンといい音でバットにボールが当たるようになってきた。悲鳴は力強い雄叫びに変わっていき、ユキの華奢なスタイルや華やかな見た目とは似合わないその雄々しさがまたおかしくて、崎と内海はよく笑った。
 そうして何発打ったり空振ったりしたかわからないほど遊んで、ユキの疲れた!! と声を合図に、三人はバットを戻しバッティングセンターの外に出た。
 バットを握っていた手が、ボールの当たる衝撃でじんじんと痺れているような気がする。それと両腕は重怠く、ああこれは明日筋肉痛だなと思った。それでも、人生で初めてのバッティングセンターは楽しいものだった。
「ねえこの近くにゲーセンあったよね」
「あるねえ」
「寄ってこうよ! レースしよ対戦しよ」
 行こ行こ! と元気に歩いていくユキの後ろをゆったりと崎がついていく。ふたりとも酒を飲んだ後に遊んでいても体力が有り余っていて、純粋にすごいと思った。内海は、酔って動けないほどでもないがずっとふわふわとした心地で、バットを握る手にも軽くしか力が入らないほどだった。
 よくよく見るとユキも足元は少し覚束ないのかもしれない、といってもふらついているわけでもなく、楽しげに揺れているようにも見えるのだが。
 ユキと会うのはこれで二度目、とは思えないほど打ち解けてはいるが、彼女の酒の強さは知らない。テンションがすごく高いのは酔っているからなのか、元からなのかは判断がつかなかった。それでも、気ままにふらりとするたび崎がその背を支えようとするところから、もしかしたらかなり酔っているのかもしれないと思った。
 すぐ近くにあったゲームセンターはたくさんのゲーム機があり、がちゃがちゃととにかくうるさい。そうなると愉快極まったユキのでかい声もちょうどいい音量になるのでそれもまたおもしろかった。
 センター内の、実際に車の座席に座ってハンドルを握り、アクセルとブレーキを踏んで操作するタイプのレースゲームに三人でそれぞれ乗り込む。ユキはかわいらしい小さくポップなキャラクターを、崎は重量のありそうなキャラクターを、内海はなんとなく重さやスピードのバランスのよさそうな、平均的なキャラクターを選ぶ。レースが始まってからはもうすったもんだの大騒ぎだった。幸い周囲の音がうるさいので三人がわいわいと騒いでいても目立つことはなかった。
 罠を仕掛けたりスピードを上げるアイテムを使ったり、自分以外の対戦者を妨害したり好き勝手にやりたい放題だ。最初のレースは崎が一位、内海が二位でユキが三位。となると負けてられないわと再戦が始まる。わいわいぎゃあぎゃあ、やかましく友達とゲームをするなんてまるで子どもの頃に戻ったようで楽しかった。続いて一位はユキ、最下位が崎となると今度は崎が再戦を仕掛け、レースは何度も再開された。
 結果としてそれぞれ何勝かをおさめたが、崎の負けが続くと彼は逃げるように他のゲームをやろうと提案し、実際逃げた。
 リズムゲームだったりクレーンゲームだったり、崎が逃げた先でまた他のゲームをやって。気が付いたらたくさん景品をゲットして、ユキが満足したらしいのでゲームセンターを出る。他にどっか行くか、という崎の言葉に、帰って食べ残しのドーナツ食べるとユキが返事をしたので一旦崎の家に帰ることになった。
 今度は家のある方向に向かうバスはなかなか来ず、三人それぞれクレーンゲームの景品のお菓子やぬいぐるみを抱えたままバス停で待機する。途中、バス停の前を通りかかった部活帰りの学生に笑われたりもしながら、なんとか三人で崎の家まで帰ってきた。
 景品のおやつとともに、ユキが買ってきていたドーナツを食べる。崎がコーヒーを淹れてもってきてくれたが、淹れるのがへたくそなのか味が薄くおいしくはなかった。それを三人でまた笑って、腹が膨れたら居間でごろんと横になって三人で遅めの昼寝をして。
 目が覚めたらもう日は暮れて辺りは暗かった。そろそろ帰るよ、というユキを引き止め、夕飯だと崎が大鍋でそばを煮た。具はねぎに揚げ玉に山菜にナルトで、煮すぎてくたくたのそばをまた三人で笑って食べて。酔いももう覚めたからいけるっしょ、と車を運転して家に帰っていくユキを見送った。
「楽しかったねえ」
 食べ終わった食器を洗いながら、崎がそうつぶやいた。
「めちゃくちゃな一日だったけど」
 隣で、受け取った食器の水気をタオルでふき取っている内海が返事をすると、先はくつくつと喉で笑った。
「でもたまにはこんな日も悪くはないかも」
「だね~」
「俺バッティングセンター初めてだったんだ」
「楽しかったっしょ」
「次はもっと当てる」
 筋肉痛が始まりそうな予感の腕をさすると、崎は今度は楽しそうに笑った。


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登場人物紹介

◆内海 満弦《うつみ みつる》

男性。いろいろなことに疲れてしまった。

◆崎 出帆 《さき いずほ》

男性。山で不法投棄と証拠隠滅を図る。

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